第13話 前途多難で前途洋々。
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さて、思いがけず評判をあげてる形にはなってしまったが、とりあえずこれで安寧に眠ることができる。
そう思っていたのだが、問題はまだ残っていた。
「こんな大きな魔物、どう処分するんじゃ……」
「食べられるかも不明だし、どうしたらいいんだか」
引き受けてくれたはいいものの、村人たちはクロツキノワの処分に大層苦労しているらしかった。
見に行けば、さっきと状況がほとんど変わっていない。
皮が少し剥がれた程度だ。
そうなると、村人たちの視線は俺たちに向くこととなる。
だが、俺とてまともに魔物の解体などしたことがない。倒しても、その場に放置してくることがほとんどだった。
俺が首を横に振ったところで、セレーナが一歩前に出る。
「私に任せて」
端的にこう言い残すと、一身に注目を集めながら彼女は集団の中へと割って入っていった。
クロツキノワのそばまでたどり着くと、腰をかがめてその全身を見回す。
「うん、大丈夫。アルバがほとんど外傷を加えずに倒してくれたおかげで、肉の状態としてはかなりいいわ。そこのあなた、包丁をお借りしても?」
「え、あ、はい……!」
そしてあろうことか、呆気に取られる村人から包丁を借り、巨大な肉を捌きはじめたではないか。
まさかそこまでできるとは知らなかった。
もうどこだろうと、逞しく暮らしていけるくらいの能力だ。
というか、遭難してもやっていけるのでは? 本当に令嬢ですか、セレーナさん。
……と思いきや、ここまでの大物を捌くこと自体は初めてらしい。
時折、本の内容を思い出すようにぼそぼそ呟きながら、包丁を入れていく。
大魔物の解体ショーだ。
それも、圧倒的なまでの美人が魔物の上にのりかかるようにして、それを行っているのだからめったに見れるものではない。
その姿は村の人たちの関心も引いたようで、やがて村人のほとんどが出てきて辺りを取り囲む。
こりゃ寝るのは随分先になりそうだなぁ……。
そう遠い目で彼女が躍動するのを見ていたところへ、セレーナが言う。
「このクロツキノワの肉は、かなり美味だって話よ。とくに腹の部分には繊維が少なくて良質な脂が乗ってる。しかも熟成不要で、口の中で溶けて消えるそうよ。塩だけでも十分、堪能できる」
一気に食欲を掻き立てる煽り文句だった。
眠気に押されて消えかかっていた食欲がむくむくと、その姿を現す。続けて、気の抜けそうな音がお腹からは鳴った。
そういえば、しばらく携帯食しか口にしていないのだ。
こうなったら、『飯食って寝る!』に予定を変更するほかない。
俺はなにも分からないなりに彼女を手伝って、いよいよ解体を終える。ナイフやら手が汚れてしまったが、そこは彼女が水魔法により浄化してくれた。
本当に、どこでも生きていけそうな能力である。
「アルバ。これ、配ってもいいかしら」
「もちろん、最初からそのつもりだよ。どうせ大量に余るだろうしな」
俺たちがこんな会話をするのに、住民たちはわっと沸く。
その後、一部の男らが「よしきた」とばかり、勇み足で集落の端にあった小屋へと向かっていった。
「彼らはどうされたんですか」
住民の一人にこう聞けば、
「こうして大きな食材が手に入ったり、金が入ったりした時はみんなで飯を食うんでさぁ。
よかったらお二人もどうです? 魔物も退治してもらったうえ、食材まで貰っちまったんだ。どうか、お礼をさせてくだせぇ。俺たちとなんかでよければ、ですが」
とのこと。
こんな時のために、少しなら酒もあるのだとか。
要するに、焼き肉で宴をしようというわけらしい。考えてもみなかったが、この流れではもう断りようもない。
それに、こういった行事自体は嫌いな方でもないのだ。
ドレスコードやらなにやら、貴族のしきたりにやたらと縛られたパーティーよりはよっぽどいい。
「うん、じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな。ちょうど、いい挨拶にもなるし」
「そうね。せっかくだから懇親会にしましょうか」
村人たちによる準備が着々と進む。
倉庫から持ち出されてきたのは大きな鉄板と、焚火台だ。彼らは慣れた手つきでそこへ薪を放り込む。
ここまではいい感じだったのだが、問題は「火」だった。
いわゆる火打石を何度も打ち付けあって、起こさんとしはじめる。どうやら、今はどこの家にも火がない状態らしい。
もう待ってはいられなかった。
ただとはいえ、ここで魔法により火をあっさりつけようものなら今後毎回その役割が回ってくるかもしれない。
悩んだ末に、とある作戦に出た。
「おぉっ、火が付いたぞ! こんなに早く、付け木に火が移るなんて久々じゃないか?」
そして、無事にそれは成功してほっと胸を撫でた。
火打石が発火したタイミングに合わせて、付け木を火属性魔法で燃やしたのだ。
超最低限の力で。
さっき大量に使ったばかりとはいえ、それくらいの魔力は残っていた。
「アルバってば、やった?」
誰にも気づかれていないと思ったから、どきりとしたが、さすがはセレーナだ。
鑑定スキルを使わずとも、その目は確からしい。
「まぁな。こんなところで時間食うのももったいないし。どうせ食うなら、肉を食いたい」
「そうね、そのとおり。ありがと」
それには思わず、少しにやけてしまった。
大衆にほめそやされて興奮する趣味はないが、セレーナからとなれば話は別だ。何人に持ち上げられるよりも価値がある。
その後、無事に肉は焼けて、それを村人らと一緒にいただいた。
セレーナの言っていたとおり、クロツキノワはなかなかの美味だった。
そもそもの肉に少し辛味があることもあって、塩と胡椒だけの簡単な味付けでも十分なくらいだ。
濃い脂が噛むほどに染み出て、幸福感を生み出す。
正直、一流料理人の作るわけのわからない名前の料理よりよっぽどいい。
「美味しい?」
「顔見ればわかるだろ、ってくらいには美味い!」
俺はセレーナににっと笑いかける。
そんなわけで、トルビス村にやってきた初日は更けていった。
前途多難でありながら、前途洋々。
先の見えないことへの不安と、これから先の自由な人生の希望が入り混じる中で。
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