第12話 またしても救世主扱いされる。
俺はセレーナとともに、小屋の前を離れる。歩いて向かったのは、村の外縁だ。
村の半周を覆うくらいの範囲で、柵が壊されていた。
その上を踏み潰すように、さっきのクロツキノワの足跡が残る。
俺とセレーナはしゃがんで、その壊れた柵を拾い上げた。
「これ、人による仕業みたいだな」
「えぇ、この切り口はどの魔物の牙や爪跡にも当てはまらないわ」
「……やけに詳しいな」
そういえば、そうだった。
愛読書は『魔物辞典』と『黒魔術応用』なんだったよ、この子。
できれば、つっこみたいところだったが、情報はクロレルと入れ替わっている時に知ったものだ。
口にはできない。
「たくさん図鑑で読んできたから。必要だったら、鑑定も使うけど?」
そのうえ彼女は、一族の固有魔法=スキルとされる「鑑定」の使い手でもある。
つまり、彼女はこの上ないほど状況把握にはもってこいの人材というわけである。
「どんな人がやったかまで分かるのか?」
「そこまでは無理ね。よく知った人なら、残った魔力や気で判定できるけれど」
「そうか。見てみたいけど、じゃあ今回はいいよ。わざわざ魔力使ってもらっても、疲れちゃうだけだしな」
「そう、わかった。でも、なにをするつもり?」
「見てたらわかるよ。少し離れてて」
この技はとにかく、魔力を切らさない根気と精密さががカギとなる。
俺は集中力を高めるため、目を閉じて手元に魔力を集めていく。
頭に思い浮かべるのは、万全に機能をしている魔除け柵だ。そのイメージが一つの形が定まったところで、左の掌を地面につけた。
「大地よ、創造の源たる大地よ。その偉大なる力によりて、歪なるものに正なる形を取り戻せ。
大技がゆえに、今回は詠唱もいる。
唱え終わると、魔法陣が浮かび上がってきた。
発された茶色の光は、近くにあった壊れてジャンクと化した柵へと移り、またその隣の柵へと伝っていく。
かけたのは、修繕魔法だ。
土、水、風、火、光と魔法が5属性あるうち、土属性にあたる。
土の魔力の特徴は、「構築」。
ただ土を動かせるだけではなく、細胞に働きかけることで状況によってはこうして物を修理することもできる。
過去に一度知り合いの貴族が使っているのを見て、目と感覚で盗んだ。
ちなみに習得した理由は、
『わざわざ修理屋に行かずに済むなんて、めっちゃ楽じゃね?』
である。
俺はそれを、あたり一帯の壊れた柵へと一気にかけていく。
そして、壊れた柵は数秒のうちに無事元通りになった。
なんなら、既存の柵とは違って新品同様の輝きを放っている。
「……直ってる、本当に。しかもこんなに広範囲で…………。普通、修繕魔法ってもっと小さなものにしか使えないんじゃなかったかしら」
「あー、そういう細かいことはわからないんだけどな。嘘はつかないよ、別に」
俺はふっと彼女に笑いかける。
少しは格好がついたかと思ったが、同時に頭がくらっときた。
「ちょっとアルバ、大丈夫!?」
わざとじゃなく、ほんとにうっかり彼女のほうへもたれかかってしまう。
この魔法の唯一といっていい欠点が、これだ。
セレーナの言っていた通り、本来この魔法はせいぜい小物を修理するのがやっとの技である。
精度を高めるために、かなりの力を要するためだ。
魔力は、身体の生気に等しいとされている。
それを広範囲に向けて放出したようなものだから、体力の消耗は尋常じゃない。
とくに俺は普段から鍛えているわけでもないしね。
「うん、一時的にこうなるだけだから、すぐ戻るよ。」
「……そ、安心した。ならよかった。でもあんまり無理しちゃダメよ」
彼女は俺の頭を自分の肩に寄せると、少し微笑む。それだけでなく、いつくしむように髪を梳くようにして撫でてさえくれた。
降って湧いた、幸福な時間であった。
優しい響きを持ったそのささやくような声には、それだけで回復効果があるかのよう。身体の重みが抜けていく。
なんならすぐにでも眠気を誘われそうになるぐらいだったが、なにやら家の陰から物音がする。
「あんなに壊された柵が一瞬で……すごい」
「なんてお人! さっき噂で聞いた通りね」
いつのまにか村人の女性二人が、俺たちを見ていたのだ。
彼女らは、すぐに村の中心地の方まで駆けていく。
「奇跡だよ、すごい! すごいことが起きた!」
そのすぐあと、家々が並ぶ方からこう吹聴する声が聞えてきたのだから、もうどうしようもなかった。
「ふふ、ほんとに救世主になってるわねアルバ」
「俺、安全に寝たいだけだったんだけどなぁ」
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