結婚するまでキスはダメ

理亜

第1話 キスしたくない

 俺には彼女がいる。彼女の名前は渡辺真奈美わたなべまなみ

 真奈美は可愛くて、喋りやすくて、面白くて。

 俺は彼女の明るくて優しい性格が大好きだ。だから、今年の四月に『好きです』と告白した。真奈美も俺のことが好きだったらしく、俺たちは恋人になった。


 恋人になった俺たちは手を繋いで、ハグして、キスして。たくさん恋人らしいことをした。

 嘘だ。

 まだ俺たちは何もしていない。一度も手を繋いだことないし、まだキスもしてない。

 そう、もう付き合って半年が経つのに、まだ俺は真奈美とキスもしてなかった。


 それを友達に話すと、『おいおい、まだキスしてないのかよ。それはいくらなんでもヘタレすぎるだろっ……』とドン引きされた。

 他の友達にも『雄太、流石にそれはヤバいぞっ』と怒られたよ。


 友達の言葉に危機感を覚えた俺は、真奈美に「キスしよう」と提案した。

 俺の言葉に真奈美は目を見開く。驚いている様子だった。


「雄太くんは私とキスしたいの……?」

「ああっ、お前と……大好きな人とキスしたいっ」

「……」


 俺の言葉に真奈美は黙り込む。

 しばらくして真奈美は俺の言葉に返事した。


「キスはダメ」

「ぇ……?」


 真奈美の言葉に俺は思わず目を丸くする。


 なんでダメなんだよっ? 

 俺たちは恋人なんだぞ? 

 真奈美は俺とキスしたくないのか? 

 気づいたら疑問を口にしていた。


「なんでダメなんだよ……?」

「それはその……雄太くんのことは好きだけど、君と『キスしたい』とは思わないんだよねっ。だからその……ごめんねっ、キスはまだダメですっ」

「……」

 

 俺のこと好きだけど、キスはしたくない? 


 なんだよそれっ……。

 お前、本当に俺のこと好きなのか? 

 分からない、真奈美の考えていることが分からないよっ……。


 俺はずっと真奈美とキスしたいと思っていた。真奈美も俺とキスしたい、と思っていると信じていた。

 けど、違った。相手は俺のこと好きだけど、キスはしたくないようだ……。

 クソっ、なんだよそれっ。意味わかんねぇよっ……。


 ◇◇◇




 真奈美と遊んだあと、俺は自宅に戻ってきた。

 玄関で靴を脱いで自室に移動する。


「あっ、やっと帰ってきた。今日は遅かったね、雄太」

「げっ……彩乃」


 一人の美少女が俺のベッドに寝転んで漫画を読んでいた。

 くっきりとした大きな瞳。

 スッと通った鼻。

 薄い唇。

 背中まで伸びた艶のある黒髪。

 学校指定の制服を完璧に着こなしていた。

 

 彼女の名前は川崎彩乃かわさきあやの

 俺と彩乃は幼稚園の頃から仲良しなんだ。

 

 って、ちょっと待て……。なんで俺の部屋に彩乃がいるんだ? 

 楽しそうに漫画を読んでいる彩乃に、俺は疑問を投げる。

 

「おい、彩乃っ。なんで俺の部屋にいるんだ?」

「え? ダメなの?」

「ダメに決まってるだろっ。俺には彼女いるんだぞ?」

「彼女ね~。確か、同じクラスの渡辺真奈美ちゃんと付き合ってるんだっけ?」

「ああ、そうだ」

「あの子のことガチで好きなの? それとも、遊びで付き合ってんの?」

「遊びで付き合ってるわけねぇだろ。俺はガチで真奈美アイツのことが好きなんだよっ」

「ふーん」


 俺の言葉に彩乃は不機嫌になる。

 怒っているように見えた。

 ん? なんで不機嫌になっているんだ?


「で、真奈美ちゃんとは上手くいってるの? もうキスはした?」

「それは……」


 彩乃の言葉に俺は返事を窮する。

 俺と真奈美は上手くいってるのだろうか? 

 もう付き合ってから半年が経つのに、まだ俺たちはキスもしていない。

 危機感を覚えた俺は『キスしよう』と提案したけど、真奈美に『まだキスしたくない』と言われた。

 真奈美とは上手くいってないような気がする……。

 黙り込んでいる俺を見て、彩乃は小首を傾げる。


「真奈美ちゃんと上手くいってないの?」

「あぁ……全然上手くいってないよ。付き合って半年経つのに、まだ俺たちキスもしてないからな……」

「えぇぇ……まだキスもしてないのっ。アンタ、ガチのヘタレだね……」

「違うっ、俺はヘタレじゃないっ……今日、『キスしよう』って言ったけど、真奈美に『ダメ』って言われたんだ」

「え? は……? 真奈美ちゃんにダメって言われたの?」

「あぁ……」


 勇気を振り絞って『キスしよう』と真奈美に提案したこと。

 真奈美に『雄太くんのことは好きだけど、まだキスしたくない』と言われたこと。

 全てを彩乃に話した。


「本当に『キスしたくない』って言われたの?」

「ああ、本当だ」

「えぇぇ……普通、好きな人に『キスしよう』って言われたら、アタシは喜んでキスするけどなぁ。真奈美ちゃん、本当は雄太のこと嫌いなんじゃないの?」

「かもなぁ……」


 真奈美はなんで俺とキスしたくないんだろう? 

 もしかして、俺のこと好きじゃないのかな? 

 他に好きな人がいるのかな? 

 無数の疑問が浮かび上がる。

 どんどんネガティブな気持ちになる。

 真奈美のことを考えていると、彩乃が震えた声で俺の名前を呼んできた。

 

「ねぇ雄太」

「あぁ? なんだよ?」

「アンタはさ、真奈美ちゃんとキスしたいんだよね?」

「ああ……したいよっ」

「けど、真奈美ちゃんに『キスしたくない』って言われたんだよね?」

「っ……まぁな」

「なら、真奈美ちゃんの代わりにアタシとキスする?」

「……」

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