19話 「マジなのだ!」
「――早くしろ、のろま! 暗愚……!」
「分かってるっつの! でも荷物が多いんだよマジで! お前どんだけ色々買っていくんだよ!」
「おぬしがまっとうに金儲けしろって言うから! こうやって買い込む羽目になったのだろがっ!」
「たりめーだろ! 通貨偽造は重罪なんだよ! まずは敵を増やすのをやめていくことから始めるんだよ!」
「かーっ! 面倒くさい! もう……いいから早く来い、待っとる馬車に間に合わんのだー!」
「お前も、すこしは持てえええええええええええええええ――――!」
――そうして。
レドワナ大祭は最終日を迎える。
まだまだ空は高く、わずかに肌寒さを感じる季節に差し掛かる所だが――今日は快晴、まったくもって憎らしいくらいに天は晴れ渡っていた。
そんな街中を、ぼくとセレオルタは――速足で駆けていく。
魔女化によって重いのは平気だけど……一人で抱えきれる荷物には限度がある。正直手伝って欲しい。
「しかしなあ…………」
最終日の夜には、なにやら空一面呪言を遣った人間空中舞踊だとか、色んな国の王様たちが集まって、大闘技場での展覧試合――観客は入り放題好きなもの食べ放題、なんか、そんな面白そうなイベントもたくさん各地で催される予定らしいけど――、
残念ながら、ぼくたちにそんなものを悠長に楽しんでいる時間はなかった。
別に意識が高い発言というわけではない。というのも――
「めちゃくちゃ衛兵多いの……ガチャガチャ甲冑がうるさいのだ!」
「そりゃお前、あんだけ暴れたらな…………」
――セレオルタがかました大魔術。
そしてブラッサさんとやらかした建物の破壊……一般住民を領域から押し出すとんでもない暴挙などなどで……レドワナは、このミッターフォルンの街は今やてんわわんや、国軍出動の大騒ぎになっているからだった。
まあ――レドワナ大祭は信じられないくらいの金が動く、この国の権威そのものだ。それが脅かされたらシャレにならないのは分かるが――
だから、こんな状態ではどこから目撃情報が集まるか分からない。下手をすれば手配されるかもしれないことを見越しての、迅速な逃げの一手である。
「はよ乗れ!」
「うるせえやい!」
――そうして道の突き当り。
そこに待ち構えていてくれた格安馬車に飛び込むようにぼくたちは入り込む。
荷物がなければ普通に徒歩移動のほうがぼくたちなら早いだろうけど……まあ、急がば回れ。長い旅になる。そうあくせく行くこともあるまいと、これは意外にもせっかちそうなセレオルタの提案だった。
「………………」
そして、馬車はゆっくりと動き出す。
かたことと。
値段にしては、ゆったりと――座り心地も良く、これは御者の腕がいいのだろうが。
ぼくとセレオルタは向かい合って座って、窓から流れゆく街並みと人々を見つめながら……ようやく、人心地ついた。
「……で、最初はどこ行くんだっけ?」
「西の方なのだ」
「アバウトか!」
お前……なんか、どっかの偉人か犯罪者か何かか? そんな大雑把なノリでいずこかへ行ってどうするつもりだよ。
「だから言っただろう? まずは仲間を増やす。フォルナサの馬鹿が戻ってくる前に……色んな準備をせねばならん。これはその手前の手前の手前の段階なのだ」
「………………」
セレオルタの話によれば。
近い未来に彼女が復活して、世界は、人間たちはことごとく、今度こそ全て壊されるらしい。
そんなことはさせんよ、とセレオルタは自信満々に笑った。
「――まあ、運よく会えるかはわからんが……西に行ってみる価値はある。なにせ、あやつは他の魔女どもの中では比較的マシな部類なのだ」
「…………」
「前提として、われほど温厚で理知的な魔女は他におらんとまず覚えておけ、ロンジよ」
「……そういう冗談はいいから」
「マジなのだ!」
勢いよく――しかし、真面目な表情でセレオルタは言った。
「われは魔女の中では一番若いからな。それゆえ、純真なのだ」
「……純真かどうかはともかく、お前が若いって意外だな」
その圧や貫禄――言ってしまえば傲慢さゆえに、最長老くらいに思ってたんだが。
「若いわ、ピチピチなのだ……話を戻すが、西にはあやつ、『ガジャリー』がおる。あやつは他の魔女と比べて、まだ話が分かる方なのだ! ただ、引きこもりなのが玉にキズ……は良く言いすぎか。石ころに彫り物って感じだが」
「…………その慣用句はよく分からないが――」
ガジャリー。
十一体が魔女の一体。
彼女は十一体の魔女の中で唯一……人間をその手で直接殺めたことがない。そもそも、全ての魔女の中で一二を争う程目撃・確認数が少なく――
ただ、間接的に、彼女の意図するところではないところで殺してしまった数ならば最も――
「あやつの住処は地下か天上のどちらかなのだ。あの妙な亜空に閉じこもって毎日怠惰に過ごしておるのだろうよ」
実際に会えたら四百年ぶりくらいか。まあまあだなぁ。と――セレオルタは頬杖をついて。
「なるほど、分かった。ガジャリーか……彼女を仲間にする。そんで……断られたら?」
「しばきまわす」
「大丈夫かよ!」
ぼくのツッコミが――軽快に車内に響き渡った。こいつ、実は……うすうす感じていたところだが、かなりの脳筋なんじゃあるまいか?
少女の姿と不遜な喋り方のせいでこれまで誤魔化されてきた気がしなくもないけど……
「ま……たぶん大丈夫なのだ。われはあやつに貸しがあるし」
「……どんな?」
「辺幽の力であやつの大好きな――おっと、これは言わんでええか」
「………」
いや、言えよ。
なんだよそれ、気になるなあ……まあ、それもそのうち分かるか……。
ぼくはそう思って――改めて外を見る。
そろそろミッターフォルンの大出口門だ。もうさらに小一時間も走ると市街地を抜けて、大きな川に出る。そこを超えたら――
「西か……」
「楽しみなのだ」
――セレオルタがぼくのほうを見ている。相変わらず生意気そうな玉虫色の瞳で、ふふんと見下すように笑って。
「まったくだ」
どちらともとれる言い方をして、ひとつあくびをするぼくだった。
「まあ、いいよ分かった。西でまずはガジャリーを探そう。その後は色々頑張ろう」
「適当か! ま、そういうおぬしの舐めたところは美徳かもしれんがな……」
そう言ってセレオルタは腕を組み、
「魔女教も魔女狩りも、未だわれを狙っておることに変わりはない。今回の騒動でわれの存在は補足されてしもうたしな……」
と、遠い目をしてかすかに口元を歪める。
魔女教……
そして集団としての、魔女狩り。
いずれも、これらは――セレオルタの妄想の中の存在ではなく、今この現在も現存する――これからぼくたちを執拗に追ってくるだろう組織たちである。
そんな連中に追い回されながら、他の魔女に接触して仲間を増やし、そんで行く先々で片っ端からたくさんの人を救っていって、そして最後はついでに世界を救う。
まったく、本当にふざけてるよな。
それはきっと、世界で一番ハチャメチャな旅だ。
だけど。
――でも、それくらいで丁度いいと、なんとなくぼくは思って、うつらうつらと――狭い座席の上で荷物を無理やり枕にして横たわる。
「今は寝ろ、適当男」
「言われなくても」
くっと、セレオルタは小さく含むような笑みを漏らして。
そして彼女はここではないどこかを見つめるような仕草で――車窓の方にちらりと目をやって。
レドワナの街と道行く人影をその大きな瞳に反射させて。
「―――――――」
――かたんことん、と小さく馬車が揺れる。
それは、どこからどこへ行くものか。
ゆっくりと視界の隅を二枚の木の葉が通りすぎていった気がして――
ぼくは心地よい風に抱かれながら、静かに瞼を閉じたのだった。
辺幽の魔女 了
英雄になろうとした時点でもう英雄にはなれない?
馬鹿が、ならば大英雄になればいいだけだろう!
――『英雄ユラバルデのぼうけん』より抜粋
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