8話 「食べまあす!」


「ぼくは……血みどろで、戦って……めちゃくちゃ、頑張って……」

「しつこいなぁー。だからご苦労と言っとるのだ。われから労われるなど、あらゆる金銀財宝より価値高き栄誉だぞ痴れ者が」

「そうだったのね……ありがとうロンジくん! アメとか食べる?」

「食べまあす!」

「私も頂こうかな!」

「はいどうぞ、ユクシーさん! 何味がいい?」

「白いやつ以外ならどのアメでも……では、ドレンジ味とズドウ味を頂こうかな」

「りょーかいよ!」


 ――そう言って、ぼくの目の前で受け渡される、色とりどりのアメ……昔懐かしのドロップ。

 ぼくたちは――1時間前とかわらずこの青空食堂で、食事と菓子を各々が適当にほおばりながら、雑談に講じていた。

 はたから見ると、なんだこの顔ぶれ……というか、おそらく一目見てこの集まりがどういう集まりなのか分かる人はいないだろう。


 黒髪黒目で綺麗なおべべを着こなす愛想のいい少女タミハ。

 白髪に玉虫色の瞳が特徴的――そして、それを上回るくらい印象的なのが、その不遜な態度というか圧と言うか……独特の雰囲気を纏った少女……魔女、セレオルタ。

 子ども扱いしようとすると憤慨して、真の姿は神々しいとか言い出すが、それも怪しくなってきた。

 そしてこのぼく、遠い国から遠路はるばる旅をしてなんとかギリギリレドワナ大祭に滑り込むも――ついた早々ぼったくりに遭い、それどころか今では半人半魔で正気とは思えないバトルをやる羽目になって、明日はどっちだ、という状態のロンジ・ヨワタリ……。


「ユクシーさん、ユクシーさん。このレドワナおぅ麺は絶対食べとくべきよ! ミッター豚から取った出汁がね、濃厚な脂が麺と絡み合って反則なの! トッピングにはミッター卵! 見て、黄身が星の形をしてるでしょ? これは品種改良の成果らしいわよ! そのおかげで食感がアップして、そして味はもちろんコクと深みが異常なの!」

「ほう……私の経験則ではオー麺のことをおぅ麺とかいう店はロクでもないと相場は決まっているのだが……それを覆すほどの味と言うならどれ、一口……ん、う…………」


 そして難しい顔のまま、タミハからあーんをされて麺をすするユクシーさん。何度か咀嚼したかと思うと、その頬が徐々に赤みを帯びていき、


「ん、うまい……うまいじゃないかっ! うまいじゃないかっ! うまいじゃないかっ!」

「…………」


 ――謎の掛け声というか、同じ言葉を繰り返して妙な身振り手振り。これがこの人の興奮の仕方というか喜び方というか……とにかく独特な感じだ。


「馴染んでるな……はは……」


 ついさっき加入……というか、無理やりメンバーに入ってきたばかりなのに、もはやユクシーさんは完全にこのメンツに馴染んでいた。なくてはならない雰囲気を出していた。


「ユクシー。われの口に麺を運べ。そしてタミハはお菓子を運ぶのだ。いいか? 同時にだぞ」

「はーい!」

「おやおや、魔女さんは食い合わせ方も剛の……というか業の者だね。でも寝ながらだと食べにくいと思うが?」

「そーよそーよ! いつも言ってるじゃない、食べてすぐ寝ると牛になるって! なのにセレッタってば、食べてる最中から横になってるんだもの! それってもはや牛を超越してるわよ!」

「うるさいのー、ええからはよ口にもがっはごほおおおおお、ごほっけほおおおおおおおおおおお!」

「あははははははは!」

「ふ……ふ……っ」


 ――案の定というべきか、セレオルタが変な姿勢で食ったせいで、食い物が喉に引っかかって激しくえづいている。そもそも麺と菓子の同時食いなんて馬鹿のすることだ。

 そして、そんな彼女の様子を見て指をさして大爆笑のタミハと肩を震わせるユクシーさん。まるで最初からいたかのような空気感……この人、コミュニケーションの化け物だ。


「…………」


 ――まあ、とはいえ、大の男が少女二人を連れまわすよりだいぶ絵的にはマシか、とひとまずぼくは思い直して食事を再開する。

 実際、はたから見たらぼくが幼女誘拐の手引きをしているように見えなくもない……妹ですと言い張るにはかなり厳しい状況だったし、しかしぼくとそう変わらないだろう年齢のユクシーさんがメンバーに加わってくれれば、職質を受ける可能性はぐっと低くなる気はしなくもない。


 動きやすくはなる……か。


 ついさっき、演武と称してユクシーさんは自らの剣を抜いて、型……のようなものを見せてくれたが、素人目に見ても、ちょっと感心するというか、それは綺麗な太刀筋で、おそらくこの人はそれなりに鍛錬を積んできた人なんだろうな……ということが一目で分かった。

 それが、結局彼女の強引な加入を確定させるテスト代わりになってしまった。

 彼女はたぶん、そこらへんのレドワナ兵士とかよりは強そう。強いとは思う。

 とはいえ、あんな――さっきの魔女狩りや集団としての脅威度が高い魔女教を相手に出来る程ではない、というのもまた正直なところだ。

 だから、もし危険だということを承知の上で、それでも興味本位でぼくたちに付いてくるというのなら……ぼくが戦っている間、セレオルタとタミハを連れて隠れるとか、そういう役割をこの人にはお願いしよう、と思った。


「わたし、すごく幸せ! だってロンジくんもユクシーさんも見ず知らずのわたし達のために力を貸してくれるって……いい人ばかりね! レドワナ大祭は人繋ぎのお祭りね!」

「私の趣味が活かされる時が来たな! 趣味の自警が!」

「ぼくの趣味の人助けも楽しいなあ~……」


 ――ユクシーさんは、ぼくの体が魔女の力によってあやふやな状態なこと、それゆえにセレオルタの力が戻って――ぼくを人間に戻せるくらいに彼女が回復するまで行動を共にする羽目になったことは説明している。

 しかし、なぜかセレオルタはこのくだりをタミハに対して隠したがるので、そこらへんのこともユクシーさんには共有済み……この場合、彼女の立場こそ、真の意味で善意の協力者……ということになるのだろうか。


「…………」


 いや、魔女を死なせないように魔女を助けるということが、善意というべきかは甚だ怪しいところではあるけど、タミハの命も危険にさらされている以上、今の状態は清濁併せ持つ……どちらつかずの戦い、ということになるのかもしれない。

 魔女を助けることとタミハ……人助けがイコールになっているというか。なぜか、魔女とタミハが行動を共にする以上、それは――


「われは満腹なのだ! そして眠い!」

「だーかーら、すぐ寝ると牛になるって……」

「!」


 ――と、また自分の行動の理由付けとか動機付けとか……そんな思考を巡らせていたところで、駄々をこねるようなセレオルタの声がぼくを現実に引き戻した。


「どこかに泊まるかい? とはいえ、ここらは大祭でどこも満員御礼だが――」

「ここで寝るのだ!」

「えー! まあいいけど、体を冷やしちゃだめよ! はい!」


 言って、タミハが自分の服、羽織っていたものを一枚脱いで、すでにベンチであおむけになっているセレオルタにふわりと掛ける。魔女なんか冷やしといていいだろ、と思ったが、ぼくには関係ないので口は出さない。


「どれ、子供は体が小さいから冷えやすい。タミハは私のを羽織るといい」

 そう言って、今度はユクシーさんが自分のマントを脱いでタミハの肩にかけた。

「ありがとう! あったかいわ!」

「この季節は日中はちょうどいいが夜は冷えるからね。あはは」

「…………」


 なんというか、尊い光景ではある……な。女性陣がキャッキャしているというのは目に優しいというか……ほっこりする気持ちになる。


「よっこらしょ、と」

「…………?」


 そして、そう思って目を細めて茶をすすっていたぼくの隣に――おもむろに着席するユクシーさん。


「え、なんですか? ユクシーさん……」

「いや、寒いからね。大人はこうやって温め合うものだろう?」

「え……え?」


 ちょっと……ちょっと待ってくれ、近い。ユクシーさんの頭がぼくの肩にもたれかかってめちゃくちゃ近い! それに、すごくいい匂いがする……彼女の髪色のような、爽やかな香りが……


「って酒くさ! 酔ってるんですかユクシーさん! いつの間に酒飲んだんですか!」

「しつれいな……よってなどいないよ。あれ、ろんじくん、きみ、じょうはんしんとかはんしんが、ぎゃくになってるよ……?」

「なんですかそれ! なってないですよ! それに呂律がまったく回ってないです! 絶対酔ってますよね!」

「よってらーいーふにゃ……」


 ――そう言って。

 ぼくの肩に全体重をかけたまま、コクンと……特に溜めもなく、彼女は眠りの世界にいざなわれたようだった。


「な、なんなんですか、本当に……」


 ぼくは……役得というべきか、しかし手持無沙汰極まりないというか……いや、いやな気はしないけど……落ち着かない。


「明日こそ街に繰り出して遊ぶのだ! 寝ろ!」

「お、おう……」


 ――そしてぼくの様子を見てか、それとも寝言なのか。

 断末魔みたいなトーンでセレオルタがそんなことを言って、ぐうぐうと汚い寝息を立て始めた。見ると、いつの間にか、彼女の体に重なるようにタミハもすうすうと小さな寝息を立てている。


「寝てないの、ぼくだけか……」


 ――いや、ぼくは全然眠くないのだけど。今日は、いろんなことがあり過ぎて……とても、そんな気分には……いつ敵襲があるかもわからないし、となるとぼくがすることと言えば……


「……すみません、おぅ麺ください」

「じゃっしゃあああああああああい!」


 酒の締めみたいなノリで麺を注文する事だけだ。

 ぼくの投げやりな注文に、店主の威勢のいい返事が夜空に響き渡った。







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