rain

正体不明の素人物書き

雨の公園で・・・

ある雨の日の昼過ぎ。

特に何をするわけでもなく、俺は傘をさして一人で公園を歩いていた。

(もう、会えないのにな…)

わかっていても、つい足を運んでしまう。

「ダメだな…あれから、もう5年過ぎてるのに…」

うつむいて呟く。でも誰も聞いてない。

ため息をついて空を見上げた。

雨はただ降り続く。止む気配もない。

<どれだけ待ってても、もう来ないのわかってるんだろ? もう帰ろうぜ?>

自分で自分に言い聞かせて、重い足取りで歩を進めた。

「もうここに来るのは、今日で最後にしよう」

そう言い聞かせ、見納めにするつもりであちこち見ながらゆっくり歩いた。


もう少しで、公園から出る。そんなときだった。

「ん?・・・あれは・・・」

自分と同い年ぐらいの一人の少女が、芝生の上で花に囲まれ、ずぶ濡れで座っていた。

俺はしばらく足を止めて見ていた。少女は全く動かない。

(さすがに、あのままはまずいな・・・)

俺は芝生に入り、少女の周りの花を踏まないようにして少女に歩み寄って傘を差しだした。

「・・・?」

少女は俺を見上げたが、その表情には生気が感じられなかった。

「そのままだと、風邪引くぞ?」

「…傘、ありがとうございます。でも、これでいいんです」

そう言って、顔を下げた。

普通なら、この場を去るのかもしれないが、それが俺にはできなかった。

今の俺も、この少女と同じ、色のない顔をしていることが、なんとなくだがわかっているからだ。

「もしかして…雨と一緒に、流れてしまいたいのか?」

「え?」

俺の質問に、少女はまた俺を見上げた。

「顔に出てるぞ?「いなくなれるなら、そうなってしまいたい」って」

「…そうです。…本当に、もう疲れました…あなたの言うように、雨と一緒に流れて消えてしまえたら、どんなにいいか…」

そう言って、また顔を下げた。

俺は何も言わずに、その場から動かなかった。

いや、動けなかったと言うほうが正しいだろう。


それからしばらくして・・・。

「…行かないのですか?」

「そっちこそ、家に帰らないのか?」

「…私は、ずっとここにいます。だからもう、私に構わないで…そして会ったことも忘れてください」

「それは無理だ。見て見ぬふりをして、翌朝に凍死されてたら、そのあとの寝覚めが悪くなる」

これを聞いて、少女は少し微笑んで、ゆっくり立ち上がった。だが、表情には色がないままだった。

「それは仕方ありませんね…では、あなたが私をどこかに連れてってください」

そう言って、俺の傘を持ってないほうの手に、両手でそっと触れてきた。

少女の手は、氷を思わせるかのように、酷く冷たかった。

「そして…いつか私が空に行く日まで…ずっと側にいてください」

「…わかった」

自分の手に触れている少女の手を軽く握り、少女を公園の近くにある自分のマンションに連れ帰った。

決してやましいことをするわけではないことを付け加えておこう。


マンションの一室に帰り、俺は少女に速攻でシャワーを浴びさせた。

男物で悪いと思いながらも着替えを用意し、ずぶ濡れになっていた服は、乾燥機に入れるように言ってからバスルームを出た。


お湯を沸かし、温かい飲み物をいつでも用意できるようにした頃に、少女は俺の服を着てバスルームから出てきた。

「いろいろ、ありがとうございます」

「気にしなくていいから。そう言えば名前言ってなかったな。俺は椋(りょう)、19歳だ。君は?」

「私は麗(れい)、17歳です」

自己紹介をした後、小さなちゃぶ台を挟んで座り、二人分の湯飲みと温かいお茶を用意した。

「お茶までありがとうございます」

「気にするな」

そう言ってお互いに無言でお茶を飲んでいた。


「…公園でのこと、聞かないのですか?」

どうしてあんな状態だったのかを気にせずにいられなかったが、聞けるような雰囲気ではなかったので、敢えて聞かなかった。

「気にならないと言えば嘘になるけど、こういう場合は聞かないほうがいいだろ? 話したくないなら、無理に話さなくていいから」

俺はこれ以上言わずに、お茶のお代わりを差し出した。

麗は何も言わずに、お茶を少しづつ飲んだ。


しばらくして、乾燥機が止まった音を知らせる音が鳴り、麗は自分の服に着替えて戻ってきて、また座った。


またしばらくして、麗は重い口を開いた。

「…お母さんと、椋さんと同い年のお姉ちゃんが…先日、亡くなりました」

麗は俯いて独り言のように語りだした。

二人は事故だったらしい。それも今日みたいな雨の日だったそうだ。

父親も数年前に雨の日に亡くなり、完全に天涯孤独になってしまった。

「雨は…お父さんも…お母さんも…お姉ちゃんも…みんな空に、連れて行ってしまいました」

「だから…あの公園から、みんなのところに行こうとしたのか?」

俺が聞くと、麗は黙って頷いた。

「わかるよ。その辛さ」

「え?」

麗は少し驚いた顔をして俺を見た。

「俺も5年前に、麗と同い年の妹を亡くしたんだ。丁度、今日みたいな雨の日に…」

元々、体が弱かった妹だった。

「本当に、可愛い妹だった。生きていれば、麗と同じぐらいに成長してたのに・・・」

7年前に両親が離婚して、俺は母親、妹は父親に引き取られ、麗と出会った公園で定期的に会っていた。

だが、両親の離婚から2年ほど過ぎたある雨の日に、妹が死んだと聞き、最初は信じられなかったが、呼ばれて向かった家に行ったとき、通夜や葬儀の準備でバタバタしている家や、妹の遺影を見たときに本当なんだと思った。

「それから5年が過ぎた今も、その事実を受け入れることができなくて…雨の日にあの公園に行けば、会いに来るんじゃないかと思って、今日みたいな感じで足を運んでしまうんだ」

しかも墓の場所を知らないから、お参りもできない。親に聞いても教えてくれないのだ。

「親はその出来事から2年ほど過ぎて再婚した。その相手には、麗と同い年の連れ子の女の子がいるけど、受け入れられなくて…居心地悪くなって家を出たんだ」

父親も再婚したと聞いた。偶然にも、父親の再婚相手の連れ子も、麗と同い年の女の子だった。

「両方ともきっと、妹を亡くした傷を癒そうとしたんだろうと思う。その反面、俺は居場所をなくした…ん?」

言い終わって気が付くと、麗はいつの間にか俺の側にいた。

「椋さん…」

「ん?」

「…妹さんの代わりにはなれませんが…私が側にいたら、駄目ですか?」

ずっと俯いていたが、聞きながら顔を上げた。麗の目には、涙がたまっていた。

「ぐすっ…もう、一人は嫌です!」

言いながら、飛び込むように抱き着いてきた。

「お母さん! お姉ちゃん! どうして私を置いて行っちゃうのよー!!」

俺の肩に顔をうずめ、思いっきり泣きだした。

「帰ってきてよ!! 私を一人にしないで!!!」

そんな麗の髪を撫でながら、俺も泣いた。

妹の通夜と葬儀の日に、少しも動かない妹を目の前にしても泣けなかった。その分我慢せずに泣き続けた。


しばらくして、俺も麗も泣き止み、コンビニで買った夕飯を一緒に食べて、一つしかなかった布団で一緒に寝た。

(本当に一緒に寝ただけで、特に何もしなかった)


翌日、雨は上がっていた。

平日ということもあって、麗は家に帰って学校に行き、俺は仕事に行った。


また一人の生活になるかと思いながら、普通に仕事をしたが、帰りになって少し驚いた。

「椋さん、お疲れ様です」

麗が、制服姿で会社の前にいたのだ。

「どうして、ここがわかったんだ?」

今朝、別れ際に会社勤めをしてることを言ったが、どこかまでは話してないはずだ。

「私の家、こっちなのです。今朝、学校に向かうときに、この建物に椋さんが入るのが見えて、待ってたら会えるかもと思って・・・」

嘘ではなさそうだった。ストーカーしてたとしても、麗なら問題ないと思った。

「ねぇ、椋さん」

俺を呼びながら、小さな手で俺の腕に触れた。

「ん?」

「…私の家で、一緒に暮らしませんか?」

「え? で、でも…」

さすがに、未成年の女子高生と一緒にってのは・・・。

そう考えていると、麗はどこかに電話をして、すぐに切った。

「親戚からOKが出ました。それに私の家、ここから歩いて5分ぐらいですから、椋さんのマンションよりかなり近いですし、家賃とか浮きますよ?」

麗は少し笑った。

「そうだな…あのマンション、家賃が高くて、稼ぎのほとんどはそっちに取られてたからなぁ」

「じゃあ決まりですね♪ そして今日から私は、椋さんの彼女です♪」

満面の笑顔で言い、苦笑いする俺の手を引いて歩き出した。


麗の家は、4人で住んでも余るぐらい大きかった。これでは余計に寂しくなるだろうと思った。

そして俺は、自分の持ち物を数日に分けて徐々に麗の家に運び、住んでいた部屋を引き払った。


すべての荷物を運び終えた後、俺は父親に電話した。

「親父? 椋だけど」

「久しぶりだな。どうした?」

父親の声は明るかった。

「…聞きたいことがあって…」

「何だ?」

「…妹、優(ゆう)の…墓の場所だ。そろそろ教えてくれてもいいだろ?」

俺の質問に、しばらく黙り込んでしまった。

「…そうだな。もう5年になるし、区切りをつけないといけないな」

少し小さいながらも、しっかりした声で、場所を教えてくれた。

この後、軽く雑談を交わして電話を切った。


晴れた日の休日。俺は麗を連れて優の墓に行き、二人でお参りをした。

「優さんに、会ってみたかった。どんなに可愛い子なのか、知りたかったです」

「今生きてたらきっと、麗に負けないぐらい、綺麗になってるんじゃないかな?」

これを聞いて麗は少し頬を赤くした。


少しして歩き出した。が・・・。

『麗さん、お兄ちゃんをよろしくね』

「え!?」

麗は驚きながら振り向いた。

「どうした?」

「い、いえ…何でもないです(でも、確かに…)」

麗は動揺していたが、しばらくして落ち着いて、墓場を後にした。

『お兄ちゃん、幸せにね』

優の声が、風に乗って聞こえた気がした。



それから数年後。

「じゃ、行ってくる」

「うん。気を付けてね」

朝。仕事に行く俺に、高校を卒業して嫁になった麗が言った。

靴を履き、玄関の扉を開けようとした。

「あ、椋さん」

「どうし、!?」

聞きながら振り向くと、目の前に麗の顔があった。しかも・・・。

「…必ず、帰ってきてね?…あなた…」

「…麗…」

俺の唇を塞いでいた麗の唇が離れ、耳元で囁いた。

気持ちを落ち着かせて外に出て、すっきりするぐらい晴れ渡った空を見上げた。

「…優がいなくなった日から降り続いた雨は、いつの間にか上がってたんだな…」

呟いた後、前を向いて会社に向けて歩き出した。

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