第25話 追跡

 弓の指南も今日で三回目だったが、相変わらず少年は覚えがよく、こちらが教えたことをあっという間に吸収してしまった。

 この分なら、すぐに充分な基礎が身につくだろう。だが、問題はそこから先だ。

 どう指南していくべきか、俺はいまだに迷っていた。

 俺の弓をそのまま教えたのでは、彼が元から持っているものをそこなってしまうように思えてならなかった。どう教え導けば、損なわずに済むものなのか。

 爺様だったら、どうなさるだろう――と想像してみたりもするが、いくら考えても、何か違う気がしてならない。

 少年の日常の所作を注意深く見ると、ちょっとした動きでも実に美しかった。

 立つ、座る、戸を開ける……あらゆる所作が、その容姿を別にしても、見映みばえがする。雑な動きがまったくなく、整然としているのだ。

 今頃になってようやく、こんなことに気づくとは……これまで一体どこを見ていたんだと、自分でも思う。

 彼はどこかの高貴な方の家にでも仕えていたんだろうか。それなら、あの身なりも納得がいく。教えてはもらえんだろうから、真相は永遠に謎のままかもしれんが。

 さて、明日はどう指南するか――などと考えながら、俺は寝床で寝返りを打った。


 体はそれなりに疲れているはずなのに、雑多なことがあれこれ思い浮かんで、なかなか寝付けなかった。

 寝付けないから、あれこれ考える――という、堂々巡りにおちいり、夜もずいぶんけてきた頃。

 少年が寝ているはずの場所で、人が立ち上がる気配がした。

 どうしたんだろう、と思いつつも、俺はじっとしたまま気配だけをさぐった。

 少年が小屋の中をそっと移動している……あっちは確か、楽器が置かれている場所だ……持ち上げて、そのまま……小屋の引き戸を開けて、外へ行ってしまった?

 俺は慌てて起き上がった。

 楽器が置かれていたはずの所を見ると、やはり袋ごとなくなっている。

 こんな夜中に、何をしに行く気だろう。

 獣にでも襲われたら危ない。いや、それこそ化鳥けちょうが――様子を見てくるか。

 俺は小袖姿のまま、素早く腰に空穂うつぼを付け、弓を手に取った。


 小屋の外に出ると、月が皓々こうこうと辺りを照らしていた。おかげで、松明たいまつなどがなくても見通しがく。

 とはいえ、昼の明るさとは比べものにならない。深閑しんかんとした森は夜空の下で、あたかも異界のようなおもむきかもしていた。

 少年の後ろ姿は、すぐに見つかった。

 やはり、手には楽器の入った袋を持っている。普段の水干姿と違い、就寝時のままの小袖姿なのは、ごそごそと着替えて俺が起きてしまうのを避けたからだろうか。

 彼は迷いのない足取りで、木立ちの中を歩いていく。

 呼び止めようか、とも思ったが、結局やめておいた。

 勝手に追ってきて「どこへ行く気だ」などと呼び止めたら、何だか俺が彼の行動を見張っているようだ。

 あまり口うるさいことは言いたくないし、軽々しくとがめたくもない。それに、俺には知られたくないから、こっそり行こうとしているのかもしれない。

 もう少し見守って、本当に危なそうならその時に止めればいい。問題なさそうなら、そっとしておこう。


 そうやって後を追ううちに、少年のたどっている道筋から「もしや」と思い始めていたが――その予感は当たった。

 彼が目指していたのは、いつも弓の稽古けいこをしている、あの野原だった。

 こんな時間にこんな所で、何をする気なのか。まったく見当もつかないが。

 俺は木の陰に身を隠し、少年を見守った。

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