――奇獣流転譚―― その音を知る者へ（改稿版）

第1章 鳴箭（めいせん）

第0話 転落

　たった一人で、数知れぬ敵と対峙（たいじ）することになるとは、予想もしていなかった。

　振り下ろされる刀を、かわしても、己の刀で受け止めても、果てがない。

　返す刀で敵兵を一人切り伏せれば、次の敵兵が切りかかってくる。

　息つく間もない。次第に腕が重くなる。

　敵兵たちの雄叫（おたけ）びや、甲冑（かっちゅう）の立てる騒々（そうぞう）しい音が嵐のごとく押し寄せ、それだけで圧迫されそうだった。

　それでも――休むわけにはいかない。

　少しでも手をゆるめれば、そこにあるのは「死」だ。

　倒れた敵兵から、血がじわじわと流れ出す。

　俺（おれ）自身の体も、そこここに返り血が付いているはずだが、もはや何の感慨（かんがい）もわかなかった。

　荷車同士がすれ違うのも難しいような細い山道なのが、せめてもの幸いか――ふと、そんなことに気づく。

　右手には切り立った急斜面がそびえ、左手もまた、木々の生（お）い茂る深い谷が広がっている。これでは、敵も一時（いちどき）には攻め寄せて来られない。

　その反面、俺の逃げ道も少ないが――逃げる気など、とうに失（う）せている。

　俺を置いて逃げていった者たちを追いかけて合流するなど、まっぴらごめんだ。

　では、どうする――敵の腕を切りつけながら、頭の隅（すみ）で考えた。

　まさに、多勢（たぜい）に無勢（ぶぜい）。遠からず、こちらが限界を迎える。

　それが現実。そんなことは分かっている。それでも――。

　俺は、こんな所で死ぬわけにはいかない。

　死んでなど、やるものか！

　俺は気力を奮（ふる）い立たせ、刀を握り直した。ちょうどそこへ、斜（なな）めから敵が切りかかってくるのが視界に入った。

　身をひねってかわし、体勢を整えて反撃――しようとしたが、足元に地面の感触がない。

　しまった！　道の端まで寄り過ぎた！

　どうにかしなければ、と思うものの、どうにもならない。

　俺の体は、崖（がけ）を転がるように落ちていった。