やがて蝶は大空を舞う 5
第五章 未来に向けて
朝、揚羽は学校に行く準備をしていた。髪を綺麗に梳いて準備ができると、元気よく声を出した。
「行ってきます!」
あの後、学校に戻る決意をした揚羽は、そのことを親と友達に伝えた。親は泣いていた。友達は「学校で待っているからね」と言った。愛理はあれから家に来て「愛菜がごめんなさい」と、何度も謝っていた。揚羽は笑顔で「大丈夫だよ」と伝えた。今回のことは確かに愛菜が言い、藤木が実行したことだ。でも、それは本人たちの環境がそうさせたのだ。愛菜も藤木も悪いわけではない。もし、悪いというなら二人をそうさせてしまった周りの環境が悪いのだから・・・・・・。
学校に着くと、友達が駆け寄ってきた。
「久しぶり!揚羽ちゃん!」
「良かった、戻ってきてくれたー」
「心配したんだよ!でも、戻ってきてくれて本当に良かった・・・・・・」
友達たちが次々と心配の言葉を掛けてきた。揚羽はその友達たちに感謝しながら笑顔で答えた。
「ありがとう!もう大丈夫だよ!」
学校の担任の先生にも何日も休んだことを謝ると、先生は「良かったよ」と、言ってくれた。そして、もう一つ。
「特別教室に来ている子たちが寺川のことを待っているから、またよろしく頼むよ!」
先生はそう笑顔で言うと、揚羽の肩を軽く叩いた。
そして、揚羽は自分の気持ちを伝えることにした。
「先生、私、ゆくゆくは福祉系の仕事に就きたいので大学は福祉系の大学に進みたいです。心に傷を負っている子たちの心の声を聞いて前に進んでもらう・・・・・・。そんな仕事がしたいです」
先生はその言葉に優しく微笑んだ。
「ああ、寺川ならぴったりの仕事だな。よし、その目標に向かって頑張ろう!まずは休んでいた分の授業の取り戻しだな。ビシビシいくから覚悟しとけよ!」
先生はそう言うと、「じゃあ、福祉関係の大学や専門学校の資料を集めておくよ」と言ってくれた。
そして、発表が近いこともあり、部活の練習はいつも以上に気合が入っていた。揚羽も予定通り出場することになり、気を引き締めて練習に臨んだ。
そして、発表会当日を迎えた。
揚羽は会場で準備をしながら順番を待っていた。そして、順番が来て演奏が始まった。曲はベートーヴェンの交響曲である「英雄 第一楽章」だ。揚羽たちは見事にその演奏を奏でた。
曲の入り方は優しくというのを意識した。途中で力強くなるところはみんな演奏に熱が入った。一気に曲調が強くなるところは力強く演奏した。皆で心を一つに合わせて演奏した。揚羽は演奏しながらこの曲のことを感じた。まるで今回のことはこの曲のように葛藤があった出来事だったな、と感じながら演奏に力が入った。この曲のように苦悩を感じたり、寂しさを感じたり、そして、喜びを感じた。そして、この曲は最後にどんどん力強くなり最後は喜びを感じるような曲調で締めくくられた。
曲が終わると、大きな拍手が会場内に響いた。演奏が終わり、家に帰ると両親が拍手をしながら揚羽を迎えた。
「今回の演奏もよかったぞ!」
「お疲れ様。ご飯が出来ているから食べましょう!」
そうして、なごやかな夕飯が始まった。
夕飯が終わり、部屋に戻った揚羽は蝶々にメールを打っていた。
『今回の事で、私が将来どんな仕事がしたいのか見えてきました。私は、心に傷を負っている子供のケアをする仕事がしたいです。なので、大学は福祉系の大学に進もうと思います』
メールを送って、しばらくすると蝶々から返信が来た。
『あなたならなれると思います。頑張ってね!』
そして、揚羽は蝶々にずっと言いたかったことを聞いた。
『あなたは一体何者ですか?私はあなたに会ってみたいです』
そうメールを送って、内心ドキドキしながら返信を待った。そして、音がしてメールが来た。そこには・・・・・・、
『私は、み――――――――』
メールはそこで終わっていた。揚羽は「エラーかな?」と思ってメールをもう一度送ろうとした。でも、エラーが出てメールは送れなかった。揚羽はパソコンを閉じ、小声で呟いた。
「・・・・・・ありがとう、蝶々さん」
その日を境に蝶々とメールのやり取りは出来なくなってしまったが、揚羽は見たこともない相手に感謝をしながら、日々を頑張って過ごしていた。
今日も放課後に学校で行っている特別教室に来ている子たちを先生のお手伝いをしながらおしゃべりしていた。最初は揚羽の髪が短くなったことに特別教室に来ている子たちに驚かれたが、みんな「短いのも可愛いね!」って言ってくれた。そして、学校から帰る途中で公園のそばを通ると藤木の姿が見えて、揚羽は声を掛けた。
「こんにちは、藤木さん」
突然声を掛けられた藤木は飲んでいたコーラの缶を落としそうになった。
「寺川さん・・・・・・」
そして、揚羽は言葉に迷いながら口を開いた。
「その、この前の友達になって欲しいって話なんだけど・・・・・・えっと、私でよければ、その、よろしくお願いします・・・・・・」
揚羽はそう言ってお辞儀した。その様子を見て藤木が急に笑い出した。
「ぷっ・・・・・・はは・・・・・・あはははは!!て、寺川さん、面白いね!私がお友達になって、って言ったんだから、本当なら私がお辞儀するところを、寺川さんが何でお辞儀するの?も、もしかして、寺川さんって天然?あはは、まじ、面白すぎ・・・・・・・」
そう言って笑いが止まらなくなっている藤木を見て、揚羽は「そんなにおかしかった??」と感じながら藤木につられて二人で笑いあった。ある程度笑ってから、藤木が今の状況を話しだした。藤木は家を出て働くことになったこと、両親とは縁を切ったこと、そして、河地と本村は通信制の高校に行くことになったこと・・・・・・。今回のことはとても大事になったが、この短い期間でいろいろな事が分かった気がした。この出来事でこの社会で何を正さなくてはいけないのかも見えてきた気がした。今の日本の改善をしなくてはいけない社会の闇を垣間見た気がした。ただ、やったことだけを見て悪いと決めつけるのではなく、その出来事がなぜ起こったのか、それをきちんと知ることが大切なのだということを、今回のことで揚羽は強く感じた。出来事によっては、それが事を起こした人の助けを求めるサインかもしれないというのを時には察しなくてはいけないんだということを、揚羽は胸に嚙み締めた。
そして、揚羽は一つ決意した。
『この世の中を少しでも良くするために自分が出来る事をしよう』と・・・・・・。
~エピローグ~
――――――バチン!!
大きな音を立てて、パソコンの画面が真っ暗になった。一度電源を落とし、再び電源を入れるとパソコンは起動した。大きく壊れてないことに安堵をしてもう一度自分が誰であるかメールを送ろうとしたが、エラーが出て送ることができなかった。
「やっぱり、ここで終わってしまうのね・・・・・・」
ノートパソコンを閉じ、ため息を付くと隣にいる男が声を掛けた。
「揚羽さん、メール途絶えてしまったの?」
「うん、やっぱり私だよってことは伝えられなかった・・・・・・」
揚羽は寂しく微笑みながら薫にそのことを告げた。
揚羽は今、仕事で心に傷を抱えた子供たちのケアをする仕事をしていた。そして、ある日、差出人が分からないメールが届いた。なんだろうと思い、メールを開けて揚羽は驚いた。そこには、あの時の過去の「私」が送ったメールが届いていた。まさか、あの時に送ったメールが未来の揚羽のパソコンに送られているとは想像もつかなかった。でも、考えてみればあの時届いていたメールの内容は揚羽自身だから書けた内容だった。過去と未来がどうしてつながってしまったのかは今も分からない。でも、その不思議な出来事が私を前へ進ませてくれた。そして、自分がやりたいことを明確にしてくれた。揚羽はこの不思議な現象に感謝しつつ、ベランダに出た。
今は、薫という婚約者と一緒に暮らしながら仕事をしている。薫のプロポーズの言葉は揚羽にとって、とても嬉しいものだった。
『揚羽さんの純粋で真っ白な心を守りたいです』
それが、薫のプロポーズの言葉だった。揚羽はその言葉がとても嬉しくて涙が止まらなかったのを忘れずに覚えている。ちゃんと見てくれる優しい婚約者と一緒に暮らし、仕事も充実していた。
揚羽が思い出に浸っていると薫がホットミルクを持ってやってきた。
「お疲れさま。はい、揚羽さんの癒しの飲み物だよ」
薫は優しい笑顔で言いながらホットミルクを揚羽に差し出した。揚羽は「ありがとう」と言って受け取った。
「もう少しで来るんだよね?」
薫が腕時計を見ながら呟いた。揚羽はその言葉に明るく返事した。
「うん!仕事が終わったら寄るって!」
揚羽はもう少しで来る来客を楽しみに待っていた。ベランダで、ホットミルクを飲みながら柔らかい夜風に当たっていると、チャイムが鳴った。
――――――ピンポーン。
揚羽はチャイムの音が聞こえると嬉しそうに玄関に行った。
そんな穏やかな様子を月が優しく照らしていた・・・・・・。
前半 完
******
ここで、前半の蝶である揚羽のお話はおしまいです。後編は鳥である愛菜のお話です。愛菜がなぜ藤木に言って揚羽にあんなことをさせたのか・・・。いったい愛菜に何があったのか・・・?そして、愛菜の本当の気持ちは・・・?
後編ではその話が明かされます。
新年に入ったら更新していくのでよろしくお願いします。
ここまで読んでいただいた方、コメントや☆や♡をくださった方、本当に感謝の気持ちで一杯です。本当にありがとうございますm(__)m
今年も残り僅か・・・。
2023年も私こと「華ノ月」をよろしくお願いいたしますm(__)m
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