トラブルバスターズ

いちはじめ

トラブルバスターズ

 列車が、音もなく眩いばかりの光彩に彩られたトンネルを抜けると、そこは漆黒の世界だった。

 だがしばらくすると、その闇の中にポツンポツンと大小の光点が浮かんでいるのが分かった。そしてその光は車窓の中をゆっくりと動いていく。

 窓際の若い男がぼんやりと窓の外を眺めていると、二人掛けのシートがドスンと大きく揺れた。

「どーだ、すごかっただろう光彩のトンネルは。何度体験しても感動するよなあ。出張の醍醐味と言ってもいいくらいだ。それと醍醐味と言えばこれだろう」

 若者より幾分年長のがっしりした体格の男は、手にしていた缶ビールやらおつまみやらが、目いっぱいに詰め込まれたビニール袋を若い男に手渡した。

「俺と組むのは初めてだったよな、まぁよろしく頼むよ」

「こ、こちらこそよろしくお願いします」

 他に誰もいない車両に、二人の声が響いている。

 この二人は不動産管理会社の先輩後輩で、辺境のとある管理物件へ向かうところだった。

 先輩は豪快にビールを飲み、おつまみを貪り食っているが、後輩は浮かぬ顔をしていて、ビールもほとんど進んでいない。

「先輩、今回は物件のトラブル対応だと聞いているんですが……」

「そうだ……。あれっ、お前トラブル対応は初めてなのか? トラブル対応をきちんとこなせるようになってこそ、一人前と言えるんだぞ」

 ガサゴソとビニール袋の中を物色しながら先輩は答えた。

「それでその物件についてちょっと嫌な噂を耳にしたんですけど……」

 後輩は不安気に先輩の顔を覗き込んだ。

「ああ、事故物件だっていう噂だろう?」

「ええ……」

「その噂なら本当だ」

「ええっ!」

 後輩は手にした缶ビールを危うく落としそうになった。

「ハハハ、まあ心配するな、大したことじゃない」と豪快に笑いながらビールを美味しそうに飲むと、先輩はその物件について話し始めた。

「その家はいわく付きでな、何というか、ちょくちょくへんてこな生き物が大量発生して困ってるんだ。今回もそれで駆除依頼が来た」

「怪奇現象とか怪異とか、そういう類のものではないのですね、良かった」

 後輩はほっとしたのか、美味しそうにビールを一口飲んだ。先輩はお前子供みたいだな、と笑い三缶目のビールを開けた。

「最初は、草履みたいな生き物が大量発生して、それ自体は何の変哲もない生き物なんだが、何しろ家中の壁やら天井やらそこら中に、鱗みたいにびっしりと張り付いていてな。それがごそごそ動いている様は今思い出してもぞっとするぜ」

「想像しただけで気持ちが悪くなりそうです。それでどうやって駆除したんですか」

「そいつらは生命力が強くて相当てこずったが、最後は強い放射線を浴びせて何とかしたよ」

「なるほど……。それで他にはどんなものが」

「巨大生物が発生したこともあったな」

「巨大生物?」

「いや~、この時は壮観だったよ、巨大生物がそこらじゅうをのっしのっしと歩き回っている姿は。俺としては駆除するのは気が進まなかったな」

「なぜそんなことが起こるのですか」

「詳しいことは知らんが、そこの家主は何かの実験をしているらしくて、その実験が失敗するとそんなことになるらしい」

「実験ですか……。で、その時も放射線を?」

「いや、その時は家主から止められた。何でも前回放射線を使った結果、実験をやり直すのに、大層時間がかかったんだと。調べてみると巨大生物は屋内の環境に適応しすぎていたんで、その環境を激変させたらイチコロだったよ」

 先輩はそこまで話すと、ビールが進んでないぞと後輩を促がし、自身も四缶目を開けた。後輩はビール缶を手にしたまま、恐る恐る尋ねた。

「それで今回は……」

「今回は、一見か弱そうなちょこまかとせわしない生物が大発生したらしいんだが、これが結構知恵が回るらしくて、家主があれやこれやと駆除を試みても、いつの間にか裏をかかれているそうだ」

「はぁ、それは結構手間取りそうですね」

 後輩はシートの背もたれに体を預け、おもむろにビールに口をつけた。

 既に自分の分のビールを飲み干してしまった先輩は、駅弁を頬張っていた。

「そろそろその物件が見えてくるはずだ。……ほれ、あれだ」

 後輩は体を起こすと車窓を覗きこんだ。

 冷たい暗黒空間の一角に、ぽつんと黄色味がかった橙色の小さな光が見えた。

「あれですか。本当に辺鄙なところにありますね」

「へんてこな実験をしてるんだ、このくらい辺鄙なところでないと周りに迷惑がかかるからな。そういう意味ではうってつけの物件なんだよ、太陽系第三惑星の地球って星は」

(了)

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