xxx Teenage Midnight Shuffle

 七本槍ななほんやり駅につくと、すぐに莉徒りずEDITIONエディションに電話をかける。

「あ、夕香ゆうかさん?莉徒です。今ついたんですけど、練習とかってさせてもらえるんですか?」

 まずはきちんどバンドとして成り立つかどうかを確認しなければならない。既に成り立たなくても引き返せないところまできてしまっているのだが、それでも夕衣ゆい英介えいすけ奏一そういちとは合わせたことがないのだ。ぶっつけ本番は絶対に避けたい。

「え、今一時ちょい過ぎ。うん……え!マジですか!」

 なにやらただならぬ雰囲気だ。莉徒の表情が文字通り、苦渋に満ちて行く感じだった。そしてそれは夕衣をはじめ、英介にも奏一にも無言の不安として伝わった。

「出演させて、その上準備までさせようってハラっすか?……えぇーっ!」

 やはり事態は最悪らしい。夕衣達四人は既に商店街に差し掛かり、EDITIONは目の前だ。夕衣は腕時計を見ながらどのくらい練習できるかを計算してみる。

「え、えぇ、まぁそうですけど……。え、何、お見通し?……あぃ、あぃ……判りました……」

 ぱたん、と携帯電話を折りたたみ、ぼやく。

りょうさん使う代りだって……」

「そりゃなんとも、抜け目ねぇな……」

 電車に揺られながら、ほぼボイスパーカッションと化した状態で、四人で曲の確認をしつつも、夕香にこまめに連絡を入れて、谷崎たにざき諒にドラムを叩いてもらうことを了承してもらった。しかしそれが代償になってしまうのは計算外だった。が、夕香の性格を鑑みれば、それも当然なのかもしれないと夕衣は苦笑する。当初の予定では三時に到着し、四時にはイベントの準備を開始する予定だった。今現在一時十分を少し回ったくらいだ。準備をしなければならないとなると、三時間も練習時間は取れない程度だ。しかしそれだけでもいくらかマシだろう。先に昼食を済ませておいて大正解だった。

「っつーかもうお疲れ様ー!」

 だー、と店に入り、レジカウンター内にいる夕香に声をかけた。もう莉徒の声は半ば自棄だったがその気持ちは良く判る。というか夕衣達ももはや被害者と言っても良いくらいの扱いだ。

「悪いわね!ギャラ弾むから!」

 レジのあるカウンターで夕香も忙しそうにパソコンを操作していた。そこに店の電話が鳴り響く。

「んもー!このクソ急がしい時に!……はい、有難うございます、EDITIONでございますっ」

 地声と営業ボイスのギャップに思わずずっこけそうになったが、流石のプロ根性だ。涼子りょうこのようにいつもたおやかな性格ならばこういったギャップもないのだろうが、谷崎夕香という人物は良くも悪くも竹を割ったような性格をしている。夕衣は自分にはない夕香のそういった部分に憧れすら感じるが、本人にしてみればそれはそれで厄介なこともあるのだろうなと、自身が置かれている状況も忘れてなんとも呑気なことを考えてしまった。

「あ、諒ちゃん?もう誰でもいいからとりあえず引っ張ってきてよ!……えぇ何?そんなの知らないわよ!こういう時にパワハラ使わないでどうすんの!だから最近-P.S.Y-サイは丸くなったとか言われ舐められてんじゃないの?」

 再び地声に戻り、夕香は自分の夫相手にまくし立てる。夕衣は自分達は相当ついてないと思っていたが、谷崎たにざき諒も相当な言われようだ。

「こういう時にこそ元ヤンスキル使いなさいよね!フォローなら後でいくらでもするから!そ、んじゃね!……ったぁくもう」

「な、なんかすげぇっすね……」

「まぁ年に何度かこういうことがあるからね。さ、あんたらも楽器揃えて練習練習!」

 英介が嘆息しつつ言ったが、当の夕香はあっけらかんとしてそれに答えた。幸か不幸か、店内にはそれほど客もいないようだった。内務に徹していられる分、夕香としてはまだ余裕があるのだろう。

「こっから一番遠いの誰だっけ?」

「あ、おれ。英介チャリ貸して」

 莉徒が言い、夕衣はすぐに奏一を見た。いつも夕衣が送ってもらっているのは、ここからは奏一の家の方向が同じで、更に夕衣の家よりも遠いからだ。物のついでと言ってしまえばそうなのだろうけれど。莉徒の家は行ったことはないが、大体の場所は判る。ここからでは夕衣の家よりも若干遠いが、奏一の家までではないはずだ。

「おー、莉徒はどうする?」

 ここからは本当に徒歩で数分のところに住んでいる英介が莉徒に問うた。

「夕香さん原チャ借りていい?」

「いいよー」

「じゃ私はそれで」

 くい、とサムズアップして莉徒は笑った。

「じゃあ奏一は夕衣と二ケツして夕衣降ろしてけ」

「おっけ」

「莉徒って免許持ってるんだ」

「うん。何かと便利よ。まぁあんま機会はないし、乗らないようにもしてるんだけどね」

 やはり莉徒は不良少女だ。少なくとも、夕衣の周りの未成年で酒、煙草、不純異性交遊、オートバイをクリアしている人物は莉徒しかいない。免許証を持っていれば良いという問題ではなく、学校で禁止されていることを完全に無視しているという行為が不良少女だ。

「単車の免許なら俺だって持ってるぜ」

「ほらー、無駄話はあとあと!」

「うっす、んじゃ、散!」

 夕香の声に英介が反応し、すぐに返す。確かにくだらないことを言い合っている場合ではない。電車の中での話し合いで、使うギターやセッティングは既に決めてある。揃えるのに時間はかからないだろうが今は一分でも時間が惜しい。

「忍者か」

 奏一の突っ込みも中途半端に、夕衣達は店を出た。


 三時間弱の練習を終えて、夕衣達一行は機材車と共に七本槍中央公園にきていた。公園の中央に位置する中央公園の中央噴水を真ん中にして、奥まった位置にある野外音楽堂とその反対にはベンチなどがあり、それらすべてを取り囲み内包しているのが中央広場と呼ばれるこの場所だ。数名のスタッフと-P.S.Y-のベーシスト、水沢貴之みずさわたかゆきが既に待機していて、できる部分の仕事は既に終わらせているようだった。

「おーギター少女達」

「うっす、貴さんも借り出されたの?」

 貴の手にあった公園の占用許可証を覗き込みながら莉徒は言う。相変わらず物怖じしない性格だなぁ、と夕衣は感心した。

「まぁ出演者でもあるしねぇ」

「そっか。あぁ諒さん貸してくれてありがとね、貴さん」

 聞けば-P.S.Y-もイベントに出演するのだそうだ。夕衣達の即席バンドと-P.S.Y-とで諒はダブルヘッダーになってしまっていた。ぼやきながらも結局最後まで練習に付き合ってもらい、このバンドの為だけではなく、各々のパートのアドバイスまでしてもらった。夕衣にとっては本当に貴重な経験だったと思う。莉徒がお礼を言ったので慌てて夕衣も会釈した。

「 なんもなんも、あんなんで良けりゃいつでも貸すって」

「あ、あんなん、て……」

 あれほど素晴らしいドラマーをあんなん扱いとは、流石にプロのミュージシャンは違うな、と実感する。-P.S.Y-というバンドはそのバンド単体ではロックンロールやハードロック、LAメタルのような音楽を主流とする攻撃的な楽曲の多いバンドだが、実は夕衣が一番好きなアーティスト、早宮響はやみやひびきのバックバンドをやったこともある。元The Guradian's Blueガーディアンズブルーのメンバーと早宮響の音楽上の付き合いが長いのはどちらかのアーティストが好きな者であれば殆どの者が知っていることだ。その攻撃的な音楽を売りにしているバンドが、所謂ポップスやバラードを歌うシンガーのバックを勤めるというのは、彼らの演奏の巾の広さ、そして技術の高さを証明しているということになる。

「おー夕衣さん、こないだのアコギライブのビデオ見たよ。すんげぇいい声してんね!ギター弾いてる姿とか惚れそうだった!」

「え?あ!ありがとうございま、っす!」

 ぽんぽん、と貴の手が頭の上で二度跳ねた。何が何だかは良く判らないが、ともかく褒めてもらえていることだけは判った。夕衣は慌てて頭を下げる。自分の歌や演奏をまさかプロのミュージシャンに褒めてもらえるとは思ってもみなかった。これは本気で嬉しかった。

「え、なんか……なに、そんな、なに、お、おれ、偉そう?莉徒」

「え?そぉ?まだ慣れてないだけでしょ」

 あー、と困った顔を作り、貴は莉徒に視線を向ける。

「だよなぁ。夕衣さー、タメ口でいいよ」

「あ、は、はい、努力します」

 タメ口などとんでもない。今目の前にいる人物は夕衣が小さな頃から第一線で活躍してきたミュージシャンだ。そんな尊敬すべき人に対して、莉徒の態度の方がどうかしている。いくら水沢貴之本人がそれを望んでいるとしても。それは然るべき付き合いや、時間を共にしてからの話だ。恐らく英介も奏一も夕衣と同じことを考えているに違いない。英介は諒とは少し打ち解けているようだったが、貴に対しては諒と同じような態度を取っていないことからも、貴とは諒ほどには付き合いがないだろうことが判る。

「はは、こりゃ時間かかりそうだ。きみらも一緒だぞー、なんか大人しいけどさ、たかが先に生まれたか後に生まれたかってだけの話じゃん。仲良くやろうぜー、諒とかうちのかみさんとは仲良くしてんだろ」

 じゃないとおれ泣いちゃうぞ、と冗談めかして貴は続けた。遠縁とはいえ親族でもある奏一と付き合いが長いのであろう莉徒以外、つまり夕衣と英介は苦笑したが、はいそうですね、とすぐに態度を切り替えられるものではない。気持ちは判らないでもないような気もするが、やはり目上の人にはきちんとした態度を取るべきなのではないだろうか。しかし本人がそれを望んでいないのであればそれほどかしこまる必要もないのだろうし、逆に失礼になってしまうこともあるのかもしれない。夕衣一人ではまったく考えがまとまらない。

「あ、機材車きたけどセッティングどうするの?」

「お、とりあえず運べるもん運ぶか。アンプ、ドラム、マイク関係。セッティングはローディー班がいっからそいつらにお任せ」

 諒が別の車を会場内にまわしてきたことに莉徒が気付き、貴に言った。まとまらない考えをとりあえず捨て置いて、夕衣も入ってきた機材車を見やり、ぐ、っと腕に力を込める。

「りょぉかい、んじゃいくよおまえたち!」

「あらほらさっさ~っ!」

「……」

 莉徒と貴のノリに夕衣、英介、奏一は完全に置いて行かれた。 


「なんかもう、くたくたなんだけど?」

「それ疑問詞?」

 全バンドのステージが終了し、あとはばらし、所謂後片付けだけになった。-P.S.Y-のステージは是非とも客席でしっかりと見たかったが、当然にして状況がそれを許してはくれなかった。

 七本槍中央公園の本格的な撤収は明日の朝からだが、明日の朝、作業がスムーズに進むように、ある程度までは整理しておかなければならない。

 演奏の方はとりあえず、即席バンドとしては及第点だったかもしれない。夕衣自身はそう思えたが、音楽というものは基本的に自己評価で完結するものではない。録音された音源もまた、生で聞いているのとは全く違って聴こえるし、反省点はこれから多々出てくるだろう。しかし、谷崎諒の力添えもあって、ひとまずステージは無事に終えた、というところで夕衣達は安堵した。安堵と共に力が抜けたのであろう莉徒はぐったりとしてステージ横のアンプにもたれかかっている。夕衣も莉徒の隣で莉徒の肩に頭を預けるようにぐったりとしていた。まだこれからこれらの機材を、明日の朝撤収しやすいようにある程度までは整理しなければならないと思うと更にぐったりする。

「明日も五時起きだ、さっさとバラして帰るべ……」

「うぇ、もうこんな時間じゃないの!」

 英介の言葉に腕時計を見た莉徒が悲痛な叫び声を上げた。時計の針はすでに二十二時を回っている。

「おーしバンド少女ども!さっさと片付けますぞ!」

「大御所がやる気になっていらっしゃる……」

 音楽業界ではそこそこの権力すら持っていそうな水沢貴之が自ら進んで機材の片付けを始めている。流石にその光景を目の当たりにしては夕衣も身体を動かさざるを得ない。

「若ぇクセにだらしねぇなぁ。おら!さっさと立つ!」

「へぇい」

 ぽん、と莉徒の頭の上に手を置いて貴は言った。この元気の源は恐らく、早起きしていないからだろう。それと脅威のステージ慣れだ。莉徒や英介もそうだとは思うし、夕衣自身もそうだが、自分達でもそこそこ、年の割にはライブ経験は多い筈だ。しかしやはりステージで演奏するというのは(それもドラムがプロであれば尚のこと)消耗が激しい。朝早く起き、重い機材を抱えたまま炎天下の中を歩き、その上合わせたことのない初めてのバンドでの練習、イベントの準備をしてステージにまで立てばそれはいくら年齢が違うといえども、激しく体力を消耗するというものだ。

「よし、もうひと頑張り!」

 しかし夕衣は自身を鼓舞させるように言うと、ぱんぱん、と自分の頬を叩いた。

「お、いい気合!やっぱ若者はこうじゃないとね!」

 ぽん、と夕衣の頭の上でも貴の手が跳ねた。

「こらぁ~っ!たぁかさぁ~んっ!またローディーの仕事に勝手に手ぇ出してぇ!」

 その途端、貴の背後から尋常ではない声が飛び込んできた。

「うひゃあ真佐人まさと!きょ、今日は仕方ねぇズラ!」

(ズラ……)

 貴を怒鳴り飛ばしたのは、以前も機材運搬に来ていたEDITIONのスタッフで、名は吉川よしかわ真佐人、と言う。今現在、EDITIONでの一番の実力者であり、誠実な性格で誰からも慕われるような存在だ。

「貴さんは演者なんですよ!怪我でもしたらどうするんですか!って何回言えば判るんですか!って聞いてるんですか!」

 EDITIONではトップクラスに仕事をこなす真佐人としては、ローディーのプロとして、演者に怪我でもさせてしまったら立つ瀬がなくなる、といったところだろうか。

「ウンキイテルヨー」

 完全に何も聞こえない様相ではあるけれども。

(じゃあローディーしてセッティングもして、演奏までした私達って……)

 いや、今それを考えるのは無意味だ。貴も今日は仕方がなかったと言っている。夕香でさえも、年に何度かはこういったことが起こると言っていた。

「あれ!つーか諒さんは?」

 莉徒に言われて初めて気が付いた。ステージを降りる際に楽しかったぜ、お疲れな!と挨拶を交わしたきりだった。

「奴は社長業でもう打ち合わせ行ったよ」

「え、こ、こんな時間から!」

 二十二時を過ぎても打ち合わせがあるとはなんと大変な仕事なのだろうか。

「そ、弱小会社は色々大変なの。んじゃやるぞ……小物くらいならいい、よね?」

 明らかに貴よりも年下であろう真佐人のご機嫌を伺うように言う貴が少し可笑しくて笑ってしまう。

「この子らも明日早いんで、小物くらいならお願いします!」

 真佐人はそう笑顔で貴に答えた。アルバイトのタイムテーブルまで把握しているとは頭が下がる思いだ。

「んじゃあ奏一、明日の予定変更ねぇか夕香さんに聞いといてくれ」

「おっけぇー」

 携帯電話を取り出し、奏一が夕香に電話をする。その間に夕衣、莉徒、英介の三人は真佐人と貴に続いて機材の片付けを始めた。


「んおわったぁーっ!」

 両拳を突き上げて莉徒が叫んだ。七本槍公園は静けさを取り戻し、この場に残っているのは夕衣達四人だけになった。諸々の連絡を済ませ、このまま解散という流れだ。

「おーっし、解散解散、さっさと帰ろうぜ。このままじゃ四時間も眠れねぇ」

「お、起きられるかな私……」

 莉徒の言葉に夕衣も頷く。夕衣も聊か不安だ。夕衣の母も父もそれほど早起きではない。自力で起きるしかないが、どうにかならないものだろうか。

「起きたら全員連絡し合うか。全員起きなかったら最悪だけど」

「そ、そうだね、とりあえず保険掛けとこ」

 携帯電話のアラーム機能をしっかりと確認する。部屋には別に目覚まし時計もあるが、その二つだけでは起きられるかどうか判らない。とにかく今日はくたびれた。眠りも深いことは間違いないだろう。

「んじゃさっさと解散しますか」

「うぃー」

「あ、ちょっとまった!おれ髪奈さんの連絡先知らねぇわ」

「あ、じゃあ教えとくね」

 公園を出ようとしたところで奏一が言った。以前から多少気にはしていたことだが、莉徒に言われたように、夕衣の方から奏一に勘違いをさせるようなことをしてはまずいと思っていたので、あえて自ら連絡先を教えることは避けていたのだ。奏一が夕衣に想いを寄せているという話をそのまま全部信じている訳ではないが、もしもその話がデタラメだったとしたら、それこそ保険をかけておいた方が双方のためにも良いというものだ。

「とか何とか言って巧いこと連絡先ゲットの秋山あきやま奏一であった」

「そ、そんなんじゃねぇよ!」

 莉徒がとんでもないことを言い出す。あえて触れないようにしているこの話題を態々露出させる意味が判らない。

「えー俺前から知ってっけど?」

「あんたは別よ」

 特に突っ込んでからかおうと思っていた訳ではなのだろうことは判る。莉徒にしてみればこのくらいの冗談は大丈夫だろうという判断の下、発した言葉だ。と、夕衣は思う。英介の言葉で話の流れが多少違う方向に滑って行ってくれたのは幸いだ。

「ま、まぁ外野は放っておいてともかく……」

「そだね。んじゃ俺のから」

 赤外線通信機能で奏一のデータを受信する。so-1というシンプルかつ機能的な、一種美しさすら感じるメールアドレスを見て夕衣は思わず唸った。

「うん……おっけ、んじゃわたしメール送るね」

「よろしく」

 しばらく無言の時間が過ぎ、データ送信が完了する。奏一が夕衣のデータを見る。どうかメールアドレスにだけは目を通さないように、と夕衣は心の中で密かに、しかし強く願った。

「ゆいゆい……」

「黙りなさい」

 き、と奏一を睨みつけて夕衣は奏一の携帯電話をぱくん、と閉じる。

「は、はい……」

「よし完了!んじゃ解散!」

 唖然とする奏一を他所に夕衣は何ごともなかったかのように奏一に背を向け、そのまま携帯電話をしまう。妙な態度や気遣いを見せるべきではないと思うが、英介とならばこのくらいの冗談のやりとりは普通にしていることだ。そろそろ奏一ともそういう冗談がやり取りできるようになった方が良いのかもしれない、と夕衣は思ったのだ。身体も心もくたくただったが、一日の閉めの言葉くらいは元気に発しておきたい。

「おー、お疲れ!」

「おつかれー!」

「れー!」

 各々が口を開いた直後に、奏一がぽんと手を叩いた。

「帰り同じ方向なんだし、帰りながら連絡先交換しても良かったな」

「おまいらのせいで三分睡眠時間が削られた」

 曰く言いがたい、恨めしい表情で莉徒と英介が夕衣を見た。

(わ、わたし……?)


 自分の楽器がとてつもなく重たく感じる。これほど疲れたのは久しぶりだった。初めてバンドでライブに参加した時もこんな疲労感を味わったような気がする。ただ今回のこの疲労度は労働の証で、きちんと賃金が払われるということだ。金を稼ぐ、ということは本当に大変なことなのだと夕衣はベッドの上で実感した。シャワーを浴びてさっさと眠りたいところだが、身体が重い。ベッドに横たわる前に行動するべきだった。

「うぅー」

 エアコンは効いているけれど、今日一日で随分汗もかいたし身体がべたつく。けれど目を閉じればすぐにでも眠れてしまう誘惑に負けそうだ。

「ほ、あ、ちゃーっ!」

 ぐい、と無理やり上体を起こして、夕衣は起き上がった。

「あぶないあぶない……」

 部屋を出て風呂場に向かう。階段を下りながら気付いたが、足の筋肉の張りが凄い。明日は完全に筋肉痛になるだろうな、と思いながら風呂場に入ると服を脱ぎ始める。

「ひっ」

 鏡を見て思わず悲鳴を上げる。今日一日の日焼けの跡は仕方ないにしても、抱えた楽器や機材を入れたバッグのベルトなどが肩に食い込んですれていたせいで真っ赤になっている。日焼けのことにしても日焼け止めまでは必要ないと甘い考えを持った自身の責任ではあるが、ここまでとは思っていなかった。

「働くのって大変だなぁ……」

 赤くなったところをさすると少し痛んだ。明日も同じような仕事をすれば悪化するかもしれないが、泣き言は言っていられない。日焼けの跡も少し熱を持っている。日焼け止めのクリームは持ち歩いた方が良いかもしれない。夕衣はもともと肌が色白なので日焼けをしても赤くなって終わってしまう。

「ま、でも明日も頑張らなくちゃ」

 さっさとシャワーを浴びて寝よう、と夕衣は浴室に入った。


 xxx Teenage Midnight Shuffle END

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