Based on a True Story

zakuro

Based on a True Story

 Date: 2022年4月 / 2022年12月

 


 小説を書きたいと思った。どうしようもなく、書きたかった。



 春、色々なものから解放されて、新しいことをしようと思った。小説の題材としてちょうどよい体験をしたばかりだった私はそれを小説にした。自分の体験をベースに、自分によく似ただけど自分とは違う架空の主人公は、不器用な文章の中で生き生きとして見えた。書き上げた小説は納得のできるものからは遠くて、だけどとても久しぶりに書いた小説は私にその楽しさを思い出させてくれた。


 初めての小説のことはよく覚えている。といっても小説として書いたものではないのだけれど、高専生の頃に学内の読書感想文コンクールで賞をもらったそれは、きっと小説だった。自分のことを書いたはずの文章なのに、主人公は私とは全然違うしエピソードは再構成したものだったりほとんど創作だったりする。体験をそのまま書いたらエッセイだけど、私が書くのはそういうのじゃない。自分の体験をもとに書いていても、それはNetflixの冒頭に出てくる「事実に基づく物語」みたいなもので、つくられたおはなしでしかない。


 もちろん、この小説も同じ。思ったことを素直に書いてなんて、ない。自分の体験をもとにするけれど、それは自分の気持ちとイコールにはならない。この私は小説を書いている著者としての私ではあるけるど、それでも現実の人間の『私』とはやっぱり違っていて、どこまでいってもそれは作られた私。全く違うその作品の主人公としての私。そもそも、ほんとうの自分の姿なんてわかっていないし気持ちもすぐに忘れてしまうから、書きようもないのだけれど。

 


 にんげんは、複雑すぎるから、バラバラにしてしてきれいに組み立ててあげないといけない。



 冬になって、あらためてもっと小説を書きたいなと思った。ストーリーのある小説じゃなくて、ただ文章を書きたかった。実体験をベースにすれば、ストーリーや設定をゼロから考えなくていい。ただ純粋に文学を書くそのためのお手軽な手法。それはきっと私小説と呼ばれるもので、純文学って言葉と結びついて少し昔の作家の作品として出てきたような気がする。ウィキペディアの純文学の項目にかいてあるよくわからない説明だと、娯楽性よりも芸術性を求めれば純文学らしい。純文学って言葉は格調高い印象で明治の文豪とかの偉い人が書くようなものの気がするから、私が書くのはそんなしっかりしたものじゃないと思うのだけど、でも私はただきれいな文章を書きたくて、それを芸術というのならば私が書きたいものは純文学なのかもしれない。下手だけど、純文学だ。


 たくさんの小説を読んできたわけじゃない。本を読むのは好きだったけど、読書家っていうのは違う気がする。名作と呼ばれるような文学作品なんて、ほとんど読んだことがない。森鷗外とか太宰治とかあるいはドストエフスキーとか、小説好きな人が挙げるような作家のことは何も知らない。それでも別に、いいはずなんだ。書きたいものがあるのだから、だったら好きに書けばいい。上手に書こうと苦しむならば、好きに書くだけでじゅうぶんに幸福なことでしょう?


 私は文章が好き。小説を読んでいると色々な触り心地の文章があって、私の脳に働きかければひどく甘美な替えの効かない感覚をつくる。そして私は、現実を忘れさせて私をふわふわと酔わせる文章を創作できる。たとえ下手でも、私にとっては唯一無二の体験を与えられる文章が書ける。


 今年の冬は寒い。早朝の氷点下の気温で、私の心は冷え切っていた。寂しかった。ぬくもりがほしかった。だから暖房の温度を上げたのに、何も変わらない。きっと本当は気温なんかじゃなくて、わからないけど、とにかく何かを求めていた。私の心はいつも緩やかに死に向かっている。創作だけがその病の進行を止める唯一の特効薬で、だから私は創るしかない。なにも創らなくなったとき、私は死ぬ。心臓が動いていても、心のどこかはきっと死ぬんだ。

 


 事実に基づく物語。それぞれの主人公のそれぞれの物語。そんな小説を、書いている。

 Based on a True Story。これはそのほんのはじまり。

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