緑の星
地球は青かったなんて嘘だった
かつて、宇宙へ旅立った飛行士、ドグラス・ド・フィネガーが言った。
──地球は緑の星だ。青かったなんて嘘だった。
***
始まりは、ヒトが、「種」を食してしまったことであった。古くはヒトが山菜だの魚肉だの好んで食していたが、偶然、そう、偶然にもヒトが喰らう食物の中に「種」が入り込んでいたのであった。例えば「種」は、野菜や草本のタネに紛れ、芽を出していた。それを小動物や鳥類は芽ごと体内へ取り込み、それを大型の獣たちが喰い、やがてはヒトが、「種」を身のうちへ入れ込む運びとなった。例えば「種」は、魚類も同様であった。「種」は、水に溶け込み川へ流れ流れて、プランクトンから小魚大魚、そしてヒトへと連鎖していくのである。ここまでは別段小学生でも学ぶので学のない人間以外は読み飛ばしても構わない。
さて、「種」を身のうちにいれて、人がどう変わったかと云うとあちこちの菩提に森ができた。「種」を食ってしまったと、愚かにもヒトは全く気づいていなかったので、あちらでもこちらでも「種」が芽を出し茎を伸ばし、花を咲かせる木となったのであった。罰当たりなヒトは、祖先の眠る墓へと全く参らなかったので、墓の下の湿った所から、そこに在るヒトから、何かしらが生えてきたとて、面白い程鈍感なのであった。「種」から出てきた芽や花はどうやら火を嫌がるようで、九州の一部地域なんかは盆に花火や爆竹を繰り広げるので、火に怯えて、然程育たなかったようである。墓から出ることはなかった。
そうでない地域では、或る話によると、墓の、骨壷なんかを納める湿った所の入り口を開くと、中には行き場を失った芽がギッシリで、とあるバアさんは腰を抜かしてすっこけて、あの世へポックリ逝ったそうだ。ちょうどジイさんの葬式途中で、さぁ骨壷を納めるぞと云うときだったので、きっとジイさんがバアさんを一緒に連れて逝きたかったに違いない。なんとも泣かせるラヴストーリーである。喧嘩で有名な老夫婦だったのだが。
閑話休題。
最も困ったところでは、骨壷だけを納める施設で、誰も参らぬ所では、壁を突き抜け、床を根が破り、幾本もの木が絡み合い、互いの養分を吸収し合い成長し、巨大な樹木となっているらしい。
死んだヒトでさえ、骨とともに遺った「種」がこんなザマなのだから、生きているヒトなんて、凄まじいものであった。
***
大食漢がいた。男の中で「種」が芽を出した。胃や腸を破り芽が出て、イタイ、イタイなぁと泣いて叫んで救急車なんかも呼んで、切除したそうである。表だけは。
しかし家が点在する地域であったがために、一帯は急激に成長した樹木に騒然となった。たくさんの研究家がやってきて、木の根元に居るのが何者かの骸骨であると知り、さらにその場に居合わせた研究家たちからも、また芽が生えて、研究者たちの優秀な頭脳がたたき出した結論とその衝撃に、この事は国の上層部の内に秘されたのであった。信じられなかったというのが正しいかもしれなかった。
***
少年がいた。少年はうら若き乙女と健全なお付き合いをしていて、世間の騒がしさを尻目に、ふたりだけの美しき世界を満喫していた。しかし最近彼女の様子がおかしい。体調を崩したらしく、学校を早退することが増えた。何日か入院もして、近々手術もするらしく、少年は乙女のことがしんぱいだった。数日して手術は終わったのだとにこにこして少年に報告する乙女に、安堵して、思わず熱烈なハグをしてしまうほどに、少年は乙女のことを真剣に愛していた。ある日、共に連れ立って下校しているときに、彼女の様子が一変した。急にア、だとかウ、だとか唸ったと思ったら、頭が裂け、血と脳漿をぶちまけながら、大輪の花が咲いたのであった。赤く濡れたマーガレットだった。少女は倒れ伏して、びくん、びくんと震えていた。びくびくとした手が少年へ伸ばされたが、少年は事態を理解することが出来なくて、その場から足を縺れさせるようにして逃げた。彼女の死が新聞で報じられることも、ニュースで報道されることもなかった。
***
宇宙飛行士がいた。名を、ドグラス・ド・フィネガー。彼は世間で花が咲き乱れる数週間前から宇宙へと旅立ったのだった。月での調査だった。月を一月ほどしっかり調査し、さぁ帰るぞと地球を見て、驚いた。地球が、緑色だったのである。
「どういうことだ、地球が青くない」
彼はロケットの中から基地へと通信を送った。
──地球は青かったなんて嘘だった。
そしてその言葉を最後に、やがて彼からも芽が出て、宇宙を飾る一輪の花となったのであった。
空想科学小説あるいはSF 明星浪漫 @hanachiri
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