第2部  彼女のプロローグ ー翠の眼の暗殺者ー

なぁ、あんたは生肉を調理した事はあるかい?


解凍したては固いが、溶ければサクサク簡単に切れるだろ。あんたはその時に何か感じる事はある?


特にないよな、切るだけだからな。料理するため、食べるため、当たり前の行為だ。


だがその切る肉が人間の肉ならどうだい?同じ哺乳類の肉なのに、なんであんなに気持ち悪いんだろう・・・。切る度に、刺す度に・・・手に伝わる感触がただただ気持ち悪かった。


あたしの仲間にはこの行為を楽しんでいる者もいる。どこが楽しんだろうか?あたしには解らなかった。




今日の任務は対イド帝国ゲリラ部隊『メメント・モリ』の本部に侵入し、上層部議員顧問である『ヤナギバ』を暗殺する事である。彼がこの時間は自分の自室で事務作業をしている事は、すでに承知の上だった。音も無く部屋に侵入し、まずは天井から下がったライトと事務机の上にあるランプを拳銃で撃ち抜き部屋を暗闇へと誘う。




「ひっ!?な、何だ!?」ヤナギバは突然の状況に困惑の声を上げる。




その隙に、彼女はヤナギバの後ろ側に一瞬で回り込んだ。彼女の翠の眼は暗視スコープの役割も果たす。こんな暗闇など造作でもない。そのまま、ヤナギバの首元にアサシンダガーを軽く押し当てる。




「だ、誰だ!?」「上層部議員のヤナギバだな?」


「イ、イドからの差し金か!?」「いいから質問にだけ答えろ。」




彼女は首に当てたアサシンダガーを少し強く首元に押し当てた。血がじわっと溢れ、つーっと流れる。


「わ、わ、分かった!済まなかった。そうだ、ヤナギバだ・・・。」




彼女は相手に悟らないように、少しため息を付いた。




『またあの感触を味わうのか・・・あの肉を刺し、切り裂く感触を・・・』




「ま、待ってくれ!!少し話をさせてくれないか!?」


「これから死ぬ相手と何を話せと?」




彼女は首元に当てたアサシンダガーを握る手に力を込め、振り抜こうとした。




その時だった。背後から何かが飛んでくるのを感じた。咄嗟とっさに頭を曲げてその飛んで来た物を避ける。その飛来物はそのまま壁に突き刺さった。投げナイフだ。


彼女はその投げナイフが飛んで来た方向を向きながら、ゆっくりと立ち上がった。


そこには一人の男が立っていた。彼を守る隊員か?と思ったがそれにしてはずいぶんと軽装だった。


まともな装備と言えば腕当てと脛充てくらいだ。それより驚いたのが、




『あたしがこんなに近付かれるまで全く気付けなかった。まぁ、考え事していたからな』




少し取り乱したがあたしのやる事は変わらない。いつも通り姿を見た者は消すだけだ。




「よぉ!!」男は旧友にでも語り掛けるように軽いノリで声をかけてきた。


「まさかうちの上層部の司令官を4人も殺したのが、こんなキュートな少女だったとは。」




キバカゼは鞘からカタナを抜いた。




「ひ・・・ひいぃぃぃ!!!」その隙にヤナギバは這うように部屋から逃げて行った。


「何だお前は?」彼女はキバカゼに尋ねた。


「!お前、自我が・・・覚醒者なのか!?」「覚醒者?」


「お前みたいな自我を取り戻したニンゲンヘイキを俺達の間じゃ覚醒者って呼んでんだよ。


しかしお前、自我に目覚めても兵器として働き続けているのか?」


「あたし達ニンゲンヘイキはその為に造られた。あたしはその目的を遂行しているだけだ。」


「違うんじゃねぇの?」「・・・なにがだ?」セツナは問い返す。


「もうお前はただのニンゲンヘイキじゃねぇよ。半分は人間だ。自分でも何となく感じてるんじゃねぇか?今までの自分とは違う何かを・・・。」




彼女は自分の中に、何か嫌なモノが渦巻いているのを感じた。こいつと話していると自分の中で騙し続けていた事が全て無駄になる・・・自分を騙し続ける?何を考えているんだあたしは?騙す?何を?誰を?




彼女の頭の中は今、ぐちゃぐちゃになっていた。だがすぐに考えるのを止めた。どんな状況になろうと


やる事は変わらない。もう一度自分に言い聞かせた。フゥと呼吸を整える。




「そうだ、さっきの質問の答えがまだだったな。俺はキバカゼ、特務部隊蒼の風の頭領だ!


あんたの噂は聞いてるよ、深淵の双刀使いさん」


「深淵・・・そう、あたしは深淵の闇の主。闇の中であたしを捉える事はできない・・・」




そういうと彼女は音も無く目の前から消えた。それは暗闇に身を隠すというより、まるで絵の具のように暗闇と混ざり合う感じだった。




『こいつはスゲェな・・・音もしないけりゃ、気配も完全に消えている。まるでもうこの部屋にはいないみたいだ。・・・だけど!』




キバカゼが暗闇から突如現れたアサシンダガーに反応し、カタナで受け止める。




「なっ!?」「残念、流石にダガーを振るう直前は殺気が出ちまうみたいだな!普通の奴ならその


殺気に気付いた所で防御は間に合わないだろうが・・・俺にはそれが出来ちまうんだな、これが!」




彼女はキバカゼから距離をとった。汗が頬から滴り落ちた。


『あたしが冷や汗を・・・クソ、こんな事で同様するなんて情けない』




彼女はもう一度深く息を吐いた。そしてまた独特の歩法で闇に溶け込もうとした。


その時だった。




「ちょっと待った!」キバカゼは彼女の動きを止めた。というか彼女は止まってしまった。


何故かこいつと向き合っていると調子が狂う。




「なぁ、お前!そのせこい暗殺稼業なんて辞めて、俺の元に来ないか?」


「・・・?それはあたしにイドを裏切れと言う事か?」


「裏切る・・・そうだな、裏切る事になるな。だけど俺にはお前がそれを望んでいるように


見えたんだが?」


「何を馬鹿な事を・・・」彼女は吐き捨てるように言った。


キバカゼは相手にひどく睨まれているのにまるで気ににしてないようだった。




「なら何でヤナギバをすぐに殺らなかった?それはお前にまだ迷いがあるからじゃねぇか?」




彼女は何も答えなかった。ただアサシンダガーを強く握り直した。




「認めたくないか・・・ま、いいさ。じゃあこうしよう!もしお前が俺に勝ったらこのままお前を


見逃そう。その後は上層部を暗殺するなり好きにするといい。正し俺が勝ったら・・・」


「あんたが勝ったら?あたしにこの闇の中で勝てるとでも?」


「ああ、勝てると思うぜ!で、俺が勝ったらうちの部隊『蒼の風』に入ってもらおうか?


今、人手不足で困っててな。お前みたいなのがいるとすごく助かる!」




彼女は少し考える間をとった。キバカゼはその姿を余裕しゃくしゃくっといった感じで笑顔で見守っていた。




「・・・いいだろう。ただ命の保証はないとおもいな!!」


「いいねぇ、そう来なきゃ!・・・とその前に俺の戦う前の流儀なんだ、相手の名前を聞くのが。


お前、名前は?」


「名前?名前か・・・あたしの名前は・・・!!!」




と言うと同時に彼女は地面蹴ってキバカゼに向かって来た。


キバカゼがカタナを振るうとそこに彼女の姿はなかった。次の瞬間、キバカゼの右斜め後ろからダガー


が闇の中から突然現れキバカゼを襲った。だが難なくキバカゼはこれを受け止めた。




「OK、OK!なら実力であんたをねじ伏せ聞き出すまでだ!」




その暗闇のなかで金属が鳴り響く音だけが何度も響き渡っていた。

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