第9章 ーすべて始まり、そして蒼と緋は交じり合うー

タチカゼはゆっくりとカタナを鞘に収めた。




「ま、こっちの身内のごたごた話さ。姫様は気にすんな!それより姫様はうちの大頭領・・・総司令官に会ってどうするんだ?保護でもしてもらうのか?」


「・・・それは・・・言えません・・・いえ、タチカゼさんは部隊のリーダーでしたね。そして


皆さんはニンゲンヘイキでもある・・・皆さんにも話すべき事かもしれません・・・。


私がこれから話す事は、この戦争の根幹に関わる話です。長いお話になりますが・・・」


「この戦争の根幹・・・」タチカゼはその言葉を反芻した。


「まずは『キューブシステム』の成り立ちかお話しましょう・・・。」




ガーネットは手に持ったホットミルクを一口飲み、フゥーと大きく息を吐いた。




「・・・核物質という物をご存じでしょうか?」


「カク・・・か随分遥か昔のエネルギー物質の名前が出て来たな・・・」




オンジが顎髭をジョリジョリと掻いた。




「核物質から得られるエネルギーは、それより更に以前に使われていた石炭や石油から得られるエネルギーより300万倍の差があったと言われています。」


「300万!?スゲーな。」タチカゼは感嘆の声を漏らした。


「そのエネルギーの発見により様々な分野の技術が急速の発展していきました・・・ですがその


エネルギーの技術は人々の生活を豊かにするだけに使用するには留まりませんでした・・・。」


「兵器への転用・・・だよね、前に本部に残る古いアーカイブを閲覧した事があるよ。」




セツナは抑揚のない声で答えた。あまりいい内容ではなかったようだ。




「それからは正にイタチごっこの始まりでした・・・戦争で核を使い、すべてを破壊した後に核兵器使用防止条約を結ぶ。だけどどこかの国がその条約を破り、核兵器を使いまた戦争が始まる・・・。


記録によると最後に核兵器が使われた戦争、通称『ラグナロク』が終結したのが今から約1000年


程前です。流石に同じ事の繰り返しに昔の人類も疲れたのでしょう。核兵器だけでなく、物質その


ものの使用を禁止する核物質使用禁止条約、通称『銀の三日月条約』が締結されました。


あ。銀の三日月条約と言うのは条約文にサインした後、銀の盃でその締結に祝杯の乾杯した時に窓の外には美しい三日月が浮かんでいた事に由来するそうです。・・・あら、余計な話でしたね。」


「いや、流石姫様!博識だなぁ」タチカゼは感嘆の声を漏らした。


「どうぞ、続けて下さい」オンジが穏やかに促した。


「はい。そこで出て来たのがエネルギー問題です。旧時代の石炭・石油はもうほぼ底を尽き、


自然エネルギーに頼るしかありませんでした。火力・水力・風力・太陽光・雷など様々な方法が


試されました。ですが、人類のすべてのエネルギーを賄まかないきるにはどれも決定打に欠けていました。人類の試行錯誤はそこで行き詰ってしまいました・・・そこに一人の天才が現れたのです。


それが約300年前のお話です。」


「あ!それは分かる、Dr.キューブだ!」セツナが答えた。


「正解です!!」ガーネットは笑顔でパチパチと拍手をした。


「デへへ!」セツナは褒められて嬉しそうだ。


「Dr.キューブ・・・本名『フォン・アストレア』博士は画期的なシステムの理論を提唱されました。


それこそが『キューブシステム』・・・立方体型の人工AIを搭載したナノサイズマシンの集合体です。このマシンは自己修復・再生機能も備え、お互いを共振させる事で起こる電流で莫大なエネルギーを


生み出す事が可能です。また医療や宇宙開発など様々な面での活躍が期待されました。」


「宇宙・・・うーむ、これはまたスケールのデカい話だな」オンジは唸り声をあげた。


「・・・ですがこのシステムが実用化される事はありませんでした・・・アストレア博士はシステム


のデータと共に姿を消してしまったのです。」


「え!?何でだよ!?」タチカゼは尋ねた。


「どんな素晴らしい技術にも表の面と裏の面があります。」


「核・・・か」オンジが呟いた。ガーネットは頷いた。


「アストレア博士は最後の最後で人間を信じきれなかったのでしょう・・・。結局アストレア博士とそのデータは行方不明のまま・・・今に至ります。」




そこでガーネットは一息置き、ホットミルクを飲んだ。もうすっかり冷めている。




「そして話は私の国、イド帝国に移ります。私のおじいちゃ・・・祖父の代の時はイド帝国ではなく


『イド永世中立国』という名前だったのはご存じですか?」




タチカゼとセツナは顔を見合わせた。初めて聞いたという反応だ。




「俺は知っているぞ」オンジは答えた。




「オッサン、そうなのか!・・・うん?でもニンゲンヘイキの運用が開始されたには3年くらい前


だろ?何でオッサンはそんな昔の事しっているんだ?・・・あ!オッサンよく本読んでるもんな、それで知識を得たのか!」


「いや、違う・・・そうかお前達には話した事がなかったか。俺は元『人間』、イドの一兵士だった」


「は!?」「マジ!?」二人は驚きの顔を見せた。


「イドは最初は人間にキューブシステムを移植するという方法でニンゲンヘイキを作っていたんだ。俺はイドの為になるならと移植手術を受けた。適合成功率は30%だったが、運よく成功した。だがイドは停戦協定を破り、ライカにニンゲンヘイキを放った。俺はそのやり方に嫌気が差し、イドを脱走した。そして今のゲリラ本部に転がりこんだのさ。」




タチカゼとセツナは驚きで声が出なかった。




「すまん、話の骨を折ってしまったな。ガーネット王妃、どうぞ話を続けて下さい。」




オンジは優しい声でガーネットに促した。




「オンジ様もキューブシステムに運命を翻弄された方の一人だったのですね・・・わかりました、


話の続きをしましょう」




ガーネットは冷めきったミルクを飲み干し、フゥーと深く息を吐いた。




「永世中立国と言っても私の国では少し意味が違います。本来はいかなる国や組織、そして戦争にも参加しないという意味です。ですが私の祖父はどのような国や組織でも困っている事があるのならば手を差し伸べる人でした。他外国の戦争の仲裁に入り、停戦協定を結ばせたりもしました。その頃はガルニアにも防衛兵として兵を派遣させていた程、国交もあったのですよ」


「俺はそのガルニアに派遣され、海岸線の防衛基地で対外国の防衛兵として任務についていんだ」




オンジが答えた。




「その後です、イドがおかしくなったのは・・・祖父が急死したのです。毒殺でした・・・」


「毒殺!?」タチカゼは目を大きく見開いた。


「先代イドの首領の毒殺・・・と同時に軍国主義に変わったイド・・・きな臭いな」




オンジは苦虫を噛み潰したような顔をした。




「私のおとう・・・父はこれはガルニアによる陰謀だと唱え、叱咤しました。ガルニアは勿論反論しました。しかし父は、ここぞとばかりにガルニアは資源を独占してるとか領地を広げようとしていると難癖付け・・・結局イドとガルニア間の戦争は始まりました。結局1年に続く戦争は決着が着かず、


停戦協定が結ばれました。そこで打開策として提案されたのがイドとガルニアの間に『ライカ自然保護自由自治区』という干渉国を置く事でした。これを提案したのも父です。これによって父は巨大な実験場を造る事に成功しました・・・ニンゲンヘイキの為の。


少し話は戻ります。イドとガルニアの戦争が始まる前の話です。裏でもう一つの計画が進められていました。アストレア博士が消息を絶った場所、それこそがイドだったのです。父はキューブシステムに関する何かがここにあると踏んで、国中を掘り起こし探し続けました。・・・そして父の執念は遂に実を結びました、父は遂に見つけたのです。キューブシステムのすべてのデータが入っている『マザーキューブ』と呼ばれるモノ、そして6つの・・・」


「おっと王妃!!そこまでです!!」




頭上から声が聞こえたかと思うと、二つの人影が下りて来た。


例の嘴男とチャイナドレスの女性だ。




「クロウ・・・シャオ・リー・・・」ガーネットは怯えた声で呟いた。


「ガーネット王妃、散歩ならばこの従者の私らもご同行させていただかないと困りますな


それにこれ以上の情報漏洩は王妃と言えど、国家反逆罪になる可能性がありますゆえ・・・」




嘴男ことクロウがガーネットに諭すようにやんわりと話しかけた。




「この周りにいる賊どもは何奴ですか?」




チャイナドレスの女ことシャオ・リーは大剣をゆっくりと構える。




「!!タチカゼ、こいつら・・・」セツナがタチカゼに問いかける。


「ああ、アルキノさんと同じ緋色の両目・・・お前達はニンゲンヘイキの新型なのか?」


「クゥアクゥアクゥア!!」クロウはまるでカラスの鳴き声のように笑った。


「ご挨拶がまだでしたな、私はガーネット王妃の護衛を担当している従者のクロウと申す者、そっちの女は同じく従者のシャオ・リー・・・あなた方はゲリラ部隊側のニンゲンヘイキとお見受けして間違いないですかな?」




とその時、もう一つの人影が上空から下りて来た。まるで重力に逆らうかの様にゆっくりと地面に着地した。黒外套の者だ。フードをすっぽり被り、顔を伺い知る事は出来ない。黒外套はシャオ・リーの肩に手を置き




「まぁ、待てよ」とシャオ・リーに大剣を下おろさせた


「あなたは・・・グレイス!何故兄様の従者までがここに!?」ガーネットは言った。




その時、ガーネットは3人の異変に気付いた。顔がとても険しいものに変わっていた。タチカゼに至っては冷や汗も掻いている。3人はゆっくりと立ち上がった。




「ガーネット王妃、実は彼らは顔なじみでしてね。挨拶がてら同行させてもらったんですよ」


「・・・その声・・・腰から下げてるカタナ・・・」タチカゼの声は震えている。




グレイスと呼ばれる男はゆっくりとフードを下した。そこにはとても懐かしい顔があった・・・


ただ違うのは両目が緋色に燃えるように輝いている事だった。




「よう!」彼は軽く手を上げた。


「キィバァァカァァァゼェェェェェェェェェェェェェェェェェエエエエエエ!!!!!!」




タチカゼは言うが早いかカタナを鞘から抜き、縦一文字に斬りかかっていた。


それを難なくカタナで受けるキバカゼ。


ギィンンンという金属音が森中に響きわたった。


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