第参章 第玖節:デート

 いつものように町中を歩く。

 なんということはない、常日頃からやっていることだ。

 ただ今日に限っては如何せん、周囲からの視線がとても強い。

 これが気のせいだったならどれだけ気が楽なことか。みことの視線は右往左往と非常に忙しない。


 やっぱり見られてる……! 自意識過剰と揶揄しようにも、実際道行く人々が彼女に視線を向けているのは紛うことなき事実なので、みことは「はう……」と、少しでも目線を合わせたくないその一心で俯いた。


「大人気だな」と、終始家を出てからニヤついた一颯。


 いよいよもって殺意を憶えたみことは、ぎろりと鋭く睨んだ。



「このお返しはいつか絶対にしますからね……」

「でも、冗談抜いてよく似合ってるぞ。俺が同年代だったら多分、絶対に声を掛けてる」

「えっ? そ、そんなに私……似合ってますか?」

「あいつはどういった衣装なら似合うか、それを綿密に計算してデザインするから。似合わないって思った奴は俺も含めて多分、誰一人としていないと思うぞ」



「そ、そうですか……」と、みことははにかんだ。


 ゴスロリのドレスを纏い、みことは一颯と共に町を徘徊する。

 目的はもちろん【現代の神隠し事件】への調査だが、成果の方は相変わらずといったところ。

 時間だけをいたずらに消費した、それは細川みことにとっても歯がゆい成果である。

 だが、すごした時間は有意義だった。

 何気ない会話に花を咲かせて、同じ時間を共有する。


 みことは「まるでデートみたい……」と、もそりと呟いた。


 調査とは名ばかりで、それらしいことはまったくやっていないのが現状だ。

 最初こそなにかしらの考えがあっての行動だ、そう信じて疑わなかった彼女もこうも平穏な時間が長引けば否が応でも気付く。

 みことがそれについて尋ねようとした矢先「そろそろいい時間だな」と、一颯が言った。


 場所はB沢公園――【怪火事件】があった場所に、いつの間にか来ていたことを、みことはハッと気付いた。ふと見やった時計台の短針は、ちょうど4の字で停止している。



「今日はもうこの辺でお開きでいいだろう。今回はお前の家の近くまで送っていく、そこから先は寄り道せずにまっすぐと帰れ」



「えっと、今日って調査って全然してないですよね?」と、ここでみことはようやく、抱いた疑問を口にできた。



「そんな目立つ格好をした奴を連れて調査なんかできるわけないだろ?」

「なっ……! じゃ、じゃあ最初っから調査してなかったってことですか!?」

「見りゃわかるだろ。お前の目は節穴か?」



 さも当然と言わんばかりの挙措に、みことは拳をわなわなと震わせた。

 調査だから、恥ずかしい格好でもみことは我慢することができた。

 そうでないのなら、これでは単なる市中引き回しでしかない。


「最初からわかっててやったんですね!?」と、がぁあ、とがなるみこと。


「そう怒るなよ」と、一颯が宥めるが現在いまのみことには、火にガソリンを注ぐも同じ。


「一颯さん!」と、ついにみことが激しい怒りを露わにした。


 本気で彼に対して怒りを憶えている。

 だがそんな彼女の怒りでさえも、一颯にすればかわいいものでしかない。


「だから悪かったって」と、そう謝る口調にさえも真剣みは微塵も宿っていない。



「本当に悪気はなかったって。でもまぁ、俺としてはなかなかいい時間だったぞ」

「……どうせ、何も気付かないで恥ずかしい思いをしてる私を見て楽しかったんでしょ?」

「それもあるけどだな。だけど、お前との会話は退屈しないからいい」



「え……?」と、みことは小首をはて、とひねった。



「基本俺は一人で行動してるからな。それに、身内の奴らと行動を一緒にしても楽しくもない……特に舞姫とかだと猶更だな」

「あ~……」



 心底嫌そうに語る一颯にみことも同情の意を示した。

 ここでふと、みことはある疑問を抱く。



「そう言えばなんですけど、どうして一颯さんって1人で活動されてるんですか?」



 最近になって、みことは一颯についてこの疑問を抱いた。

 みことが彼と出会ってまだ数日だが、その短い期間内で一颯が同僚と行動を共にしている姿を目にしたことが一度もない。それ以前に組織に所属する人間がこうも、在宅ワークばかりしてよいものかも、みことは疑問だった。


 常識的に考えれば、普通クビになってもなんらおかしくはない。

 それが許されるということは、一颯が相応な役職にいるからだろうか。

 みことは、とにもかくにもそれが不思議だった。



「一応【衛府人えふびと】って組織の一員なんですよね? 会社とかで置き換えると、他のスタッフさんと一緒に連携を取ったりするのが普通なんじゃないですか?」

「……俺は確かに【衛府人えふびと】だが、忠誠心とかそんなものは一切持ち合わせちゃいないよ。まぁ早い話が嫌いなんだよ、あそこの連中は」



「そ、そうなんですか?」と、みことは少しだけ困惑した。


 人間の性格は十人十色である。

 生きている数の分だけの個性があり同調もすれば対立もある。

 誰しもが皆仲良くできれば争いや犯罪、果ては戦争が起きるはずがないように、人間はどこかで同調する一方で対立する。これをずっと繰り返している。

 一颯とてそれは例外にもれることはない。何故なら彼もまた等しく一人の人間なのだから。


 しかし、合う合わないと主張し続けては社会では通用しない。

 特に社会人になると理不尽に見舞われる確率は、学生の頃なんかよりもうんと跳ね上がる。

 一颯のような人間は、社会でははみだし者にされがちな人種だ。嫌いだからと突っぱねる度量と行動力は称賛に値しようが、社会的立場を自ら下落する行為は愚者と形容するのが相応しい。



「あの、学生の私がこんなこと言うのもなんですけど……それで、大丈夫なんですか?」



「あぁ、まったくもって問題ない」と、一颯は不敵な笑みを浮かべた。


 どう問題ないんだろう……? はて、と小首をひねるみことに、一颯は不敵に笑ったままゆっくりと口を切る。



「確かに俺がやってる行為は社会人としてどうかって話だわな。特にこの仕事はチームで対応するのが鉄則になってる。じゃあソロ活動してる俺はその鉄則の違反者になるわけだが……上は何も言ってこない。要は相応の結果を出せば上は何も言ってこない、こういうことだ」

「そ、そうなんですね……じゃあ一颯さんはすごく成果を出してるから、基本怒られないってことですか?」



「そういうことだ」と、一颯は答えた。



「もっとも、俺が怠惰なことやったりしたら即刻今の生活とはおさらばだけどな」

「へぇ~……でも、それだけ一人で成果も出してるのに安月給なんですか?」



 いつぞやの話をみことが持ち出したところで、一颯の顔がたちまち不機嫌さを帯びた。



「お前、またその話か……。子供が給料がどうとかって話をするんじゃない」

「え~……今時の子ってバイトとかでも給料面は気にするもんですよ?」

「その話はこれからもするつもりはないからな! ほら、そろそろ帰るぞ!」

「あ、待ってくださいよ一颯さん! 私の家知らないじゃないですか!?」



 どかどかと先行する一颯の後を、みことはぱたぱたと追いかけた。

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