怪ノ伝想歌-カイノツタエウタ-

龍威ユウ

序章:現代の神隠し

序章之壱:穏やかな日常

「――、ねぇねぇ。こんな噂知ってる?」



 一人の女子高生が、そう隣にいた女子高生に語り掛けた。

 時刻は短針がちょうど5の字を差したところ。

 雲一つなかった快晴は燃えるような色鮮やかな茜色へと移り変わる。


「噂?」と、ツインテールをした女子高生が尋ね返した。

「そう。噂」

「へぇ、どんな噂なの?」



 女子高生は、友人である彼女の言葉に強い関心を抱いた。



「なんでもね。夕方だけにしか開店しない不思議なお店があるみたいなの」

「へぇ、そんなお店ウチの近くにあったっけな?」

「それがね、誰でもそのお店に行けるわけじゃないのよ」

「えっと、どういうこと? 一見さんお断り、みたいな感じなの?」

「違う違う」と、ポニーテールの女子高生。



 彼女のどこか得意そうな顔に、ツインテールの少女は不可思議そうに小首をはて、とひねった。



「じゃあ、何が違うのよ」

「ここからが噂なんだけど、そのお店にはね。選ばれた人にしかいけないんだって。何が判定基準なのかまでは私もわかんないんだけど。店に来てもいいって資格のある人は、店の方から招かれるみたいよ」

「えっと……よくわかんないんだけど」

「だから私もよくわかってないんだってば」

「……それで、そのお店って何を売ってるの?」

「ん~……」と、人差し指を顎に当てて視線を夕空へとやるポニーテールの女子高生。



 考える仕草をしばらくした後「さぁ?」と、あっけらかんと答えた。

 この回答には思わず、ツインテールの女子高生も呆れ顔である。



「何それ。何を売ってるとか全然わかんないんだけど」

「私だって他の友達から聞いた話だし、その子もあんまり知らないっぽいんだよね」

「結局、意味わかんない噂ってことしかわからないじゃん……」

「あ、でも」と、ポニーテールの女子高生。



 何かを思い出したような挙措に、しかしツインテールの女子高生の顔からはもう、すっかり関心が薄れていた。



「これは、どこで聞いたかよく憶えてないんだけど。なんでもそのお店、お客さんのどんな願いでも叶えてくれるらしいよ」

「え~それこそ嘘じゃん。どんな願いでもって、例えば大金持ちになりたいとか、そんなのでも可能ってことなの? “金持ちになりたいならベーリング海でカニ漁船な!”――とか、言われるパターンじゃないの?」

「いや、その例えはどうなのよ……でも、これは結構ガチっぽいよ? 中にはあれだけできなかった超イケメンの恋人ができたって話もあるぐらいだし」

「ふ~ん、なんだか信憑性薄いなぁ……」

「で、ここからが噂の本題みたいな感じなんだけど」

「げっ? まだ話続く感じ?」と、ツインテールの女子高生はあからさまに嫌そうな顔を浮かべる。


 しかしポニーテールの女子高生は「まぁまぁ、最後まで聞いてよ」と、彼女の意志を無視して意気揚々と言葉を紡いだ。



「――、ここ最近さ。連続で行方不明者が出てるじゃん?」

「行方不明者? それって――」と、ツインテールの女子高生が、最後まで言葉を紡ぐよりも先に、ポニーテールの女子高生が首肯した。

「そう、今世間を賑わせている【現代の神隠し・・・・・・事件】……あれとも実は繋がりがあるんじゃないかって言われてるのよ」

「え、それこそまさかだよ。ありえないって」



 ツインテールの女子高生は手を横に振って、彼女の言葉を否定した。


 【現代の神隠し事件】――事の発端は、今からちょうど半年ほど前にさかのぼる。

 最初の犠牲者は、ごくごく普通の一般家庭を持つサラリーマンであった。

 妻子持ちで会社での評価もなかなか良く、休日ともなれば家族そろって楽しそうに外出している姿を多々目撃されている。

 夫婦仲も円満で、正しく絵に描いたような幸福な家族図といっても過言ではない。

 そんなサラリーマンが、ある日突然謎の失踪を告げた。

 残された家族に突然思い当たる節もなく、警察は行方不明者として捜索を開始した――第二の犠牲者が出たのは、その翌日だった。

 最初は家出として処理された案件も、同様の捜索願が出ればさすがに事件性として認識して、大規模な捜査が行われた。しかし、現在になっても捜査状況が芳しくないのが現状である。



「今月に入ってもう何人目だっけ?」

「さぁ、でもかなりの数がいなくなってるのは確かだよ」

「でも、マジで怖いよね……明日は我が身っていうか、次は自分じゃないかって思うと不安じゃん」



 これまでの被害者は、老若男女問わずして起きている。

 最低年齢となるとまだ小学生であるにも関わらず、忽然と姿を晦ましたという。

 警察の捜査も虚しく、犠牲者だけが一方的にどんどん増えていくことから世間からはいつしか現代の神隠し・・・・・・と呼称されるようになった。



「だけどさ」と、ツインテールの女子高生は隣を歩く友人に訪ねた。

「それと、さっきの噂とどう関係してんの?」

「それなんだけどね……3年B組にいる、田中先輩っているじゃん?」

「あぁ、空手部主将のでしょ? めっちゃかっこよくてモテモテで女子から超人気ある……今日体調崩して休んでだけど」

「……これさ、たまたま聞いちゃったんだけど。田中先輩、風邪じゃなくていきなりいなくなったらしいんだって」



 人目を気にしてこっそりと耳打ちするポニーテールの女子高生。

 その言葉にツインテールの女子高生は「えぇっ!?」と酷く驚愕した。

 夕刻で彼女らの通学路に人気はまばらである、が完全にゼロというわけでもない。

 少なからず人はいるわけで、ツインテールの女子高生の声に全員がちらりと視線をやった。



「ちょ、声大きいって!」と、ポニーテールの女子高生は慌てて彼女の口を塞いだ。

「……ご、ごめん。だけど今の、マジなの?」

「マジもマジよ。職員室に用があったから行ったんだけど、その時先生と家族との電話のやり取りをこの耳でばっちりと聞いちゃったもん」

「うわぁ、それマジで最悪じゃん。とうとうウチのとこにも被害者が出たってわけ?」

「ホントそれ。私も自分のとこは大丈夫だろうって思ってたんだけどなぁ」



 【現代の神隠し事件】がこうも大きく世間を騒がせたのは、行方不明者の数はもちろんだが、規模が全国に及んでいるということにあった。

 最初の被害者がH県で、次に遠く離れたO県と、とにもかくにも全国で相次いでいる。

 警察だけでなく世間は、何かしらの巨大な組織が絡んでいると睨んでいて、それが余計に不安を煽る結果となった。

 なにせ、すれ違った人間は実は事件の犯人である、という可能性が無きにしも非ずなのだから。



「あー本当に怖くなってきた。さっさと帰ろっか」

「そ、そうだね――それじゃあ私、こっちだから」

「うん、気を付けてね」



 二人の女子高生は各々帰路へと歩いていく。

 不意に、烏の一際大きな鳴き声が夕空へと昇った。

 それはまるで、不幸の始まりを告げるかのように……。

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