気持ちの良いある朝の出来事
湯川結衣
気持ちの良いある朝の出来事
これを正に、一寸先は闇と言うのでしょう。進んでいる先に一体何があるのか、私には分かりません。なぜ進んでいるのか、それすらも分かりません。今まで通ってきた後ろ側も、先程とは違う場所のように感じられます。ただ一つ分かることといえば、太陽は沈んでいることだけです。空気はスライムのようにネバネバしていて体中に絡みつき、行く手を阻んできます。しかしそれでいて私は、目の前に餌を置かれた動物のように、前へのめり込まずにはいられないのです。ベルトコンベアーに乗せられているように、自動的に足を前へ動かしています。
仕事の話をしようかと思いましたが、やめました。
急に、右肩に大きな衝撃が加わりました。その拍子に私の右腕は肩から取れて、地面に落ちてしまいました。落ちた右腕から視線を上げると、男と女が腕を組みながら立っていました。どうやら私は男とすれ違うときに、肩同士を衝突させてしまったようです。男は私に対して、とても腹を立てています。男は怒号していますが、何と言っているか分からず、私の鼓膜の奥には、濃い灰色の音が響いているのみです。隣の女は私に興味は無さそうで、爪をいじり、重心を前後左右に移動させながら立っています。私は屈んで、落ちている腕を落ちていない方の腕でつかみ、また体を起こしました。掴まれた腕は、肘関節のところでゆらゆらしています。
「△△△○□□○○□○○。□○○○○○△△△!○・○○○□○・○□○○○○○○゛!□□○□○○゛○○○○○゛○○○○゛。○○、□□○○○○゛・○・○!○○□□○○○・○○゛・□○○!」
男は相変わらず叫んでいるようです。私は男が何を言っているのか分からないので、何もせずに立っていました。すると、男から発せられる声量が段々と上がっていったので、私はとても五月蝿く感じました。持っている右腕を離し、男の口を塞いで音を減らそうとしました。しかし男は私の掌を左手で押さえつけ、そのまま右の拳で私の顔を殴りました。私は地面に倒れ込みました。左腕しか体についていないのでうまく手をつくことができず、腹や顔が地面に激突しました。右腕を拾いながらゆっくりと起き上がると、男が肘を曲げ、男自身の両拳を首の高さぐらいまで持ち上げて、素早く左右に動いているのに気づきました。手の甲をこちらに向けて、指を男の体の方へ何度も折り曲げています。男は私が起き上がるのを見終わると、腕の位置を固定したまま、私の方へ駆け寄って来ました。もう一度殴られて地面に這いつくばるのは嫌だったので、私は左腕で持っている右腕を思い切り、男の首めがけて振り回しました。男は私の右腕を、男自身の右腕で防ぎましたが、私の右腕の肘関節が折れ曲がり、結果的に防御とは逆側の首に当たりました。男の首はちょうど、だるま落としのようにずれて、上にあった頭はストンと下へ一つ下がりました。三秒ほど経って、男の体は地面に引っ張られるように下がっていき、そのまま重力に捕われて動かなくなりました。
「○・□○○○。□○○゛・○○。□○□□○○○○○゛。□○□□□□○○○○。○○□□○!□○□□○□○○!□□○○○○□○○○。□○○○○○○゛○□○□○○○○○○。」
隣にいた女は男に覆いかぶさりながら、私に何か言っているようです。先程の男よりきれいな声だったので、いくらか聴いていられました。私は右腕を持ったまま男と女を避けて前へ進みました。
本編終わり
最後まで読んでくださりありがとうございます。皆様の短い一生のうちの幾つかを占領することができて、とても光栄に思います。良かったら♡やレビューをお願いします。
気持ちの良いある朝の出来事 湯川結衣 @yukawa_yui
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます