消えた警官《 Missing Cop》
消えた警官(1)
旨いコーヒーを出す店だった。
店名は『OZ』というらしいが、なんと読むのかはわからなかった。
そのままオーゼットなのか、それともオズと読むのか。
どこかのタイミングでマスターに聞いてみようかと思っては見たものの、そのタイミングを掴めてはいなかった。
マスターはまだ若い青年で、コーヒーにはこだわりを持っているようだった。
日替わりコーヒーというメニューでは、日によって産地や淹れ方を変えているという説明がメニュー表に書かれている。
その日の日替わりコーヒーはコロンビア産の豆を使っており、低めの温度で淹れられたエスプレッソだった。
香り、酸味の少ない味、ちょうどよい温度。すべてが計算されて淹れられている。
「よかったら、パンケーキもどうですか?」
人懐っこい笑顔を向けながら喫茶店のマスターである青年が久我のテーブルへとやってきた。
まだ早い時間であるため、客は久我しかいない。
差し出されたメニューに目を落とすと、そこには数種類のパンケーキメニューがイラスト付きで描かれていた。パンケーキはS、M、Lとあり、サイズによってパンケーキの枚数が違うとのことだった。Sが1枚でLが3枚。バターとメープルシロップ、もしくははちみつ。日によってはいちごジャムやブルーベリージャム、生クリームをトッピングする時もあると書かれている。
「きょうのパンケーキは?」
「きょうは、シンプルなバターとメープルシロップです」
メニューに描かれたイラストを指さしながら青年は説明する。
「そうか。では、それをLでもらおう」
「おっ、いきなりL行っちゃうんですね」
「もしかして、すごく大きいやつとかなのか」
「全然。女の子でもペロッと食べれるぐらいです。大丈夫ですよ」
青年はニコニコと笑いながら言うと、カウンターの内側へと戻っていった。
パンケーキが出てくるまでの間、久我は本日のコーヒーであるエスプレッソを楽しんだ。
N県に来て1週間となるが、ホテル暮らしの生活にも飽きてきていた。
そろそろウィークリーマンションに移るか、賃貸物件の契約をしなければ資金が底をついてしまいそうだった。
仕事でN県に滞在しているため、ホテル代は後で請求すれば経費として落とせるが、請求したところでその金額が戻ってくるのは来月の給料となる。それまでの間は自腹を切らなければならないのだ。
久我はスマートフォンの画面で、どこか良い物件はないだろうかと賃貸物件情報を検索しはじめた。
家賃は東京に比べるとかなり安いものとなっているが、駅に近いとやはり家賃も比例して高くなっている。仕事から帰って寝るだけの部屋なので、特にこだわりなどはなかった。
それにいつまでN県にいるかもわからないため、安易に契約をすることも出来ない。
ここはやはり、ウィークリーマンションを探した方がいいかもしれない。
そんなことを考えていると、パンケーキの焼けるいい匂いが漂ってきた。
これは食欲をそそられるな。
久我は急に空腹感を覚えながらも、パンケーキが焼けるのを待った。
しばらくすると、青年が三段重ねのパンケーキの乗ったトレイを持って久我の前に現れた。
「お待たせしました。パンケーキのセットです」
「セット?」
「はい。パンケーキにはブレンドコーヒーがセットで付きます」
そういって青年はテーブルの上に、パンケーキの皿とコーヒーカップを置く。
「ごゆっくりどうぞ」
ニコニコと笑いながら青年はカウンターの内側へと戻っていった。
久我はテーブルの脇に置かれていたナイフとフォークを手に取ると、パンケーキを食べやすい大きさに切り分けて、口へと運んだ。
バターの香り、それに遅れるようにしてやってくるメープルシロップの甘さ。そしてなによりも柔らかいパンケーキの生地。どれを取っても、文句なしだった。
その様子を青年はカウンター越しにじっと見ている。どうしても、久我の反応が気になっているようだ。
口の中にあったパンケーキを飲み込んだ久我は、口の中の甘さをリセットするためにブラックコーヒーを飲んでから、青年に声をかけた。
「おいしいな。こんなパンケーキを食べたのは、はじめてだよ」
「本当ですか。ありがとうございます」
青年は嬉しそうに言うと、またニコニコと笑った。
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