最終兵器勇者
少尉
第1話 おお勇者よ、死んでしまうとは情けない
ここは魔族と魔物が大地を支配する古の大陸。
深い霧に外界と隔絶された地に、その都市は存在した。
この世界では珍しい石造建築の街並みが広がる名前のない都市。
その中心には巨大な城がそびえ立ち、街を見下ろすように建っていた。
そして、街の中央広場には人々が集まり、教会のような建物に向かってひざまづくと祈りを捧げている。
—— 神殿
人々が信仰する神の住処である。
そんな建物の中に、今日も抑揚のない声が響く。
——おお勇者よ、死んでしまうとは情けない
それは安置された棺の中の少女に語りかける声だった。
白銀の髪に、透き通るような白い肌。
長いまつげに、整った顔立ちはまるで作り物のように美しい容姿をしている。
そのまぶたがゆっくりと開くと、そこには紅い瞳が浮かんでいた。
棺の蓋を押し退けると、彼女は立ち上がる。
教会の中を見渡すが、人の姿はない。
外の扉に向かって歩みを進めると、静寂な空間に孤独な足音が響き渡る。
重厚な扉を開くと、彼女には見慣れた景色が広がっていた。
石畳の道が続き、両脇にはレンガ造りの建物が並ぶ。
少し視線を上げれば、空に浮かぶ太陽が見える。
「おお!勇者様、目覚めましたか!」
声の方に振り向くと、そこには鋼鉄の鎧に身を包んだ騎士が立っていた。
彼は安堵した表情を浮かべると、深々と頭を下げる。
その手には、銅の剣が握られていた。
「こちらは国王様からです」
「……」
そう言って、彼は銅の剣を差し出す。
彼女にとって見覚えのある光景だ。
死ぬ度にこうして出迎えられては、安物の剣を渡される。
見に纏うのは旅人の服と呼ばれる簡素な衣服で、目の前の騎士のような重装備ではない。
これ以上の装備は魔物の体内から魔石を抜き取り、換金しない限り手に入らないのだ。
だが、勇者と呼ばれる少女は弱かった。
何度も死を繰り返して、未だレベル3なのだ。
彼女は無言のまま差し出された剣を受け取ると、そのまま歩き出した。
向かう先は、都市の外にある平原だ。
行き合う人々が、横を通り過ぎていく。
喫茶店を見れば、同い年くらいの少女達が集まって談笑していた。
勇者の簡素な服装と違い、お洒落な服を着こなしている。
「……」
だが、その会話の内容に耳を傾けても理解できない言葉ばかりだった。
やがて、城門までたどり着くと門番が槍を構える。
「…お通り下さい!」
勇者の姿を確認すると、すぐに槍を引く。
遮る物がなくなり、彼女は一歩踏み出す。
視界の先には、草原が広がっていた。
草花を踏み潰しながら歩くと、一陣の風が吹き抜ける。
白銀の髪が風に舞うと、遠くの方で何かが動く気配を感じた。
——ワイルドウルフ
この一帯に生息する狼型の魔物であり、群れで行動する厄介な相手だった。
それが取り残されたように一匹だけ佇んでいる。
彼女を見ると、唸り声を上げながら牙を剥く。
だが、その足は震えていた。
「…グルルルル」
威嚇するように唸り声を上げるも、腰が引けて逃げ腰になっている。
銅の剣を握りしめると、一気に駆け出し、無造作に振り下ろす。
鈍い音と共に、肉を引き裂く感触が伝わる。
だが、致命傷にはならなかったようだ。
ワイルドウルフは、生い茂る雑草の中に飛び込むと姿を消した。
「……」
勇者は何も考えず、獲物を追うために背丈より高い草木を掻き分け進む。
ガサガサと音を立てながら、血痕を頼りに視界の悪い中を突き進んだ。
だが、いくら走っても姿は見えない。
気づけば、空も見通せないほど草木に覆われていた。
周囲を見渡していると、不意に背後に殺気を感じる。
振り返ると同時に銅の剣を振り抜く。
肉を切り裂く感触と共に、鮮血が飛び散り地面を濡らす。
そこに居たのは、別の個体のワイルドウルフだった。
——群れで行動する
そんな言葉が脳裏を過ぎる。
悪い予感は当たるもので、周囲から複数の気配を感じた。
そして、四方から一斉に飛びかかってきたのだ。
咄嗟に剣を振るが、その右腕に噛みつかれてしまう。
少女の動きが止まる。
二匹目のワイルドウルフが左足に食らいついく。
そして、太い牙が彼女の白い首へと食い込んでいった。
「……」
最後に見た景色は、鮮血に染まった空だった。
倒れ込む少女に群がるように、ワイルドウルフ達は襲いかかる。
まるで餌にありつくように、少女の体を貪った。
しばらくして、動かなくなったことを確認するとその場を後にする。
残されたものは、無残にも食い散らかされた遺体だけだった。
——おお勇者よ、死んでしまうとは情けない
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