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先生、聞いてくださいますか。きっとわたしヨシは、同窓のミツちゃんに、恋をしていたのです。


ヨシはね、教室のなかで、座学の成績がいちばんでしょ。それをね、ズルしたンじゃないの、と云われます。していません。ヨシは、よい生徒なので、ズルなんてしたことは御座いません。お家ではわたし、ずっと机についているンです。御母様がわたしのことを、ジッ、と、見ています。お勉強している時間はきっと、他のコたちに負けてはおりません。ジッと見られるのです。ズルは出来ません。お外に出て、もっと見られます。濃鼠色の袴に三寸幅のりぼんでしょ。町の皆さんが憧れる女学校の、生徒ですから、もう慣れました。ミツちゃんは、ヨシとおんなじくらい成績が良かったから、次こそヨシちゃんと並んでみせますねと、笑ってくださるのです。けして、妬んだり嫉んだりしないコだったンです。勿論内でどう想っていたのかは知りませんし、これから知らなくて、よいと思います。


ヨシはね、教室のなかで、いちばん喋らないでしょ。気味が悪い、と云われます。ヒソヒソと喋るコたちと、わたしは喋りたく有りませんから、喋らないのです。何を喋っているのか知れないコたちと、何も喋りたくは有りません。先生もそうでしょ。ミツちゃんは社交的なコで、誰とでも、おんなじように喋ります。わたしはミツちゃんと喋ったコを、妬んだし、嫉みました。わたしも、ヨシも、他のコたちと一緒だったンです。汚いキモチが有りました。けれどヨシは、その事を表に出したりしません。わたしの中で、そっ、と、仕舞って置いたのです。ミツちゃんは、ヨシちゃんの奥ゆかしさを見習いたいですと云います。隠しているだけと云うことも隠して、ヨシは、ニッコリ笑いました。気付かないミツちゃんは、少しニブかったのかも知れないですけど、それでよいと思います。


ヨシはね、教室のなかで、いちばん綺麗な着物を着てるでしょ。知っています。とても高価なモノだと、わたしは知っています。周りのコも知っています。わざと見せ付けてるンじゃないの、そう云っているコがいるのも、知っています。そんなこと、していません。ヨシは、よいコなので、そんなみっともないことはしません。これは御母様が選びました。わたしは、可愛らしい着物が分からないから、御母様が、選びます。御母様の好きな、御母様が御母様になる前に着たかった着物を、ヨシは、着ているのです。云わばわたしは、御母様の分まで、女学生をしているのです。ミツちゃんは皆さんとそう変わらない着物を着ていらっしゃると思うでしょ。実はね、柄は平凡でも生地はわたしの着ているものと大して変わらないンですよ。だからミツちゃんとなら気軽に並べるのです。ヨシちゃんの着物、綺麗ですねと、わらってくださるを、わたしはニッコリわらって聞くのです。


ヨシはね、教室のなかで、いちばん背が高いでしょ。周りのコたちが編上げの長靴ちょうかを履いているなかで、ぺったんこな革靴を履きます。それでも皆さんより目が上にあるでしょ。見下して見ているンじゃないの、と云われることもあるから、先生方の見ていないところではわたし、みっともなく背を少し曲げて過ごしていました。成る可く、目の高さを合わせようとしました。それでも、云われることはあります。もう、慣れました。けれど仕方がないのです。せいちょうを止めることが、一体誰に出来ると云うのですか。少なくともヨシには出来ません、し、きっとミツちゃんも出来ません。誰にも出来ないことを、誰かにしなさいと云う権利は、誰も持っていないのです。わたしは学級の誰より背丈が有ります。ミツちゃんはわたしを見上げてニッコリ笑ってくれます。そのカオが愛らしいので、わたしは満足しています。それでよいのです。


先生、わたしはね、座学の成績がいちばんでしょ。いずれ学歴がよい方が都合がよいからなンです。わたしはね、教室で喋らないでしょ。声が他のコより低いから、聞かれたくないンです。わたしはね、綺麗な着物を着てるでしょ。生地が確りしてるから、大きくなる肩の幅も、硬い腕も、隠せるンです。


わたしはね先生、美郎よしおと云うんです。ヨシちゃんのヨシは、皆さん美子のヨシだと思っていますけれど、本当は美郎のヨシなのです。


わたしは、教室のなかで、ゆいいつ、男でしょ。隠しているのはつらかった。誰よりも背が高いし、声も低くなるンです、喋りません。袖や裾から伸びる手足は骨ばって来ます。けれど御母様は、わたしに美しく、愛らしい女学生でいて欲しいと望みます。ヨシは美しく愛らしい女学生で在らねばいけなかった。御母様は女学校をすぐに卒業したからです。御母様にはお姉様がいて、美しい関係を築いていたのに、御父様との縁談があったので、卒業せざるを得なかったのですって。御父様とはすぐに離縁したけれど、もう女学生という歳ではなかったから、御母様は、わたしにあの頃の続きを求めたのです。成績はよく、容儀もよく。誰かとお目になることは有りませんでしたけれど、それでよかったのだと、今は思います。だって誰かを姉とすれば、ミツちゃんとお話できないでしょ。これだけ有れば他は要りません。このまま美しくありたい。ミツちゃんは美しくて奥ゆかしくて、よいこのヨシを大好きだから。


先生、女学校の先輩と、後輩が美しい関係になることを、エスと云うでしょ。sisterのエスなんですってね。でもねわたし、思うンです。恋をしても、大事な想いって、容易カンタンに告げることは出来ないでしょ。きっとねわたし、エスは、secretのエスなんじゃないかって、思うンです。先生も、そう思うでしょ。


ヨシのことをヨシちゃん、ヨシちゃんと慕ってくれるあのコが、ミツちゃんが、わたしは、大好きでした。先生、このこと、ヒミツにしてくださいましね。

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