第98話 異端審問官
「タクミ。この声ってスキルの素を選んだときの声に似てないかな?」
「ああ。俺もそう思っていた。まさか、あのときの声が世界樹の声だったとはな」
あまりに予想外の事実に、俺とミアの声はうわずっていた。
レイサルさんは、世界樹との会話を催促するように俺に向かって頷く。
そうだ。いろいろ聞きたいこともあるけど、ここに来た目的を果たさないと。
俺は水色の球体に向かって話しかける。
「友人を助けるために、どうかあなたの葉をいただけないでしょうか?」
『——葉だと? 我の葉がそなたの友を救うというのか……良かろう。葉はやろう。ただし条件がある』
なんだ。どんな交換条件だ?
ククトさんとマルルさんを救うためだ、俺達ができることならなんでもやってやるさ。
『我にそなたの話を聞かせてくれ。我は情報が不足している』
へ? 話を聞かせる? 俺なんかの話で良いのか。
驚いている俺を見かねたのか、レイサルさんが補足してくれる。
「世界樹との会話は、サイロスと長老で独占されています。世界樹も彼らの言葉だけでは情報が不足していると感じているのでしょう。特に口裏を合わせるため、必要最低限な情報以外は話さないようにしているでしょうから」
そういうことか。
あまり時間がないから、簡単に俺とミアは異世界人であることを伝えた。
『異世界人……そう言えば、あの者達もそう呼んでいたな。我は数多くのスキルの素を選ばれし者に与えてきた——』
どうした? 世界樹の言葉が途中で途切れたぞ。
周りを見ると、薄青い光の膜が現れた。
光の膜は徐々に縮み形を球体に変える。そして俺達は光の球体の中に捕らわれてしまった。
俺は光の膜を押してみる。柔らかく弾力性があった。
しかし、どんなに強く押したり引っ張ったりしても破けることはなかった。
ミアがライトセーバーで斬りつけてみたが、光刃は光の膜に触れると吸収され消えてしまった。
この部屋『神託の間』の扉が開く。
レイサルさんに似たエルフと、年老いたエルフ3人が入ってきた。
あの3人組が長老と呼ばれるエルフか?
服の帯の色が白、赤、緑と異なっていた。
「こんな間抜けな罠にひっかかるとは、さすが低能な人族よ。おまえ達の動きなんぞお見通しじゃわい。それにワシが作った結界からは出られんよ。おまえ達の実力では天変地異が起きても無理じゃ」
赤い帯をした年老いたエルフが両手を広げながら笑っている。
そして、レイサルさん似のエルフが俺達に近づいてきた。
「弟よ……なぜ出てきたのだ? おまえは自らの手で唯一の安住の地を手放したのだぞ」
「我々を生かしてくれたことには感謝します。しかし——」
「私がどれだけの苦労をして、あの地を作り皆を説得したのか……」
弟だって? あのエルフはレイサルさんのお兄さんってことか。
どうりで似ているわけだ。
しかもレイサルさんを守るために、流刑の地を作った……ということは、やっぱりあいつがサイロス王だよな。
「サイロス王よ。レイサルはそこの異世界人にそそのかされたのだ」
白い帯の長老が、興奮したサイロスをなだめた。
「幸いにも魔力炉の原料が自らやってきておる。流刑の地はまた作れば良い」
魔力炉の原料だと? 何のことを言っているんだ。
レイサルさんを見ると、青ざめた顔をしていた。
「サビア。映像を頼む」
白い帯の長老がそう言うと、緑の帯の長老が壁に付いているスイッチのようなものを押した。
すると壁一面に、屋外の映像が映し出された。
これは……ゴンヒルリムの制御室と同じようなアーティファクトか!?
これはどこかの城壁の上から撮っているのか?
城壁の外には草原が広がり、遠くには青々と広がる美しい大森林が見えた。
ん? あの森の近くに点在しているのは……人族、魔族、ドワーフ族の同盟軍か!?
ということは、この映像はティターニアで撮影されているもの。
「どうじゃ、このアーティファクトは? これは遠方の様子を映し出せるアーティファクトじゃ。おまえ達、人族レベルでは理解できんかもしれんがのぉ」
赤い帯の長老が、俺とミアを見てニヤッと笑う。
音声が聞こえていないところを見ると、ゴンヒルリムの制御室の方が遙かに高性能なんだが。
「サビア、魔王と剣聖は来ておるかの? その2人が来たら作戦を開始するとしよう。誘き出されたとも知らず、哀れなヤツらじゃ」
「何をする気なんですか!? こんなに戦力差があるのに。犠牲者がでないうちに、降参してください」
ミアは白い帯の長老を睨む。
「なぜワシらが降参するのだ? せっかくだからのぉ、面白モノを見せてやろう。サビア、襲撃隊を映してくれ」
すると画面が二分割に分かれ、片側に百人ぐらいのエルフの戦士が映し出された。
エルフには珍しく全員黒い服装をしている。
ここは何処だ。ん? ボロボロの姿のドワーフが1人いるぞ。
「あの服装はまさか……異端審問官!」
「そうじゃ。レイサルはあやつらの恐ろしさ知っておろう。魔族狩りのスペシャリストじゃ!」
レイサルさんのますます青くなった顔を見て、赤い帯の長老のテンションはさらに上がったようだ。
嫌な予感しかしない。
「そいつらをどうする気だ?」
「なんじゃ? おまえは頭が回ると聞いておったが、そんなこともわからんのか。まぁ、人族ではワシらの考えは理解できんか……。戦は本陣を奪った方が勝つ。ここへおびき出され、手薄になった本陣を突くのはしごく当然のこと」
「その程度の人数で、ゴンヒルリムを攻め落とせると思っているのか?」
「異端審問官は魔族を攫い、殺してきた集団じゃ。レベルの高い魔族を倒し続ければどうなるかわからんか? 全員がレベル90を越え、さらに最新の魔道具を装備しておる。まず負けることはない。仮に負けたとしても……やつらの体内には爆弾が仕込まれておるからの。勝っても負けても、おまえ達の本拠地は地獄と化すのじゃ」
「タクミさん、異端審問官は拷問や虐殺を嬉々としてやるような者達です。我々エルフでも世界樹を信仰しないものは、彼らに捕まり殺されてきました。このままではゴンヒルリムが危ない!」
レイサルさんの慌てよう、かなり危険なヤツらなんだな。
そのとき、突然画面がティターニアに変わった。
同盟軍の数はかなり増えていた。
そして、画面の先には各国の王と側近達が映っている。
「よし、やつらの主力はこちらに集まったようだな。それでは作戦を開始せよ」
サビアと呼ばれる緑の帯を着た長老が何かをつぶやくと、異端審問官の近くで球体が現れ発光を繰り返し消えた。
それを見た異端審問官のリーダーらしきエルフが、ドワーフをナイフで脅しはじめる。
そして、しばらくすると転送魔法陣が光り出した。
「転送魔法陣がゴンヒルリムと繋がったようじゃの。これでゴンヒルリムもおしまいじゃ!」
異端審問官達は、次々に転送魔法陣へ入っていく。
サイロスと3人の長老は、ティターニア側の画面に近づき食い入るように見ていた。
「もう、八割は転送されたな。どうだ。同盟軍のヤツらに変化はないか?」
同盟軍の転送は変わらず続いている。
つまり、ゴンヒルリムは無事と言うことだ。
「……どうなっている? もう全ての異端審問官達は転送されたぞ。なぜヤツらの転送は止まらん!?」
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