第96話 魔王のシナリオ
◇【レイサル視点】
な、何があったんでしょうか?
巨大な爆発音が湖の方から聞こえましたが。
そして、この揺れ。
まさか……タクミさん?
そういえば、朝からセレナを連れて湖の祠を見に行くと言ってましたね。
私は不安になり家の外に出てみると、湖の方で何かが吹き上がっているのが見えた。
なんでしょう。土砂のようにも見えますが、ここからは遠くてハッキリとはわからない。
「ニルス。湖で何かが起きてます。これから向かいますよ」
「レイサル様、危険です! 湖へは誰かを確認に行かせますので、こちらでお待ちください」
「いいえ。自分の代わりに他の者を危険にさらすことはできません。それに、もし緊急の対応が必要な場合、私が現地にいた方が良いでしょう」
護衛のニルスは納得していない様子。
しかし、こんなところで時間を無駄にしている場合ではありません。
私達は急いで湖へと向かった。
——湖に着くと沢山の人だかりが出来ていた。
私が来たことに気づくと、皆こちらにやってきた。
「レ、レイサル様。み、湖の祠が……島ごと消し飛びました!」
「か、彼らが何かしたに違いありません!」
皆が指さす方向を見ると、湖面に一隻の小舟が今にも波で転覆しそうに浮かんでいた。
あれは、セレナの小舟……ということは、やはりタクミさん達が何かしたのですね。
「おっおおおおお。島のあったところに渦が! 渦が出来てるぞぉ!」
「おーい。急いで戻れぇ!」
「渦に引き込まれるぞ! 後ろ! 後ろを見ろぉ!」
確かに、先ほどまで火山の噴火のように地面を吹き上げていた辺りで、巨大な渦が出来はじめてますね。
ということは、爆発はもう収まった?
「あっ、気づいたようだぞ!」
「おい。なんだ……すごい勢いで舟がこっちに向かってきてないか!?」
「こ、これはマズくないか。あの勢いで止まれるんだろうな……」
皆の心配をよそに、小舟は岸の近くでスピードが落ち無事に止まれたようだ。
あれは何かのスキル?
あの速度で動く舟をしっかりコントロールするとは……さすがですね。
小舟から4人が降りてきた。
ほっ……セレナも無事のようです。
「おい、空を見ろ!」
「おおぉぉぉぉぉぉ! 結界だ。結界が消えてる!」
「まさか、結界を解除したのか!」
驚きがすぐに歓喜の声に変わる。
集まった村人たちは、お互いに抱き合ったり、喜びの涙を流していた。
彼らを出迎えなくては!
彼らの行った偉業とも言える活躍。
我々を200年に及び閉じ込めていた牢獄から救出してくれたのだ。
◇ 【タクミ視点】
ふぅ。まさかこんな近くにレイサルさんがいるとは。
『ルーター』スキルのキャンセルのタイミングを誤っていたら、危うくレイサルさんに突っ込むところだった。
俺達は舟から下り、レイサルさんのもとへ向かう。
周りにいたエルフの村人達も、どんどん集まってきた。
なんか凄い喜んでくれている。
そんな中、レイサルさんが俺の方へ進み出た。
みんな急に静まり、俺達のこと凄い見てる。
なにこれ。怖いんだけど。
長老が右手を胸に添え、頭を下げながら右膝を地面に着ける。
それに続くように周りのエルフ達も、同じ恰好で右膝を地面に着けた。
そして、セレナさんもレイサルさんの隣で同様の姿勢をとる。
……何がおきた?
ミアと目線を合わすと、首を少し横に倒しハテナマークを浮かべていた。
「あなた達は、我ら流刑の地に住むエルフの救世主です。感謝を!」
『感謝を!!』
い、いや。そんなに改まって言われると、一般人の俺としてはどうしたらいいのか……
というか早く普通に接して欲しい。
「あ、あの。感謝の気持ちは受け取りましたので、みなさん顔を上げてください」
それから少しした後、全員立ち上がった。
「驚かせて申し訳ない。今のはエルフ族に伝わる最大の謝意を示す作法なのだ。私だけではなく、ここにいる全ての者があなた達に感謝している。本当にありがとう」
レイサルさんはそう言うと、嬉しそうな顔で空を見上げた。
つられるように、周りのみんなも次々と空を見上げ出す。
そこに結界はなく、雲一つ無いみんなの笑顔のような青空が見えた。
「それにしても驚きましたよ。まさか、この短期間で本当に結界を解除してしまうとは」
「はっははは。すみません。まさか……大爆発するとは思っていなくて。セレナさんも危険な目にあわせてしまいました」
レイサルさんは首を横に振る。
「かつてエルフ族は、瘴気を自ら作り世界樹に捧げていました。たぶんですが、あの小島の地下深くに瘴気溜まりを作り、巨大な魔石を設置していたのでしょう。あの爆発は巨大な魔石が爆発したのだと思います」
「瘴気は魔石が吸収するので、瘴気はいつか無くなるんじゃないんですか?」
「サイロスと長老達は、瘴気を無限に生み出すおぞましい禁忌に手を出しました。小島の地下でも、その方法で瘴気を発生させていたのでしょう」
瘴気で世界が滅びそうになったのに、その瘴気を無限に生み出す禁忌って何よ。
「……禁忌?」
ミア、それは聞いちゃいけない。
「それは……古い友との約束で私からは言えないのです。ですが……あなたたちなら、いずれ知ることになるでしょう」
古い友って……まさかな。
とりあえず、こちらの現状を携帯念話機で報告するか。
きっと心配してるよな。
「皆、聞きなさい。結界が解けたことはサイロス達にも伝わるでしょう。今の我々には戦う力がありません。一度ここから離れる必要があります。各自、早急にこの村を離れる支度をするのです」
たしかに、武器も持たないこの状態でエルフ軍に襲われたらマズいな。
「タクミ。エルフの人達、この村から逃げるって言ってるけど…… ダメかな?」
まあ、ここから逃げ出すなら、転送魔法陣で逃げるのが一番だよな。
ただ、受け入れ側の準備が必要だ。エルフに敵対感情を持つ人達も大勢居るからな。
エルフが内部分裂していることを知っているのは、この世界のごく一部しかいないのだ。
「いや、俺も同じことを考えていた。ゴンさんとエンツォさんに確認をとるから、ミアはレイサルさんだけに、事情を説明しておいて」
ミアは頷き、レイサルさんの方へ向かった。
俺はみんなから少し離れ、携帯念話を魔王につなぐ。
トルルルル、トルルルル
『タクミか? ようやく連絡がとれるようになったか。ということは、結界は破壊したのだな?』
ちょっと待て。
なんでこっちの現状を知ってるんだよ。
『エンツォよ。そんなことは後だ。タクミよ。よくぞ無事だった。ミアとクズハはどうじゃ? 無事なのか? 今、流刑の地にいるのか?』
え? ドワーフ王?
『は、はい。全員無事です。どうして、俺達が流刑の地にいるのを知っているんですか?』
『やはりか…… いや、何でもない。状況からみて流刑の地の結界に入ったと予想しておったんじゃ』
『そうだったんですか……この村の人達はみなさんいい人ばかりで、一度ゴンヒルリムへ避難したいんですが、大丈夫でしょうか?』
『…………』
どうした? 返事がない。
何かマズいことでもあるのか?
『あ、あのぉ。無理そうですか?』
『ん? あっ、すまん。違うのじゃ。こちらは既に準備が出来ておる。いつでも迎え入れることはできるぞ』
既に準備が出来ている?
何がどうなってるんだ。もう分けわからん。
『タクミよ。レイサルとは会ったか?』
今度は魔王か。
『は、はい。この村の村長をやっています。今、ミアがゴンヒルリムへの避難について説明してるところです』
『そうか……タクミに判断は任せるが、携帯念話機をレイサルに持たせることを提案する。この意味がわかるな?』
『エルフ族をレイサルさんに任せる……ということですか?』
『くっくくく。相変わらず話が早いな。近々そうなる予定だ。だから、前祝いとしてすぐにヤツに携帯念話機を渡してやってほしい。急ぎでやってもらいたいこともあるしな』
今、魔王の描くシナリオが見えた気がしたけど……
『……あのぉ、今、みなさんどちらにいるんですか?』
『決まってるだろ。エルフ領ティターニアを攻めてるところだ』
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