第72話 妖術
クズハが耳をピクピクさせて、周囲の魔物を探してくれている。
「あっちに魔物がおりんす」
どうやら人の姿が気に入ったらしく「ここでは九尾に戻ってもいいぞ」と言っても、そのまま人の姿でいる。
クズハが歩くのを止めて、右前方の巨木を指した。
俺は『スキャン』と『ping』を使う。
クズハが指した巨木はエルダートレントだった。
「クズハの戦い方が見たい。1人でも倒せそうか?」
「ワッチ1人でも倒せる相手だから大丈夫でありんす」
戦う前からドヤ顔している。
クズハはSランクの魔物だから余裕だろう。
「じゃあ、俺達はここで見ているから倒してきて。少しでも危険があったら助けに入るからな」
クズハは頷き、ゆっくりと巨木の魔物エルダートレントに向かって歩き出す。
そして右手をエルダートレントに向けて突き出し、何かもにょもにょと唱えている。園児の劇をみているようで心がほっこりする。
「
バリッ!と乾いた音とともに、エルダートレントの幹に中心にポッカリと巨大な穴が空く。
ミシッミシッと音がした後、エルダートレントは重さに耐えられず、真っ二つに折れた。
「い、一撃! というか今の何?」
「クーちゃん凄すぎ!」
俺達が驚いていると、こっちを振り向きクズハがにいっと笑った。
反則級の強さと可愛さだな。
ん? まて、まだ黒い煙になっていないぞ。
「クズハ、まだだ!」
俺が声を出すのと同時に、突如地面から突き出した根がクズハを横殴りした。
吹っ飛んだクズハの方へミアが駆け出す。
俺は真っ二つに折れたエルダートレントの根元へ走った。
『ping』の赤い靄は、根元の方に出ていたからだ。
SPを10消費しライトセーバーの光刃を伸ばし、木の根元に突き刺した。
その間に複数の根が地表を突き破り、ムチのように俺を襲うが『心の壁』バリアで防ぐ。
少しすると樹や根が黒い霧に変わり、魔石が落ちた。
俺はミアとクズハの元に急いで駆け寄る。
「クズハは大丈夫? 怪我の様子はどう?」
「気を失ってます。外傷はないですけど、肋骨が折れてるみたいです。どうしましょうか?」
「う、うぅ……。お腹が痛いでありんす。油断しんした。……『
クズハは折れた肋骨の箇所に手を添えて妖術を唱えた。
スライムのような球状の水が出現し、折れた箇所を覆う。
そして少しすると水は消え、クズハは何事もなかったかのように立ち上がった。
「心配おかけしんした。もう大丈夫でありんす。次の魔物を退治しにいきんしょう」
「クーちゃん、骨が折れていたと思うけど治ったの!?」
「はい。ワッチの妖術で治しんした」
さらって言ったけど、とんでもないことだ!
内蔵がぐちゃぐちゃになっても治るのか?
九尾のマリさんは、魔王に内臓ひとつひとつポーションかけて治してもらってたぞ。
「マリさんは今の妖術は使えないみたいだったけど、クズハのユニークスキルなのか?」
「知らないうちに妖術が使えるようになりんした。ミアのおかげだと思いんす」
「わたしは何もしてないよ。クーちゃんが凄いんだよ!」
いや、ミアがやってるからね。
クズハはミアの腰に抱きつき、ミアは頭をなでなでしている。
おかしい。ここは戦場じゃなかったのか。
心が癒やされてしまうんですけど。
それにしても、妖術はチートだけど打たれ弱いな。
あの服は妖術だから、スキル『改ざん』で防御力を上げられないからな。
ゾフに戻ってから服でも買うか。
今は、近接戦闘は避けさせよう。
「それにしても妖術の威力はすごいな。どのぐらいの回数を使えるんだ?」
「あと2回ぐらいでありんす」
え? たったそれだけなのか。
妖術はかなり燃費が悪いみたいだな。
「今倒したAランクの魔石を食べて、魔力がどのぐらい回復するか教えてくれ」
俺はエルダートレントの魔石をクズハに渡す。
クズハはバリッボリッと音を立てながら魔石を食べる。
「この魔石に含まれている魔力で、2回分ぐらい回復しんすね」
「なるほど……じゃあ、今度から倒した魔石は全部クズハにあげる。魔力の回復もあるけど、魔物として成長できるからな。あっ、それとミア、今のレベル教えて」
「えーっと、レベルは56です。いつの間にこんなに上がってたんでしょうか?」
「フェンリルを倒したときに、ラストアタックはミアだったよね。俺も同じだけレベルが上がっていた。……次からの戦い方なんだけど、俺とミアは相手を倒さなくていいから、その場の全ての魔物に一太刀あたえることを優先する。最後はクズハの広範囲火力の妖術で殲滅しよう。それがレベル上げに効率が良さそうだ」
クズハに良さそうな狩り場を聞くと、巨人族のエリアを提案された。
周りに他の魔物が少ないのと、あまり群れていないので囲まれる心配が少ないらしい。
俺達は巨人族が出没する狩り場へ向かうことにした。
◇
——クズハの案内で巨人族が出没するエリアに到着した。
早速、サイクロプスが俺達を見つけ近寄ってくる。
肌は薄い青色で目が単眼だ。巨人というだけあって5メートルぐらいの高さがある。
ただ、乗せてもらっているドラゴンの方が大きいので、あまり迫力を感じない。
正直普通に戦って勝てる自信はあるが、ここからは時短でいきたい。
予定通り俺とミアは軽くダメージを与え、クズハの火力で殲滅する。
サイクロプスが大きな手で俺を掴もうとしてきたので、『心の壁』バリアで軽く逸らす。その隙にサイクロプスの脇を通り過ぎながら、俺とミアはライトセーバーで足を斬りつける。
痛みで叫ぶサイクロプス。そして……
「死んでおくんなんし。『雷電』」
クズハの
空気が破裂するような音と衝撃が俺達にも届き、サイクロプスは黒い煙となって消えた。
クズハは魔石を拾い、すぐに魔力を補給するためにかじっていた。
「クズハ、ナイスだ! とても助かるよ。けど、ちょっとタイミングが早いかな。俺達がもう少し離れてから妖術は使おうね」
「わーい。褒められんした! タクミっちに褒められんした!」
……聞いてないし。
油断するとフレンドリーファイヤで死ぬ危険があるから、クズハが妖術使うときは『心の壁』バリアは必須だな。ミアにも言っておかないと。
けど、これはかなりの時短になるな。
「クーちゃん、次はどっち?」
クズハは魔石をかじりながらミアの手を引っぱり、次の魔物のいる方へ案内してくれた。
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