第53話 秘密
「エルフ族の圧力で、メルキド王よりタクミとミアを捕まえるよう命じられているが、魔族の捕縛は命じられていない」
アーサーは俺とミアに顔を向ける。
その目には同情というか哀れみのようなものが映っていた。
え? マジか……
『タクミよ。止めても無駄だぞ。奴らがおまえ達を連れて行くことは、このオレが絶対に許さん』
『そうよ。私達が時間を稼ぐから、いつもの調子でなんとかしなさい。タクミならできるわ』
やめてくれ。
みんなを犠牲にする気は無い。
それに……
「……ということ。だから誰も捕縛することはない。ここまではいいね?」
俺達が念話していることに気づかないアーサーは、淡々と話を続けていた。
そして、今とても気になることを言ってなかったか。
「誰も捕縛することはない?」
「ああ。僕達が命令されたのは、タクミとミアの捕縛だ。ここには友人のタクマとミオがいるだけだ。だから誰も捕縛することはない」
全員、今の言葉を理解するのに少し時間を必要とした。
もしかして、俺達の正体に気づいていない?
いや、カルラ達がさっきから俺のことをタクミって呼んでるから、気づかないわけがない。
『どうやら見逃してくれるみたいだ』
『やっぱりそういうことですよね』
『し、信じられん』
『何かの罠じゃないの?』
ミア、ゲイル、カルラが戸惑うのも無理はない。
俺も今の展開を頭の中に消化しきれてないのだから。
アーサーは俺達を見つめ、力強く頷く。
言葉には出来ないけど、僕を信じてくれと。
そしてアーサーは話を進めた。
「まず魔族の王女には、自国に戻り戦争を止めてもらうようお願いしたい」
「カルラだ。私の名はカルラだ」
「では、カルラ王女。この戦争を止めるためご協力いただけないでしょうか。今回の一件は、エルフの国から送り込まれたエルドール大使が企てたこと。人族に非がないわけではないのですが、我々も敵対することは望まないのです」
「私達も戦争を止める気だったのよ。今もそのために急いで『ゾフ』に戻ろうとしているわ。それを邪魔してるのはあんたよ」
「申し訳ありませんでした。しかし意思を確認できただけでもここにきた甲斐がありました。では、私はこれから王都に戻り戦争を回避するよう動きたいと思います」
「ちょっと待て、あんたの実力ならその大使とやらを排除するぐらい簡単じゃないの?」
……アーサーは沈黙する。
メアリーが何かを決意したように顔を上げた。
「私達はこの世界に来る前、ずっと騎士に憧れていました。両親が『アーサー王伝説』の物語が大好きで、何度も何度も読み聞かせてくたおかげで、私達も夢中になりました。お兄様の名前の由来は、アーサー王からきています」
「僕は、王様よりも騎士のランスロットに憧れてしまったけどね」
アーサーは楽しそうに微笑む。
「お兄様は、王よりも騎士になりたかった。円卓の騎士の中でも武勇・人格ともに最も優れた英雄ランスロットのように。ですが物語のランスロットは王の妻と恋仲になり、それで身を滅ぼします」
「だから僕は英雄や騎士ではなく、裏切ることのない王の剣になりたいと思ったのさ。アーサー王の持つ伝説の剣エクスカリバーのようにね。だから、僕がメルキド王を裏切ることはない」
いつも優しいアーサーの眼が、覇気を帯びた眼に変わる。
俺は英雄ランスロットがどんな人物か詳しくは知らない。
ただ憧れの騎士が、主である王を裏切る行為をした点に関しては、アーサーは耐えられなかった。
いや、トラウマめいたモノを感じるから、アーサー少年だったのかもしれないな。
「このようにお兄様は、一度決めると曲げることのない非常に頑固な性格なのです。ですから王の意思を無視して行動することはできません」
「剣は言葉をしゃべらない。けれど、切ってはいけないものを切らないことはできるさ」
得意げなアーサーを横目に、メアリーさんはため息をつく。
「おわかりいただけましたか?」
見た目と性格はかなり良いのに、意外に残念なやつだったのか……メアリーさん、苦労してるんだな。
子供の頃からずっと憧れていたか。
これは俺の仮説でしかないが、この世界は『隠しルール』がある。
『無意識の思い込み』がスキルの性能に制限をかけてしまうのだ。
アーサーの馬鹿げた強さの秘密は、子供の頃から純粋無垢に正義のヒーローに憧れつづけた結果なのか。
いや、それは変だ。
騎士ランスロットに憧れて、あの強さはないだろう。
アニメやラノベのヒーローならまだしも。
……まさか、ランスロットの方じゃない?
そんな馬鹿なことがあるのか?
「アーサーさん、もしかして職業は『剣』だったりしないですよね?」
俺がアーサーに質問すると、メアリーさんがそれを遮るように近づいてきた。
「な、何を言っているんですか。職業に剣とか、おかしいですよね。そ、そんな恥ずかしい職業、普通は選びませんよ。フフフッ」
メアリーさんが可哀想なぐらい動揺している。
なんだこの罪悪感は……俺はたまらずアーサーを見る。
「僕の職業は、アーサー王の剣『エクスカリバー』だよ」
アーサーは俺に向かって微笑みながら、右親指を立ててサムズアップをした。
とても誇らしそうにしている。
職業欄に剣だと!
しかも固有名詞!
たしかに何を書いてもいいんだけど、まさかそこまで何でもアリだったのか……
「メアリーの職業は更にすごいよ」
「お、お兄様やめてください」
「アーサーさんでもびっくりなのに、メアリーさんもですか!?」
ミアの好奇心にも火がついてようだ。
「な、何を言ってるんですか! 私は普通です。……秘密にしてるので言いませんけど」
「メアリーは恥ずかしがり屋なんだ。メアリーの職業は『エクスカリバーの
「お兄様、あれだけ人に言わないって約束したではありませんか! どうして言ってしまうんですか……はっ! これは違うんです。お兄様がそうしろって頼むから……」
メアリーさんのうろたえ方が半端ない。
「どうして職業に
メアリーさんを尻目にグイグイいくミア。
「物語に出てくるエクスカリバーの鞘は、魔法の鞘なんだ。鞘の持ち主は重傷を負わなくなり出血もしない。つまり不死身になるのさ。そしてメアリーは、鞘の持ち主を自由に選べる」
「「「「!!」」」」
実際の効果はスキルの素に依存するだろうが、さっきのアーサーの傷を見る限り、あれは魔法の鞘の効果そのままだ。
そりゃ、普通に戦って勝てるわけない。
俺なら『改ざん』スキルのチャンスがあれば無効化できそうだが……
「アーサーさん、いいんですかそんな大事なこと教えてしまって」
「いいんだよ。このことは、僕達の一部の親しい人しか知らない。君達も黙っていてもらえると助かるよ」
「これが信頼の証ってことなのか?」
今まで黙って聞いていたゲイルが、アーサーに問う。
「この秘密は親しい人にしか話さない」
アーサーの真剣な表情が、その回答が意味する重さを伝えた。
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