第34話 バケモノ

 ――公開処刑当日


 風のない穏やかな天気だ。

 公開処刑にはそぐわないが、旅立には丁度良い。

 

 昨日買ったポーションは、『改ざん』スキルで回復量を『10→90』に強化した。

 ハイポーションの回復量が60ぐらいなので、充分すぎる効果だろう。


 ◇


 俺達は今、公開処刑が行われる中央広場から少し離れたところにいる。


 ライトセーバーは腰に着けている。

 ローブを上から着ているので外から見えることはない。


 どんどん人だかりが増えていく。

 今回の公開処刑は王都中に告知されているのか?

 魔族に「救出に来て下さい」と言っているようなもんだ。

 

「おい、魔族の処刑が行われるらしいぞ」

「なんでも、人間の村を襲撃して食っているところを、捕まえたらしい」


 はぁ……

 俺はため息をつく。これ絶対にエルフが吹聴しているな。

 ここに多くの人を集めて、魔族に襲撃させる。

 犠牲者を出させて魔族と禍根かこんを残すのが狙いか。


 おっ、アーサーとメアリーがいるぞ。


 2人とも鎧にマント姿だ。

 白を基調としたプレートアーマー。渋い深みのある青がアクセントで入っている。

 マントも同じ青色だ。ヘルメットは着けていない。

 そこだけがハリウッド映画のワンシーンに見えるほど、周りから浮いていた。

 

 俺達はフードを被り、あの2人から見えない位置へ移動した。

 幸いなことに昨日の8人組パーティはいないようだ。


 しばらくすると会場にざわめきが起こる。


 広場に4人の魔族が連れてこられる。

 そのまわりを騎士が10人ぐらいで警備していた。


 中央広場の群集は、1000人ぐらいに膨れ上がった。

 連れてこられた魔族は、その群衆の前にひざまずく格好で並ばされていく。


 30~40歳ぐらいのいかにも戦士といった男性が3人。20代半ばぐらいの女性が1人。

 全員目の瞳が赤く、それ以外は人族と変わらない。

 口には猿ぐつわを着けられ、しゃべれないようにしている。


 騎士の格好をした男が群衆の前に出てきた。


「これより罪を犯した魔族を処刑する」


 罪状は何も読み上げられない。

 この世界でも、それが当たり前ということはないだろう。

 この場にエルフが1人もいないことが、仕組まれていることを物語っている。


「うがっ、むぐぐ、ぐむ……」


 魔族たちが必死に何か叫んでいるが、猿ぐつわで言葉になっていない。

 しばらくすると、あきらめたのか首をうなだれ叫ぶのを止めた。


 それを待っていたかのように、顔に覆面を被った男が斧を持って登場する。

 あれが死刑執行人か。


 ミアは俺の袖をさっきからずっと握っている。

 ハラハラしている気持ちが俺にも伝わってくる。


 くそっ、ゲイルは何をやってるんだ。

 処刑が始まるぞ。間に合わなくなる。


 俺は焦る。

 けれど、俺達が動くとゲイル達の作戦を台無しにする恐れがある。

 動けない……なんてジレンマだ。


 死刑執行人が、一番端でひざまずいている魔族の男性の横に立つ。


「人食いを殺せっ!」

「魔族は敵だぁ!」


 あちらこちらから扇動するような声が聞こえる。

 魔族たちに対する罵声が広場を埋め尽くす。


 ミアが俺の袖を強く引く。

 俺も我慢の限界に……

 

「グァァァァァァァァァァアアアアアア!」


 突然、空から地を揺るがすほどの咆哮が響く。

 音が衝撃となり身体を貫く。なんだこれ。胸が苦しくなりドッと汗が出てきた。

 俺の頭の中で早く逃げろと警告が鳴り響く。


「きゃーー」

「逃げろぉぉ!」

「ドラゴンだ。空からドラゴンがきたぞぉ!!」


 悲鳴と叫び声が会場にこだまする。

 俺は慌てて空を見上げると、そこには突如現れた一匹の赤黒いドラゴンが巨大な翼を広げ、広場から100メートルぐらい離れた場所へ滑空して下りてきた。


 爬虫類的な見た目にコウモリのような翼。西洋風のドラゴンだ。

 上空にいるときにはわからなかったが、近づくにつれドラゴンの馬鹿げたほどの大きさに唖然とする。

 高さは20メートルぐらいあるぞ。

 いくらなんでも大き過ぎるだろ……まるで怪獣だ。


 ズドォォォォォォォン


 地面が大きく波打つ。ドラゴンが両足で着地した。

 着地したあたりの建物が吹っ飛び、白い煙が上がった。


 俺達は振動に耐えられずしゃがみ込む。

 ドラゴンの方を見ると、白い煙の上にドラゴンの頭が見えた。

 

 ドラゴンは大きく息を吸い込みだした。

 首から口までを覆う鱗が透けるように赤く輝き出す。


 どうしよう……嫌な予感しかしない。


 まだこの広場には逃げ遅れた人や魔族もいるんだぞ。

 俺は振り返り魔族がひざまずいていた場所を見る。


 そこには騎士が数名倒れていただけで、魔族はいなかった。


 全員がドラゴンに集中しているときに救出したのか、ゲイルやるな。

 ということは、ドラゴンはここを躊躇ちゅうちょなく攻撃できる……


「ヤバい!」


 俺はミアの手をつかみ、広場から逃げ出す。

 その瞬間、ドラゴンの口から大きな火の塊が広場めがけて放たれた。


 この辺りが地獄絵図になると思ったとき、青白い閃光が大きな火の塊を縦に真っ二つに消し飛ばす。


 そして、青白い閃光はそのまま巨大なドラゴンの胸を切り裂いた。

 鱗が裂け、大きく肉がえぐれた箇所から血しぶきが上がる。


「「!!」」


 なっ、なにが起きた。


 青白い閃光の残滓ざんしの先には、剣を振り下ろした男の姿があった。

 アーサーだ。その後ろにメアリーもいる。


 なんだ、あの斬撃の威力は……あれが『剣聖』。

 人族最強の男はカイブツだった。


「グァァァァァァァァァァアアアアア!」


 ドラゴンが雄叫びをあげる。


 俺はアーサーから目を離し、ドラゴンを見ようとしたときだ。


 アーサの視界に入らないよう遠回りして、ドラゴンへ向かう10人ぐらいの集団が目に入る。

 ゲイル達だ。そうかドラゴンに乗って脱出する作戦なんだな。


 けど、今のままだとアーサーにドラゴンを倒され、脱出することもできなくなる。

 俺はミアを見た。


「わたし達も行きましょう!」


 何ができるかわからないが、俺達はゲイル達の後を追うことにした。


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