永遠の不幸と一瞬の幸福

桜怜

第一章 

第1話 青い桜

 桜井航さくらいわたるは、一人旅の最中だった。大学生の長い春休みはまだ半ばで、しばらくは一人旅を満喫できそうだった。

 緑ヶ丘。航が今日観光する予定の地名だ。そこは桜の名所で、春の季節には多くの観光客で賑わうとの噂だ。街全体に桜が植えられており、その本数も千本近くと見事なものだが、緑ヶ丘が桜の名所と言われる所以はそれではない。

 緑ヶ丘という地名の由来にもなっている丘が住宅街から少し外れた場所にある。住宅街は、一軒家が多く、低地なため、その丘は街のどの場所からも見える。そして、その丘には、その街を象徴する巨大な桜の木があるのだ。不思議な話だが、その桜は、いつ植えられたのか、全く分かっておらず、樹齢も不明なのだ。見た目から推測すると、五百年だとかもっと長いだとか言われているが、定かではない。

 そして、その桜が緑ヶ丘で最も有名な理由は、更に不思議な桜であるからだ。その桜は、青色の花びらを咲かせる。異彩を放っており、他の桜を寄せ付けないような雰囲気がある。そのため、丘の上にはその桜のほかに桜は無く、孤高に咲き誇って、街の象徴となっている。

 航も、例にもれなくその桜が目当てで緑ヶ丘へやってきた。昼に緑ヶ丘につき、電車とバスの乗り換えの後、少し歩いて丘の上に到達する。

 電車やバスからも、丘の上の青色の桜は見ることができたが、近くで見ると受ける印象は違う。神々しさと同時に、なんとなく寂しい気持ちに襲われるのだ。他の観光客も似たような印象を持っているのか、中には涙をこぼす人もいた。

 写真や噂とは印象が違ったが、目当ての桜を間近で見ることができ、満足しながらホテルで夜を過ごす。一人旅は、他人に気を遣う必要がない。それもまた、航が一人旅を好む理由だった。

 航は、寝ようと消灯する。しかし、部屋はなんだか明るいままだった。その原因が外にあることはすぐに分かったため、航はカーテンを開ける。すると、昼に訪れた桜の木が金色に光っていた。驚きを隠せなかったが、航はすぐに丘を目指す。こういう時に、素早く動けるのも一人旅の利点かもしれない……。考えたこともなかった利点が脳裏をよぎったが、それもすぐに消えた。

 丘の上には、多くの人がいた。その美しさに思わず見惚れたが、すぐに人たちの様子の異変に気付く。彼らは、どういうわけか桜の周りを囲うのではなく、桜に向かって一列に並んでいるのだ。

(君も私を拝みたいのかい? それならば、最後列へと並びなさい。)

航は、周りをきょろきょろと見るが、声の主はいなさそうだ。航は、桜の木を少し眺めた後に、最後列へと並ぶことにした。

 列は非常に長く、百人は少なくとも並んでいたが、航が先頭になるのに時間は要しなかった。異常なまでに回転率が速いのだ。

(私を一目見たいというのなら、君の生きる意味を教えてくれ。)

「生きる意味?」

(ああ、そうだ。)

(君の生きる意味は?)

「そんなもの興味はない。」

(⁉ 本当に言っているのか?)

「? ああ。そんな下らないことに思考を使うのはやめたんだ。」

(言ってくれるじゃないか。いいだろう。私が君に、生きる意味を与えようじゃないか。)

「はあ?」

二人にしか聞こえないやり取りが終えたことが他の目にも明らかになる。青色の桜の木から、少女が一人舞い降りたからだ。

「私は樹奈じゅな。そう呼んで。」

「? 急に何を言っている?」

「君と行動を共にするって言ってるの。」

「は? どうして急に?」

「むかつくから。私が、こんなにこんなにこんなに生きる意味について苦しんで、挙句の果てには……」

「挙句の果てには?」

「とにかく、絶対君に生きる意味を与えてやる! って言ってるの!」

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