第7話 人の営み (1)
一ヶ月が経って、平穏な日々が続いていた。
リティシアが持ってくる依頼をこなして、路銀は着実に貯まりつつある。
依頼の頻度は二、三日に一回程度で、ガロンたちはひとつの依頼が終わったあとに、次の依頼を受ける日付を決めて解散という方式で動いている。
今日は依頼を受ける日で、午後には冒険者ギルドに顔を出してリティシアと落ち合うことになっている。
一ヶ月も経てば人間の街にも慣れたもので、ガロンにもお気に入りの場所ができた。
ガロンが今いるのは、街はずれの小高い丘だ。
天気は快晴で、春の日差しが心地よい。丘に咲く植物の香りは春から夏への移り変わりを予感させた。
ここからは街の様子が一望できる。ガロンはそんな中で人間の街並みを眺めてのんびりと過ごすのが気に入っている。
中でもとくに気に入ってるのは、街から丘へと続く道の入り口付近にある、建設中の建物だ。
竜の住処というのは建物を建てるわけではなく、だいたい自然の地形を魔法で加工して作られる。なので人間が素材を加工し、それを組み合わせて自分の背丈より何倍も大きな建物を作りあげるというのは物珍しく映るのだ。
ガロンがこの場所を発見してから一月も経っていないが、気づいたときにはまだ更地だった場所が、徐々に徐々に建設が進んで、今では建物の輪郭をしっかりと形作っているのは少し感慨深いものがある。
しかし、ここ数日すこし気になることがある。
その建物の建設が進んでいる様子がないのだ。
建物に誰もいない日もたまにはあった。ガロンは日付をあまり意識していないが、休みの日というのが存在するのだろう。
ただ、数日まったく人が出入りしていないのは初めてだった。
連続で休みというパターンがあり得るのか、それとも何かしら建設を中止する人間の事情があるのか。あそのあたりは想像するしかないが、最初から見ていた身としては、完成が見られなかったら少し残念だなという気がしている。
※
ギルドにはガロンの方がはやく着いていた。
ガロンは時間つぶしに酒場で雑多な昼飯をすませる。
やはり人間の飯はなかなか美味いとガロンがご満悦なところを、ひとりの男が話かけてきた。
「よう、旦那! 今日はお暇で?」
無造作にテーブルの対面に座った男は、一月前に酒を振る舞ったとき、大声でガロンがおごると叫んだ酔っぱらいだ。それ以来ギルドで出会うとよく話しかけてくる。名前はたしかイーノックといったか。
「いや、今はリティシアが依頼を受けるのを待っている」
そこでイーノックはわざとらしく周囲を見回し、口の横に手を当てて、気味の悪いひそひそ声で、
「ここだけの話なんですが、旦那とお嬢ちゃんはどういう関係で?」
無遠慮なやつだ、と思った。イーノックはすぐにそれを察したのか、
「いやいやいやすみません、実はあっしら賭けをしてまして、気を悪くしたんなら答えていただかなくてももちろん結構ですよ!」
「賭け?」
「いや、旦那とお嬢ちゃんって割と特徴的でしょう? お嬢ちゃんが舵取りをしてるみたいですし、そもそも補助術師の冒険者なんてかなり珍しいですし」
「そうなのか?」
「ご存知ないですか? 真っ当な術師様ならあっしらみたいな明日の見えない冒険者になんてふつうなりませんし、補助ができる術師となりゃ竜の雛より珍しいですよ」
竜の雛はそれほど珍しくないと思うのだが、人間の言い回しなのだろう。
それはともかく、補助術師がなぜ珍しいのか、ガロンは気になった。
「なぜだ?」
イーノックは若干あきれたような顔を見せつつ、
「旦那、もしかして意外ともの知らずで?」
「術師に関しては詳しくない」
ガロンは微妙に見栄を張った。他にも知らないことは山ほどある。
「まともな術師となりゃわざわざ危険な冒険者にならずとも食うに困りませんし、補助ができる術師だったらなおさらです。力仕事が必要な場だったら補助術師がいるだけで作業効率は何倍にもなりますよ。安全安心の高給取りで一生食いっぱぐれやしません」
「なるほどな」
「だから旦那とお嬢ちゃんが、おっと……」
そこでリティシアが現れた。その手にはあたらしい契約書がにぎられている。
「イーノックさんこんにちは、何かお話ですか?」
「いや、たいした話じゃありませんよ。あっしは失礼しときますね」
そう言ってイーノックはそそくさと立ち去った。
「なんのお話してたんですか?」
「あー、また酒についての話だ」
リティシアはくすくす笑って、
「本当にお二人ともお酒が好きですね。それで仲良くなったんですものね」
仲良くなった、と言われてなんだかあまりいい気分はしなかったが、無理に否定するのもおかしな感じがした。ガロンは話題を変える。
「それで、今度はどんな依頼を受けたんだ?」
「はい、これです」
リティシアが今回受けたのは薬草の採取だった。
様々な依頼を受けて、ガロンはリティシアの依頼を受ける傾向がわかってきた。
その骨子は「困っている人を助ける」にある。
一ヶ月を人間の世界で過ごして、ガロンにもお金の価値がわかってきた。もちろん酒樽がかなり高額だということも。
そうなるとギルドで受ける依頼の割の良さもおのずとわかってくる。
リティシアは依頼を割の良さ選んでいないのだ。例えば、商人が急いで何か素材になるものを欲しいといった依頼は絶対に受けない。
逆に、一市民が困っているといった類の依頼は、割が悪くても積極的に受けているように見える。
ガロンとしてはそれほど急ぎでもないので割の良い依頼にこだわりはないが、どうしてそういう方針を取っているかは、すこし気になるところではあった。
今回の依頼は亭主が体調を崩して仕事ができないので、よく効く薬草を取ってきてほしいという話らしい。
リティシアが言うには、近隣でこの薬草が生息している地域は現在魔物が巣食っていて、非常に値上がりして入手困難らしい。この依頼ならば、依頼の報酬に加えてあまった薬草を売ることでも利益が得られるそうだ。
※
旅程は行きに一日、帰りに一日の予定で、目的地の少し前で野営をすることにしていた。
野営の準備も食事も終わり、あとは寝るだけ、という時間になり、二人は焚き火を囲んでくだらない談笑をしていた。
話しているのは主にリティシアで、話の内容はだいたいリティシアが魔法の学校に通っていたときの話だ。
そこでガロンはイーノックが言っていた、真っ当な術師ならば冒険者にはならないという言葉を思い出していた。
「そういえば、リティシアはなぜ冒険者なんかになったんだ?」
「え、なんですかいきなり」
「いや、真っ当な術師ならふつう冒険者になんてならないだろ? 補助術が使えるとなればなおさらだ」
すべてイーノックからの受け売りだったが、リティシアはそれを聞いてすこし考えた風になり、
「そうでもないと思いますけど」
一度そう言ってから、
「いいえ、そうかもしれませんね」
とリティシアは言い直した。
「じゃあなぜ?」
リティシアは少し恥ずかしそうにして、
「その…… 人の役に立ちたかったんです。魔術師の仕事ってなんだか正直じゃないというか、直接人の役に立ってる感じがしないというか」
「それで冒険者に?」
「はい、そっちの方が、なんていうか、人の役に立っているという気がするんです。なんて言えばいいんだろ」
リティシアは少し考えて、
「人の営みの力になっているっていう感じかもしれません」
人間なりの感じ方がそう思わせるのか、それともリティシアの個人的な感覚なのか、ガロンはその言葉を聞いてもまったくピンと来なかった。
「最初は憧れからだったんですけど、ジーナ・ディードってわかりますよね?」
「今も有名なのか?」
「まさか知りませんか?」
「いや、知ってはいるが」
リティシアは、すこし遠くを見るような目をして話し始めた。
「こどものころジーナの話を聞いて、冒険者になってみたいって思ったんです。伝説の女冒険者、わたしもそんな風になりたいって。でも、実際に冒険者になってみるとそんな名声を得るなんてとてもじゃないけど無理ってわかりました。けど、依頼を通して困っている人を助けるっていうのは、自分が生きている意味があるんだなって気になるんです。ジーナ・ディードみたいに多くの人の人生に影響を与えなくても、誰かを助ければその人の人生に影響を与えているんだなって」
ガロンの沈黙を勘違いしたのか、リティシアはまるで恥ずかしい話でもしてしまったかのように焦り、
「きょ、今日はもう寝ましょうか。明日は早いですし」
「ああ」
そう言うガロンの意識は、今リティシアが語った言葉を反芻している。
二十年足らずしか生きていない人間の少女の考えを。
*
夜が更けていく。
夏が近づいてきているとはいえ、今の季節の夜はまだすこし肌寒い。
ガロンはまだ寝ていない。
焚き火をはさんだ対面には、毛布をかけて寝息を立てているリティシアがいる。
ガロンは眼の前の少女を眺めながら、人間の考え方について思いを巡らせている。
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