第4話 住所不定無職(2068)

 ガロンはクーゼにたどり着いていた。


 クーゼはシットール領で最も商業的に発達した街である。

 辺境であるシットール領の中で最もといえば、たかが知れているといえば知れている。

 とはいえ、それでも人通りはそれなりに活発だ。

 大陸の端に位置するシットール領からほかの地域に移動するにはまずここを通ることになる。

 そのため街は旅人や商人でそれなりに賑わっている。


 ガロンもとりあえずは央都を目指すのでクーゼを通ることになった。

 央都を目指す、といっても何か特別なあてがあるわけでもない。

 多くの種族が行き交う場所にいけば美少女になるための手がかりがあるだろう、というかなり楽観的な考えからである。


 竜族に共通して言えることだが、竜族は寿命が長い故に、計画を練って最短で成果を出すということに固執しない。というかそもそも時間がかかる、かからないについてあまり意識しない気がある。


 そういうわけでガロンはお気楽ご気楽な旅を楽しんでいる、と言いたいところだが、一つ問題が起きた。


 金がない。


 村でもらった路銀はあっという間につきた。

 クーゼに来るまでの道中、二つの村と一つの町を通った。

 するとあら不思議、村を救ったときに受け取った革袋は悲しいほどにぺしゃんこになってしまった。


 おかしい、何かが間違っているとガロンは思う。

 あまり細かい計算はしなかったが、それでもガロンなりに節制はしたつもりだ。

 

 それでこんな速度で金が減るということは、何か悪い商売にひっかかったのではないかと疑ってしまう。正直な話、ガロンは人の世にはあまり詳しくない。政治などの大局的な話ならまだしも、人間の日常生活や商売に関しての知識はだいたい赤ちゃんと言っていい。

 

 もしかしたら、もらった路銀が少なかったのかもしれない。そういえば村長が少ないですが、と言っていた記憶がある。それにあの村はかなり貧しいように見受けられた。

 もともと少なかったのだからすぐになくなった。それは実に単純で明快な答えであるような気がした。だからガロンはなにも悪くないのだ。きっと、たぶん、おそらくは。

 

 ともあれ、何が原因か、は重要ではない。

 礼金が入っていた革袋がぺらっぺらのすっかすかであることが問題なのだ。

 これが尽きたということはつまり、ガロンは一文無しということになる。

 元から持っていたお金は? と考えてはいけない。

 旅に出る場合は入念な準備を、と普通の人間ならば考えるだろうが、それは人間の考え方だ。

 

 しかもあのときのガロンは美少女になったボールドバーグが羨ましすぎて冷静ではなかった。旅に出ることを決めたときの感情の変遷を詳しく説明するのは難しいが、ひとことで言えばノリで出たという表現が一番正しい。


 もしや見間違いだったのではないかと、祈るような気持ちでもう一度革袋の中を覗いてみる。もうびっくりするくらい何もない。何も入っていない分、色々な物が入りそうだなぁくらいの感想しか出てこない。

 

 実のところガロンが生きていく上で金は必要ない。上位種の竜は大気からの魔力と自己の心臓から生成される魔力だけで、一切食事をすることなく生きていけるのだ。食事は単なる娯楽でしかない。

 宿に関しても適当に野宿をすればいいだけの話で、人間の宿に泊まらなければいけない理由は何もない。


 ではなぜ金を必要とするのかといえば話は単純だ。

 

 人間の食い物はうまい。

 人間の寝床はなかなか寝心地が良い。

 

 窮屈なラバンカ山脈から出て旅を楽しむ、というのもガロンの一つの目的であるからだ。


 そういうわけで金を手に入れたい。

 ガロンには秘策があった。

 昔に、ある人間からきいたことがある。


 人間の世界には冒険者ギルドなるものがあり、そこでは腕っぷしさえあればいくらでも金を稼げるそうだ。


 腕っぷしならば得意だ。





 ガロンの秘策は二十一秒で潰された。

 まず、


「仕事をくれ」


 に対して受付にいた男が怪訝な顔をするので一秒。


「では、ギルドの会員証を提示していただけますか?」


 ここまでで四秒。


「ない場合は?」

「新しくギルドの会員となっていただく必要がございます。身分を証明できるものは何か?」


 十秒を過ぎてだいぶ雲行きが怪しくなってきた。


「それもない場合は?」


 受付の男は、たっぷり五秒は沈黙を挟み、


「申し訳ありませんが、お仕事を紹介することはいたしかねます」



 というわけでガロンはギルドをあとにした。

 仕事が見つからずにギルドを去る男の背中は、あまりにも寂しい。


「あの、すいません!」


 竜皇の威厳はどこへやら、ガロンはとぼとぼと情けない足取りで歩く。


「あの、あの……」


 野宿、野宿かぁ。


「ちょっとまってください!」


 服をうしろからぐいと引っ張られ、どうやら自分が話かけられているらしいと、ようやくガロンは気づいた。


 ふり返ると少女がいた。


 背丈ほどの大きな杖からひと目で術師だとわかる。ガロンを追いかけたせいか、少女はすこし息切れしていた。

 亜麻色をした髪の毛は肩までの長さに切りそろえられており、顔立ちは化粧をしていないせいかすこし幼く見える。


 美少女だった。


 ガロンはうしろに誰もいないのを確認し、少女を見て、もう一度うしろに誰もいないのを確認してから少女に向き合った。


「もしかしておれに用か?」


 少女はこくりと頷き、


「あの、もしよかったらお仕事手伝っていただけませんか?」 

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