痴漢
とらまる
痴漢
「この人、痴漢です」
乗客の全ての視線が声をあげた女子高生に一斉に集まる
この界隈では有名な女子校の制服を纏った彼女は
眼鏡をかけて少し茶髪な30代くらいの男の手を掴み
半分泣きそうな顔でキッとその男の顔を見つめている
「今、私のお尻触ったでしょ」
「違う!俺はそんなことしていない」
「嘘よ。さっきからずっと触っていたじゃない!」
周りの乗客達も怒りの表情を浮かべ
男性客はじりじりと眼鏡男に詰め寄っている
「違う!言いがかりだ。俺はやっていない!」
「じゃぁ、誰が私のお尻を触った、というのよ!」
彼女の声はこの車両中に響き渡る
「俺は違うんだ、違うんだよ」
「おい、あんた。もう観念して次の駅で降りましょう」
ちょっと腕っ節の強そうな50代くらいの男性が
眼鏡男に近寄り、そう声を掛けた
「違うんです。俺は違うんです。信じてください」
「俺は?何言ってるんだ。変な言い訳するな!」
「本当です。俺は違うんです。」
「どう違うんだ!」
「・・・俺が触ったのは・・・彼女の隣に立っているあのおじいさんのお尻なんです」
半泣きの眼鏡男はそう言って崩れるように座り込んだ
乗客達の視線は一斉に
茶色のニット帽をかぶり
腰がやや曲がりながら
つり革にぶら下がっている70代くらいのおじいさんに注がれた
「・・・?」
どうやらそのおじいさん、難聴で今のやり取りをうまく理解出来ていないようだ
「僕は・・・若い女の子なんて興味ないんです。おじいさんに興味があるんです・・・」
眼鏡男は涙に溢れた眼鏡を取り外し、鼻水をすすりながら
小さな声でつぶやいている
周りの乗客達はどうしていいのか分からず
屈強男も口を半開きにしながら少し後ずさりを始めた
「じゃぁ、誰が私のお尻を触ったのよ!!」
先程よりもはるかに泣きべそになってしまった女子高生が
声高に叫び、眼鏡男を問い詰める
「・・・君には分からないよ」
「どういうことよ!」
「・・・君のお尻をなで回していたのは・・・男の子の幽霊だよ!」
「!!」
「さっきからずっと君の後ろにいるんだよ。学生服姿で色黒で。
今も別れたくないよ、と言ってるじゃないか。あんたの元彼じゃないのかっ?」
「ヒッ!」
明らかに先程とは違う動揺した恐怖の顔をみせる女子高生
思い当たる節でもあるのだろうか
周りの乗客達は一斉にその場から離れようとする
屈強男はバツが悪そうに別の車両に歩き始め
触られたおじいさんはそのままつり革にぶら下がり前を見つめている
ただ眼鏡男の鼻水をすする音だけが車内に響き
間もなく次の駅、という無機質なアナウンスがそれをかき消して行った
痴漢 とらまる @major77
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