42.【軋轢⑤】
「しかし、教会も遠い場所に礼拝堂を作ったもんだな」
隣を歩くハワードが呑気に声をかけてきた。
サンドラはそんな彼にため息をつく。
「元々は軌道列車で移動するのが基本だったんだから当たり前よ。こんな広い船を徒歩で移動しなきゃならない方が間違っているわ」
この船の全長は都市を程度軽く上回るほどの大きさだ。
船自体が1つの国といってもいい。
ヘクスの発見による科学技術の発展はそれだけ巨大な宇宙船を建造することを可能にしていた。
もし人類という種にもう少しだけ猶予があれば、地球上の人々をそのまま移乗させるような大船団が作られていたかもしれない。
種としての寿命が、文明の発展に追いつけなかった。
そう誰かが要したのを覚えている。
だから、この広い船に対してここまで少数の人間しか乗せることができなかったのだ。
「まぁ、そうなんだけどな」
「軌道列車の権限はサイモンに取られてしまったから……。この周辺にもサイモンのグループがうろついているかもしれないから、気をつけないと」
クレイドルが崩壊した後、6人のグループリーダーは各々の指針を掲げて船内に散っていった。
全乗員が団結して行うよう調整に調整を重ねて立ち上げたプロジェクトが崩壊した以上、人々は相容れない者たちと共にいるストレスよりも、それぞれのやり方で安息の道を求めた。
サイモンにとっては、自分の縄張りを作ることで自分を守ろうとしたのかもしれない。
「他のグループは元気なのかな」
「なに? 友達でもいたの?」
ハワードの呟きにサンドラは片眉を上げる。
これまで自分の身の上話などする余裕がなかったが、少しでも見えた希望への高揚感が2人をそんな気分にさせたのかもしれない。
「いない。けど、最初は皆一緒にいたはずなのに、クレイドルから別れた途端にまったく会わなくなっただろ? サイモンやスペンサーの連中とは会いたくないけど、シャーロットやメリッサたちのグループはどこに行ったのかなって」
「リーダーたちは準備段階からこの船の設備を知ってるだろうから、当てがあったんでしょ」
他のグループに対して明らかに排他的だった前者の2人とは違い、後者の2人は希望者を募ってクレイドルを離脱した。
その末で教会を選んだのがサンドラたちだが、シャーロットたちへ負の感情を持っているわけではない。
シャーロットなどはプロジェクト開始直後は15歳――あれから3年も経てば、立派な女性に成長しているだろう。
彼女は一言でいえば「生意気な天才少女」だったが、その頭脳は信頼に値するものがある。
今、彼女たちは何をしているのだろう。
ハワードの浮足立った雰囲気にのまれて、サンドラもそんなことを考えてしまう。
もし、もう一度手を取り合うことができたのならば、あるいは、と。
「おっ……追いついたみたいだ」
そこまで考えていると、隣のハワードが声を上げた。
見れば、通路に点在する休憩のための広い空間で、素体のオートマトンたちが整列している。
その手に持ったケースを開き、中身の黒い何かを組み立てながら。
「なにかしら。ちょっと様子が――」
そのときには、サンドラの思考のどこかで危険を感じ取っていた。
だが、状況を飲み込めない状態で引き返すことはできない。
オートマトンの集団に近づくと、彼らの前に2人の黒ずくめの男が立っていることに気づく。
「あぁ?」
それは、3年の歳月を経ても変わらぬ若々しさと獰猛さを兼ねた男だった。
思わずサンドラは彼の名を口にする。
「――サイモン……!」
「おっと動くな」
近づいてはいけない事態に巻き込まれる。
そう思ったときには、彼の銃口がこちらに向いていた。
サンドラの後ろで、ついてきた教徒たちから狼狽えることが響く。
「てめぇら。随分みすぼらしいナリだな? 教会の連中か?」
「わ、私たちは……」
「そ、そうだ!」
言葉に詰まったサンドラの代わりに、ハワードが答えてくれた。
サイモンの言葉には相手を畏怖させる凄みがある。
だが、彼の質問に答えなければ殺される。そういう男だ。
だからハワードはサンドラをかばうように答えてくれたのだろう。
「ここで何してやがる? ここらは俺らのテリトリーだぜ?」
テリトリー……――そんなものは、この船には存在しない。
本来なら彼らプロジェクトリーダーが担当業務ごとに権限を所有し、管理するはずだった。
それを艦内のシステムに掌握へと使い、隔絶させたのだ。
こんな時代まできてギャング気取りか、とサンドラの頭に血が昇るが、前に立ったハワードが冷静に言葉を返す。
「お、俺たちはクレイドルに行く途中だ。君たちの邪魔をしにきたわけじゃない。すまなかった。すぐに通り抜けるか、別の道を探すよ」
正直に話せば危害を加えてこないかもしれない。
それは目的のわからないサイモンに対しての返答としては模範的だ。
彼がその答えに興味を持っていなければ、の話だが。
「ふっ……ははははははは!」
突如、サイモンが腹を抱えて笑い出す。
大型の武装を身に纏った状態で、その重さを感じさせない動きは見事であり、同時に危険だ。
今の彼は黒いコンバットスーツを着たうえで、さらに外骨格による拡張兵装を装備していた。
彼の性格も相まって、とても友好的な存在とは思い難い。
「聞いたかよタッカー? クレイドルに行くらしいぜ」
そんな体で、サイモンは隣に立つ若い男の肩を小突いた。
ガキン、と硬い金属音がして、しかし、彼は体勢を崩さない。
タッカーと呼ばれた男も相当なものだ。
おそらく、ヘクス原体をその身に宿したサイモンのエネルギー供給を直に受けているのだろう。
「よくわかんねっすけど、ちょうどいいんじゃないっすか?」
「てめぇはわかってんなぁ」
――ちょうどいい……?
その言葉に、サンドラはすぐさま踵を返して逃げ出したくなってきた。
だが後ろには志を共にした仲間がいて、サイモンの価値基準ではその命は羽根のように軽い。
それをプロジェクト崩壊直後に起こったグループ同士のいざこざで嫌でも知っている。
サイモンはその巨体をハワードの前に近づけると、にやりと優越感に浸る笑みを作った。
それだけならば、よかった。
「な、なんだ?」
ハワードは困惑する。彼とてサイモンに楯突く気などさらさらないだろうに。
彼は、見せしめだったのだ。
「シッ……!」
ぐしゃっと音がして、サンドラの顔に生暖かい液体がかかった。
液体だけではない。何かの固形物も含んだそれを浴びて、サンドラは悲鳴を上げる。
「きゃあああああ!? ハワード!?」
すでに隣――いや、足元では、顔を殴り潰されたハワードの体が小刻みに痙攣しながら倒れていたのだ。
彼は自分たちを代表して話をしてくれただけだ。
サイモンに反抗的だったわけではない。殺す意味などないはずだ。
自分たちは銃を向けられただけでも怯え竦んでしまうような弱い人間たちなのだから。
「いいか? てめぇらは今から壁だ。このガラクタの前を歩け。嫌なら引き返してもいいぜ。次はこいつの試し打ちもできるしなぁ」
ご機嫌な様子でサイモンは左腕に装着した銃器をコッキングする。
この男は殺しを楽しんでいるのだ。
前に会った時にはもう少し理性の欠片を見せていたはずだ。
仮にも、彼はヘクスエネルギーに耐性がある人物として、それまでの人間には不可能だった数々の競技やパフォーマンスをこなしてきたスポーツマンだ。
出自は良いところではないとは聞いていた。だが、それよりも何かが彼を変えたのだろう。
ハワードの体の痙攣が収まり、金属製の床にゆったりと血が広がる。
人の命が失われたことをなんとも思っていない。むしろ娯楽の1つとでも感じているのだろうか。
彼が自分たちを舐めまわすように見るその顔は、怪物そのものだった。
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