40.【軋轢③】

 ここ最近、何か違和感がある。


 ヴィンセントはこれまで司教たちに言われた通りに仕事をこなし、教えを説いてきた。

 司教たちから重要な情報が降りてこないことも日常茶飯事で、その度にヴィンセントは叱責され、頭を下げてきた。


 だが、どういう訳かヴィンセントは神父という立場から降ろされず、結局は300年の時を超えてまで司教たちの下にいる。


 自分よりも有能で、実直な者などごまんといたというのに、だ。

 もしかすれば、司教たちにとっては自分のような人間の方が都合がよかったのかもしれない。


 しかし、最近になって、それが崩れ始めている。

 

 大司教はクレイドルにヘクス原体を譲る考えを表明した上、あの椅子から降りたいなどと言っていた。

 自分自身もテミスのことで頭に血が昇り、司教たちに歯向かってしまった。

 

 考えうるに、クレイドルと接点を持ったときからだろうか。

 それまで閉じていた教会という殻が破られ、内部に新しい風が吹き始めたのだろうか。

 

 果たしてそれは、良いことなのだろうか。


 ヴィンセントが考えに耽りながら廊下を歩いていると、複数人の誰かとすれ違った。


「む……?」

 

 普段ならば挨拶をされるはずが、それがない。

 いや、そもそも見慣れない姿かたちに、ヴィンセントは振り返る。


 廊下を歩き去っていくのは、全身が白い人型だ。

 人間ではない。オートマトンだ。しかも、人工皮膚にも覆われていない最低限の組み上げがなされたモデルだ。

 当然、髪もなく、人の外見に似せるという工程がなされていない。

 

 なぜあれが動いている?


 それが教会内に保管されているのはヴィンセントも知っている。

 司教たちが命令したのか?


「おい、お前たち……」


 ヴィンセントは考えていた違和感に重なるものがあって、声をかけた。

 すると、彼らはこちらに見向きもせず、廊下を真っすぐに歩いていく。


 おかしい。たとえヴィンセントに命令権限がなくとも、声には反応するはずだ。


「待て! お前たち! ――はっ!?」

 

 ヴィンセントは肩を掴もうと駆け寄り、気づいた。

 その手には古いアタッシュケースのようなものが握られている。

 

 他の者から見れば荷物を運搬しているだけのように見えるが、ヴィンセントは知っていた。

 

 あれは、かつて教会が様々な企みを腹の底に隠していたときの名残――あのオートマトンたちと共に保存していた銃器だ。

 とても古く、当時でも骨董品同様のものだったが、捨てる場所にも困る厄介なものだったことを覚えている。

 

 ヴィンセントは自分の中で危険を知らせる警鐘が鳴っていることを自覚していた。

 

 この様子のおかしいオートマトンの行動を邪魔したとき、最悪の事態が予測できる。

 自分のそういった嗅覚だけが鋭いことは、これまでの人生でわかっていることだ。


 危険なことにはできるだけ関わりたくない。


 そう生きてきた。


 故に今ここでヴィンセントがここでできることは何もない。

 しかし、彼らが向かう先がもし、クレイドルであれば――。


「テミス……!」


 ――そこには、最愛の娘がいる。


 彼女に危害が加えられることだけは避けねばならない。

 脳裏に浮かぶテミスの顔が、何に対しても無関心だった男の背中を押す。


 ヴィンセントは神父服が乱れるのも構わずに、礼拝堂に引き返すのだった。

 


 ◇   ◇   ◇



 アドニシアが来たことにより子供たちも落ち着きを取り戻した。

 今は【コーネリアス】たちを傍に置き、子供たちがここ2週間で彼女に話せなかったことを一生懸命にお話している。

 

 それをイーリスは離れた場所で聞きながら、メインルームのコンソールをチェックをしていると、不審なデータに気づいた。

 

「ねぇ、ベローナ。この反応、なにかしら?」


 声をかけたベローナにウィンドウを広げて見せてみると、彼女は目を細める。

 

「……なにかしら、と言われても、そもそもこれは何のデータですの?」

「サイモンの件の後から、【ポーターズ】が遠征したときにバラ撒かせてたセンサーよ。ほんとに砂粒ほどだから振動と熱くらいしか検知できないけど、一定間隔でバラ撒けば相互で中継して状況がわかるの。外部のことはまったくわからないから、念のために設置しておいたんだけど」

「あら、さすがはイーリスですわね」


 頬に手を当てて首を捻るベローナに補足すると、にこやかに褒められた。

 今は褒められるよりも助言がほしいところだが、イーリスは少し気分を良くして話を続ける。

 

「これが教会から人が来たときの反応。まぁ、足音だってすぐわかる波形だし、センサー自体が踏まれたら熱も検知してる。けど……」

「今のこの反応だと、まるで地震みたいですわね」


 表示されている波形はどれも激しい凹凸を繰り返していた。

 しかし、時間軸を引き延ばしてみると、それがどれも山なりを描いていることに気づく。

 

「いや、これ移動してる……?」

「移動していて、しかも、ことごとくセンサーに引っかかってるということは、方向はこちらということで確定ですわよね?」


 センサーをバラ撒いたのは【ポーターズ】の移動経路――つまり物資の場所からクレイドルへ通じるルート上だ。

 別々のセンサーに連続した反応があるということは、ベローナの言う通りこちらを目指していると予想できる。


「振動の波形から考えられる移動物体は?」

「……無限軌道式の重機。もしくは体重の重い人間か、オートマトン……それも大勢。それくらいしかわからないわ」


 なにせたまたま見つけた物資の中から活用したものだ。詳細がわかるような便利な仕組みではない。

 だが、ベローナにはそれで充分だったようで、目の色を変えてこめかみに指を当てる。

 

「ちょうど皆様がお部屋にいる時間でよかったですわね。【ストリクス】全機、コードイエロー発令。イーリス、予想できるルート上にキルゾーンを形成しますわ。警報は出さずに隔壁を閉鎖。領域ギリギリで邀撃するとして、予想時間はどのくらいですの?」

「や、やる気全開過ぎじゃない……? この間は良い雰囲気で話は終わったんでしょ?」


 纏う雰囲気を一瞬にして変貌させたベローナにイーリスは困惑する。

 

「それはそれ。これはこれですわ。敵が教会でない可能性もありますもの。わたくしも脅威度レベル5の装備で出ますわ」

「レベル5!?」


 脅威度レベル5――即座に全能力を駆使して破壊が求められる脅威と、ベローナは想定した。

 それはこの艦内において、人間同士の戦闘のみならず、パワーローダーやその他の機動兵器を投入する必要がある場合の対応レベルだった。

 

 この軍用オートマトンは、戦争をやろうとしている。

 

「ええ、ですからあまり領域内に踏み入られると仕事が増えますわ。それで、時間は?」


 ベローナは【ストリクス】に命令を出しているのだろう。メインルームに映る艦内マップを見ながら訊いてきた。

 イーリスは素早くセンサーの反応から移動物体の速度を割り出し、その大まかな位置を表示させながら答える。


「早くはないわね。現状の速度で60分。けれど向こうに感づかれたら……」

「配置完了は10分で出来ます。イーリスはわたくしの戦闘のサポートをお願いいたしますわ。貴女の力を、見せてほしいんですの」


 彼女の緑色の瞳が、イーリスを射抜いた。

 先日のサイモンの襲撃ではメインルームから離れていたせいで発揮できなかった能力――それをベローナは期待しているらしい。


 貧弱なフレームの代わりに、イーリスの武器は強力な演算能力だ。

 これまで、その能力は本来数百人で運営するクレイドルを維持するために注いできた。子供たちを育てる環境を整えるためだけに使ってきたのだ。


 だがこの数か月で、それだけではプロジェクトを……アドニシアを守れないとわかったのだ。


 イーリスは強い視線を返し、頷く。

 

「わかった。アドニシアがこれからレインたちに会いに行くって言ってるけど、中止にさせるわ」


 立ち上がってアドニシアに声をかけようとすると、ベローナに制された。

 彼女は子供たちの話に熱中しているアドニシアを横目に、笑みを浮かべる。

 

「いえ、それはそのまま続行を。ご主人様にもお伝えしなくてよろしいですわ。その代わり、ティアをご主人様の警護に」

「それだけで大丈夫かしら」


 その判断は軍用オートマトンとしての判断なのか、それとも彼女自身の自信の表れなのか。

 

 どちらにしろ、攻撃が予想される今の状況において、決定権はベローナにある。

 イーリスはその判断に必要な情報を処理し、伝えることが責務だ。

 

「大丈夫ですわ。あの子は私たちと同じなんですもの」


 大きく頷いて、ベローナはその笑みを大きくした。

 

 それは大人っぽい彼女にしてはとても無邪気で、余裕さを感じさせる。

 そして同時に、凶暴な獣のように見えたことを、イーリスは口にはしなかった。


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