21.【慟哭④】
ヴィンセントは自室のベッドに横たわり、天井を見つめていた。
隣で布の擦れる音がして、細い手が伸びてくる。
顔を向けると、暗闇でもわずかに光る青い双眸がこちらを覗いていた。
ヴィンセントの普段とは違う様子に気がついたのだろう。
テミスが体を近づけて、耳元で囁いてくる。
「パパ、なにか悩んでるなの?」
「あ、あぁ……少し仕事でね。無理を押し付けられてしまったんだ」
ヴィンセントは手で顔を拭いて、そう愚痴を零した。子供に言うことではないかもしれないが、他に言う相手もいない。
すると、テミスは腕を絡ませてくる。
「かわいそうなの……」
優しい子だ、とヴィンセントは思った。
その紫色の髪を撫でていると、顔を上げたテミスが訊いてくる。
「どんなことで悩んでるなの?」
「いや、テミスに話すことじゃ……」
他に良い言い方があったかもしれないが、ヴィンセントは思わず拒んでしまった。
仕事という現実に、テミスを触れさせることへの忌避感を感じたのだ。
だが、テミスはヴィンセントの腕を股に挟んですり寄ってくる。
「あたし、パパの力になりたい……。一緒に悩んであげたいのなの……だめ?」
その潤む瞳を見て、ヴィンセントは自分への献身的な心を感じた。
これくらいの話はしてもいいだろう、と思うままに話す。
「……クレイドルが――ああ、覚えているかい? テミスはクレイドルのことを」
「クレイドル……! うん! 覚えてるなの!」
テミスはクレイドルと聞いて、目を輝かせて顔を近づけてきた。
本来はテミスもプロジェクトに参加するため、用意されたオートマトンだ。
久しく聞かなかったその響きに興味を惹かれたのだろう。
「どうやら残ったオートマトンが何かをしているようなんだ。それを調べろと言われてね。しかし、私がシステムにアクセスしても全面的に閉鎖されたままなんだ。人をやって調べろと言われても、入れないんじゃどうしようもなくてね……」
「そうなんなの……」
テミスはヴィンセントの胸に顔を埋める。
絡めた指をしばらく握り合ってると、ふとテミスが顔を上げた。
「普通に入れてって頼むのは駄目なのなの?」
「入れてくれるかな……。彼らは今、臆病になっているようだし……」
クレイドルはサイモンのグループの襲撃を受けた後、沈黙を保っている。
武闘派のサイモンらと戦闘になったのだ。相応の被害は受けていると見ていい。
相手がオートマトンの集団とはいえ、そんな状態で外部の人間を受け入れるとは思えない。
しかし、テミスは首を横に振った。
「じゃあ、助けてって頼むのなの。ここの人たちの生活が楽じゃないのは本当だし、もしクレイドルに戻りたい人がいるなら、行ってもいいよって」
急な提案に、ヴィンセントは顔をしかめる。
先日のレインたちは教会での生活環境に嫌気が差して離脱したのだ。建前だったとしても、同じように逃げてきたなどと伝えれば、教会に不信感を持たれるだろう。
「それじゃ私たちが教徒の皆さんを虐めているようじゃないか……」
実際に教徒たちの扱いが不当であるのだが、それを認めるわけにはいかない。
それにテミスの案には肝心なことが抜けている。
目的はクレイドルの内部調査だ。
人を使っても情報が来なければ意味がない。
しかし、テミスもそれをわかっていたようだ。待ってましたと言わんばかりに体を起こして、ヴィンセントの上に跨った。
「いいなの。ここのみんなが頑張って生活してることを知ってもらうのなの! そうすれば、徐々にクレイドルの人も少しずつわかってくれるなの!」
そう力説するテミスを、ヴィンセントは呆気にとられる。
確かに、こちらが素直に生活が苦しいことを伝えれば、彼らの警戒は和らぐかもしれない。
レインたちを受け入れたことからも、決して拒否されるとは限らない。
知らずのうちに司教たちの言動に感化されていたのだろう。
教会側が下手に出るという発想が、ヴィンセントには思いつかなかった。
「それでね。もちろん、あたしたちもクレイドルの力になってあげて、仲良くなるのなの! そうすれば向こうの人たちも教えてくれるのなの!」
テミスが両手を広げて高らかに言うと、被っていた毛布が落ちてその肌が露わになった。
ヴィンセントはその姿に、神の使いである天使を思い浮かべる。
純粋で邪気のない案――ゆえに教徒たちの共感も得られやすいだろう。
「なんだか道が見えてきたする。テミスはすごいな……」
言いながら、ヴィンセントは惹かれるようにテミスの肌に触れていた。
心の靄が晴れたような気持ちに、声を高くする。
「えへへ、そうなのなの?」
褒められたテミスは歯を見せて笑い、ヴィンセントの胸板に顔をこすりつけた。
「ああ、お前は本当に天使のような子だ。愛しているよ」
「ふふ、あたしもなの」
そうして、再び吐息だけが部屋にこだまする。
◇ ◇ ◇
その次の日、礼拝の後にヴィンセントは教徒たちを集めた。
彼らにはまず、クレイドルに関しての一連の情報を伝える。
今は隔壁を閉じられていて、自由に出入りができないこと。
レインとジャスパーがそこに保護されているようだということ。
そして、クレイドルプロジェクトが継続されているかもしれないということ。
「人工子宮が……起動したのですか!?」
最後の話に、教徒たちが驚く。
「わかりません。今のクレイドルを動かしているのはオートマトンが主体だと聞き及んでいます。私も、彼らにそんな権限が与えられているとは思えないのですが、それを確認する価値はあると思っています」
ヴィンセントの話に、教徒たちは頷いた。
彼らは最初から人類の再興などに興味のない司教たちと違い、元は献身の心で参加を希望したものたちだ。
プロジェクトへの関心は高い。
「我々も、もしプロジェクトが継続されているのであれば、彼らに協力すべきでしょう」
しかし、とヴィンセントは言葉を紡ぐ。
「不甲斐なくも我々は貧しい。私たちにできることは限られているということも現実です」
ヴィンセントの言葉に、教徒たちは無言を貫いた。
少しでも余裕があれば、熱心な教徒はクレイドルへの「施し」を推進しただろう。
だが、その声が上がらないということは、それだけ教徒たちは追い詰められているということだ。
「だとしても、我々は心までも貧しくなったわけではない。まだ我々にも成せることがあるはずです。それを知るためには、まずは彼らに接触をしなければならない。これに名乗りを上げてくださる方はいらっしゃいませんか」
ヴィンセントは教徒たちを見回して呼びかける。
彼らは互いの顔を見合わせて、その言葉の意味を確かめ合った。
すると、一人の教徒が手を挙げる。
「神父様、クレイドルが隔壁を閉じているのなら、我々の施しを拒む可能性もあるのでは……?」
「かもしれません。ですが、こう考えてはいかがでしょう。施しではなく、共に歩む一歩として、我々を知ってもらうことが目的であると」
「知ってもらう……ですか」
「はい。これまで我々は苦難に見舞われてきた。クレイドルプロジェクトを諦めたことも、苦渋の決断でした。それをオートマトンたちに伝え、友愛の心を持って接するのです。人類を再興させるために300年の時を超えた、同志として……」
これは司教たちの考えではない。彼らは建前であったとしても、オートマトンを同志などとは言わないだろう。計画当初は人工子宮の存在すらも否定的だった彼らが、科学技術で作り出された存在を対等な者として認めるはずがない。
これはヴィンセントがテミスの案を受けて考えた、教徒たちを納得させるための方便だ。
しかし、それが教徒たちの心に響いたのだろう。
やがて、ぽつぽつと手を挙げる者が現れる。ヴィンセントの予想では全体の1割程度が希望すればよい方だと考えていたが、その勢いは止まらない。
結果、クレイドルへ赴くことに名乗りを上げたのは全体の半分弱にまでのぼった。
予想以上の数だ。
「感謝します。しかし、いきなりこれだけの人数が押しかけては彼らも驚いてしまうかもしれない。……そうですね。皆さんで話し合い、まずは2人ほど選出してください。そこから徐々に協力する方々を増やしていくこととしましょう」
ヴィンセントは考えるふりをして、そう決断する。
これもテミスと事前に希望者が多かった場合を想定して決めていた案だった。
頭の固い老人たちよりも、よほどテミスの方が柔軟な発想を持っている。
もしかすれば、オートマトンに排他的な司教たちこそ、淘汰されるべき存在なのかもしれない。
ふとそんな考えが浮かび上がってきた。
ヴィンセントは頭を撫でて、自分を落ち着かせる。
考えた案によってたまたま潤滑に事が進んだからといって、下手を打つべきではない。
まずは司教たちの言う通り、クレイドルの調査を進るべきだ。
人間とオートマトン、どちらが人類の未来を担うかなど、ヴィンセントには興味がないのだ。
どちらであっても自分とテミスの身が保証されていれば、それでいいのだから。
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