07.【脈動②】
ここはクレイドル――計画名と同じ呼び方をされる、私たちの家だ。
その区画でもこの一番大きな部屋をメインルームという。ここには映画館みたいな超巨大モニターやら人工子宮などがあり、その名の通り計画の中心を担う部屋だ。
そして、生活に最も欠かせないもの……エネルギー源を司る機械を、私は目の前にしていた。
「では、このケースの中に入れてくださいまし」
丁寧なお嬢様言葉で話す金髪のオートマトン――ベローナが私を促す。
彼女が開けた透明な蓋の中には、緑色のジェル状のシートがあって、つっついてみるとぷるんぷるんと揺れた。なんだかスライムみたいだ。金属製の機械と一緒になっていると、そのアンマッチな見た目はちょっと不気味に見える。
「なんか気持ち悪いね~。これ……」
そんなことを言いつつポケットから六角形の結晶を取り出し、さっそくケースに入れようとすると。
「それ、ご主人様が使わなくてよろしいんですの?」
ベローナが本当にいいのか、というふうに聞いてくる。
と言われても、その選択肢は一番
だが、一応このヘクス原体について、どういうものなのかは興味があった。
「私が使うとどんなことができるの?」
「なんでもできますわ」
なんでもて……。随分大雑把な答えに、私は冗談めかして言ってみる。
「じゃあ……空でも飛ぼうかな~?」
「できると思いますわ」
「だよね~……ってえぇ!?」
返ってきた答えに、私は天井に響くほどの大声を出してしまった。
「空だよ!? 魔法じゃないんだから!」
上を指差しながら騒ぐ私に、ベローナはため息をつく。ちょっと顔が得意げだ。説明したい欲がすごい。
「いいえ、ヘクスは単なる電力や熱量を生み出すものではありませんわ。本来は着用者の望む事象を、マザーコアから11次元空間を通して得られたエネルギーを使って実現しようとするのが、ヘクスの役割なのですから」
「ンンン……専門用語ォ……! 事象って?」
正確な意味を知らない単語を並べられつつも、私はなんとかベローナの説明に食いついた。すると、彼女は手のひらに静電気っぽいバチバチとなる球体を生み出す。
シールドだ。目覚めた当初は300年以上、トレンドに置いていかれていた私でも、そろそろこの時代の常識には慣れてきている。
「わかりやすいところが、この電磁シールドですわね。これは元々着用者が『身を守りたい』という強い感情にヘクスが反応し、発動したものですわ。それを他の人でも発動できるよう分析した結果、一般市民やオートマトンでも使えるようなポピュラーな技術になったんですの。ヘクスの出現で人類の科学技術が飛躍的に向上したというのは、そういう仕組みなんですわ」
「……じゃあ、私がすっごく空飛びたーい! って思ったらそういうのができる?」
「ご主人様の中にある『飛ぶ』のイメージによりますわ。鳥のように羽ばたきたいと思えば、羽のようなものが現れるかもしれませんし、ロケットみたいに飛びたければ足の裏からジェットでも出るかもしれません」
「アバウト!」
「ええ、だからヘクス原体はなんでもできて、しかし、強い感情、一貫した方法、確固たる結果が頭の中になければならない。魔法のようなものなのですわ。その出力を下げて、安定させたものがわたくしたちのヘクスですの。元はものすごく得体の知れないものなのですわ」
ベローナは両手を上に向けて、やれやれと話を終えた。
「結構、ファンタジー的なアイテムだったんだね、これ……。でも、それならなおさら、ここの電池になってもらった方がいいかな。私の担当、育児だし……」
「あら、残念ですわ。わたくしに任せてもらえればもっと強くなれましたのに」
「ベローナがこれ以上強くなっても、戦う相手なんかいないと思うな~……」
頬に手を当てて言うベローナに私は呆れる。
そもそもベローナは軍用のオートマトンだ。ここにいる全員で力比べをしたら、ベローナは余裕で優勝できる。目の前のご令嬢チックなオートマトンにはそれくらいの出力があった。
「そうでもありませんわ。わたくしだって、陸戦ユニットの一個師団に襲われれば危ういかもしれませんもの」
「それはもう実質最強って言ってるようなもんだよね!?」
一個師団というものがどれくらいの人数かは知らないが、少なくともこの船の中で稼働しているオートマトンを全部合わせても足りないことくらいはわかる。
というか、そんなんあってたまるかという感じだ。そんなエネルギーがあるなら今すぐ停止させて、省エネ生活をしている自分たちに回してほしい。そろそろこの薄暗い照明や、湿度を取り切れない空調とおさらばしたいのだ。
だからこそ、これを返してもらったんだから。
私は緑色のぷにぷににヘクス原体を張り付ける。すると、六角形の結晶から細い脚のようなものが無数に生えて、幾何学模様ようにそれを伸ばした。
「うわぁあぁぁ! キモぉぉぉぉ!」
思わず声を上げて私は後退る。チキチキと脚を伸ばすそれは、まるで生き物のようだ。私はぞわっとするような感覚を覚えて、体をさすった。
しかし、気がつくと周囲が明るさを増している。見ればヘクス原体が眩い光を放っていた。
エネルギーがいくらか回復したのだ。
「うわぁ! これでロックされてた部屋も開くんじゃない? 子供たちの一人部屋とかも作れるかも!」
両手を上げて喜ぶ私を、ベローナがくすくすと笑う。
「一人部屋なんて、まだあの子たちは寂しくて眠れないですわ。……ご主人様もご一緒できたらいいですのに」
「寝相が悪いからダメなんだよね~」
たはは~、と私が後ろ頭を掻いてみせると、ベローナは急に体を寄せてきた。背が高く、腕も足も長い彼女に、私は包むように抱きしめられる。
「きっといつか、悪い夢も見なくなりますわ。そうしたら同じベッドで眠りましょう?」
「べ、ベローナが言うとなんていうか……。エロいんだけど……」
言いつつ、私は自分の顔が火照るのを感じていた。いや、女性同士でも耳元でそんなことを囁かれたら、誰だってそうなると思う。特にベローナみたいに妖艶というか……大人な女性の魅力ムンムンな人に言われればなおさらだ。
「あら、そのような発言は教育上、よろしくないのではなくて……?」
「それはこっちのセリフなんだよね!」
一応、うちには男の子が二人いるので心配になってきた……。思春期になったらちょっと考えよう。ちょっと何か間違って性癖をクラッシュされでもしたら、せっかくの計画が破綻しかねない気がします。
笑いながら「冗談ですわー」などと言っているベローナをジト目で見つつ、私はそんなことを考えるのだった。
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