シルクロード・ルナティック
Yukari Kousaka
俺にロードスターを売った女は俺を狂ってるって言った。ルナティックだねって。
そうかもしれない。こんなに一人の人間に固執するのはこの世界で俺一人だったかもしれない。生温かくて小綺麗な
ありがとな、サーシ。そう言われたあの夜、俺は報われた、と思った。ドライヴにうってつけの夜だ。
この世界は端的に言ってクソだった。悪意に満ちてなかったら何なんだってくらい熱くて冷たい砂漠。痛いくらい強い風。
そんなときに出会ったのが女だった。女は運転席のある車を売っていた。「狂ってるでしょ」と女は左の八重歯を光らせて笑った。ロードスターの鍵を指でぶんぶんと振り回しながら。「いまどき運転席のある自動車なんて悪趣味だよね。事故を起こすかもしれないって言ってるようなもんなんだから。でも、それがいい」
でしょ、と女はまた笑った。俺が強く頷くと今度は声を出して笑った。俺の背中を力強く叩きながら。良い。とても良い。生易しい
「運転は教えたげる。前世代のおじいちゃんから教わったから、バスでもピックアップ・トラックでも何でもござれだよ」
女の運転は実際上手かった。人工知能よりもよっぽど滑らかに縦列駐車をやってのけた。俺は女に横に乗ってもらいながら、
「ねえ、なんでそんなに車にこだわるの」
女はある日俺にそう訊いた。俺がパック入りのグレープフルーツ・ジュースを女に奢ってやって、休憩している時だった。俺は躊躇いながら、ジュンジェと世界のことを話した。グレープフルーツ・ジュースを音を立てて飲み切ってから、女は言った。狂ってる。ルナティックだね。
ルナティック。その使い方が合っているのかは俺にも分からない。でも確かにそうかも、と俺は返した。怒りとかは無かった。ルナティック、繰り返した女の顔もまた真剣だった。冗談めかすでも、憐れむでもなかった。俺はその目を見つめ返した。長らく見ていない夕焼け空みたいな色の瞳だった。
「でも、それがいい。君の、そういうところ」
ややあってから、ロードスターを薦めたあの時みたいに女は笑った。俺は驚いて女を見た。女はまだ笑っていた。それがいい?
「狂ってていいじゃん。狂っててね、ずっと」
そして、その子を救ってあげて。
この世界は端的に言ってクソだった。悪意に満ちてなかったら何なんだってくらい熱くて冷たい砂漠。痛いくらい強い風。
でも、だからこそ、俺はジュンジェと生きてゆける。ずっと狂ったままで。
「
俺がジュンジェに言ったことだ。そして、ロードスターを売った女が俺に教えてくれたことだ。俺たちは分断されていない。俺と、ジュンジェと、それからあの女が、まだこの世界には存在している。その希望と、ジュンジェへの愛を抱き締めて俺は何度でもアクセルを踏む。このキラキラ輝く高速道路は、ジュンジェと走る高速道路は、俺の中で一番綺麗で、一番好きなものだから。
シルクロード・ルナティック。ありがと、ユーラシア。
シルクロード・ルナティック Yukari Kousaka @YKousaka
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