第4話 素人だから極端に走るし採算という言葉は辞書から消えている




 この国において芋と栗は長らく貧困の象徴として扱われた。らしい。


 真っ白で柔らかいパンが豊かさの象徴であるように、茹でた芋と栗は特に富裕層にとって屈辱的な食料なのだと宮廷料理長は教えてくれた。

 大麦やライ麦ですら屈辱。燕麦など家畜の餌。

 飢饉の際に「芋や栗は民草のためにこそ」と餓死を選んだ貴族の逸話が教科書に載っているほどで。美談扱いで。高貴なる精神の象徴として。コボルト族が芋や栗を好んで食っていたのも無関係ではあるまい。

 外の国は、ここまで極端ではないとは聞くが。

 面白くない話である。


 前日に振舞った甘藷犬芋入りの粥は、そういう意味で政治的に重要な転機だったそうで。自分、死を賭して国王を諫めた事になっていると今朝になって聞かされた次第。

 いやいや美談じゃないから。

 教科書に載ってる貴族の偉人エピソードを真っ向否定じゃねーか。

 ここまで麦狂いなのは我が国の貴族階級のみらしく、庶民もほとんど知らない。田舎の農村では雑穀主体で、芋も栗も季節の味覚として受け入れなければ生きていくのは難しいからだ。甘味の主体となってる麦芽糖も、芋や雑穀原料のものが庶民には普及しているし。

 そっかー。である。

 庶民しかも冒険者としての感想は。


「アレックス殿、その薄紫色のポタージュ……の原料は?」

芋頭タロイモ


 こひゅっと小さな悲鳴が聞こえた。

 どうされた宮廷料理長殿。これは胃腸の衰弱した賓客に向けた食事なので、御貴族様が喰う必要は皆無ぞ?

 甘藷と蓮の実も加えているがね。リボー商会から氷砂糖を仕入れたし、ココナッツミルクが外の国では割と親しまれてるようで一安心。調理手順はそれほど面倒じゃないのは見ての通り。

 物足りなかったら、寸胴鍋に沢山作ってるんでお代わり自由と伝えてくださいよ。

 ……

 ……

 食べたい、っすか? 貧困の象徴っすよね、芋。庶民フーズっすよ。

 はあ。

 侯爵領でも評判の仕立て屋の、御隠居様? 礼服やドレスの細かな直しのために王城まで足を運ばれたと。それは、それは。粗末な物ですが、どうぞ。

 うん。

 栗も追加。餅も是非? 喉に詰まらせないように小さくまとめたものですが、香ばしく焼き目をつけておきましたんで。

 えーと、ドッグレース会場で時々見かける自称ホスト崩れのお兄さん? はあ、今回はとある未亡人の付き添いで来た? 良い匂いがするからやってきた? 貴族じゃない証拠に背中の入れ墨もんもん見せるとかそういうパフォーマンスも間に合ってます、間に合ってるから脱ぐなって言ってんだろ。黒豹系の獣人だから無駄にセクシーだぞこいつ。


「すまんな。オレが芋粥を三杯も平らげたと聞いたようでな」


 おや、旗本の三男坊様。

 旦那が発信源じゃあ仕方ないっすね。

 余った分は甘味を足して、南瓜の団子と栗をマシマシにした芋汁粉にしましょうか。


「お待ちくださいアレックス様」


 はい、なんでしょうメイド長様。

 笑顔がとても素敵ですね?


「貴族の小麦至上主義は、あくまで主食に限定された概念でございます」


 そうなんすか。

 後ろの方で三男坊様と御隠居と遊び人が首をぶんぶん振ってるんですが。


「貴族の殿方の間ではそうかもしれませんが、貴族女性の間ではもはや形骸化して久しく。ええ、半年ほど前に豆腐花トウファと呼ばれる甘味が誕生し、その衝撃は国内を駆け抜けました。甘味に貴賎無し。無限の可能性がそこにはあるのだと」


 ……

 ……

 前世審問で、宿場町にある神殿で振舞ったデザートっすね。それ。

 庶民発の甘味、席巻しましたか。

 されたんですね。

 メイド長、視線をそらさないでください。


「リボー商会よりコボルト族の集落にて振舞われた甘藷の仔細を伺いました。王都門番に振舞われた黄金色の芋羊羹についても、聴収済みであります。

 芋。

 芋でございます。

 その芋が、不思議な粥となって晩餐会にて体調を崩された方々の胃腸を癒し回復させた。滋味と慈悲。これは奇跡。これは神意。過去に不幸な出来事に巻き込まれ、最後まで共にあった忠義の一族。それを野蛮な犬鬼と呼ぶことの、なんと無意味な事。彼らが育んできた芋がなければ我らは賓客の皆様を失意失望の中で喪っていたでしょう。

 殿方が省みないのであれば、我らが。君が省みられぬというのであれば、臣が。

 故に我らは知らねばなりません。

 芋の力を」

『長い、三行で』


 芋美味いっすね。

 男共じゃ話にならないから貴婦人やメイドが全面支援するからさ。

 芋汁粉もう振舞っちゃえYO☆


『なるほど主殿、我も芋汁粉を所望する』


 療養中の賓客より空の食器を回収してきた鷲馬娘ヒッポグリフが元気よく手を挙げた。


『それとな、主殿。例の本家酒場の虐殺者意識高い系の女、また逃げておった』


 あれは魅了系とか転移系の異能持ちじゃなと汁粉を啜る鷲馬娘の横で、三男坊様と御隠居と遊び人が茶を噴いていた。




▽▽▽




 食中毒で死にかけた賓客の多くは体調が回復したと聞かされた。

 ごく一部、回復すると普通の食事に戻ると言われて仮病を訴えた他国王族もいたが、神殿からの手厚い治療と腕ひしぎ十字固めによって説得された。

 宮廷料理人の皆さんは毎日タロイモの皮を剥いている。

 温かい芋汁粉の破壊力は想定以上だったようで、


『心なしかメイドやおねいさん達の肌艶が輝いているようであるな主殿』

「芋頭は食物繊維豊富だからお通じに困ってる人には適しているし、甘藷に比べて食べても太りにくいっす」

『つまりメイド達は便秘だったと』

「もう少し言葉を選ぶっすよ」


 途中メイドさん達のお仕置きにより鷲馬娘の食事が飼い葉オンリーになる一幕もあったが、概ね平穏だったと思う。

 

 脱獄した連中については、捜査が難航している。

 二度の脱獄と狭間の尋問で情状酌量の余地なしと判断されたのか、関係者の処分が早々に発表された。

 一番悪質とされたのは商業組合の人間で、魚竜の浮袋を横流しして空間拡張袋マジックバッグを作成し利益を懐に入れてしまったのだから救いようがない。しかもこいつは商業組合の組織力を利用して「冒険者のアレックスという男は珍しい食材を持ち出して注目されただけの素人だ。料理人としての才能技術に乏しく、美的感覚は壊滅的で雑な料理しか作れない」という宣伝活動を熱心に行っていた。魚竜の浮袋の件についても「本家を妬んだアレックスが盗んだに違いない」と最初は強弁していたそうで。

 これには冒険者組合もチーム「戦慄の蒼」メンバーも激怒。

 リボー商会の皆さんに、隊商に同行していた前世審問官様や神官様まで不快を表明している。根拠に基づかない悪評を流したこと、それを把握していながら意図的に見逃していた商業組合の責任は決して軽くない、と。商業組合は渦中の人物が現在も逃走中と主張しているが、それを素直に信じる者はいない。


「本気で逃げる気なら、新天地まで一目散だろう。反撃を受けない安全圏から一方的に殴りつけるのが彼らの戦法。

 だが高跳びするための財産は二度の逮捕拘束時に没収され、逃げ込むべき主要国からは絶賛指名手配中。商業組合上層部は組織存続のために彼らを切り捨て、冒険者組合は連中が悪評を流してた時から全面抗争の姿勢だ」


 仕込みを手伝いながら物騒なことを口にしているのは、王城ダンジョン前の冒険者組合併設酒場のマスター氏。


「商業組合に銀貨積まれて後援を表明していたのは、海運で財を成した伯爵家だ。実態としては名義貸しに近いようだが、事故判明直後に爵位と領地の返上を申し出て当主が城内の貴族牢に自主的に入っている」

「情状酌量の余地はあるっすか?」

「商業組合側は伯爵が主犯かつ実行犯であると訴えている。伯爵夫人に子息子女ついでに従者まとめて冒険者組合で保護中だ」


 つまり冒険者組合は徹底的に商業組合を相手にするわけだと、マスター氏は笑う。

 膀胱の緩いヒトが夜中に直視したら大変なことになる笑顔だ。


「商業組合としては彼らには可能な限り遠方に逃げてほしい。だが当事者は素直に立ち去るような性格とは思えない」

「最悪のタイミングで仕掛けてくる可能性があるっすね」


 仕込み中の食材に視線を落とし、嘆息する。

 種々の乾物を水に漬けたり茹でたり洗ったりすること数日。

 並行して赤身肉や鳥の肉を素材として、澄んだスープを仕込む。己が持つ前世の知識と仲間の魔法を借りて、濃厚な旨味の液体を作り出す。


「山海の珍味をこれでもかと壺に詰め込んで、極上のスープで満たして壺ごと蒸し上げる。準備の手間を除けば、驚くほどシンプルな料理っす」


 材料費も手間賃も考えたくないがねとマスター氏は、土魔法で作り上げた巨大な蓋つき壺を見る。壺と蓋の隙間に麺生地を貼り付けて密封されたそれは、ヒトの背丈よりも一回り大きい。屋外に設置した巨大な蒸篭を用い、半日ほどの時間をかけてじっくり蒸し上げる。

 スープ料理ではあるが、ぎゅうぎゅうに詰め込まれた山海の珍味を食すのが本質の料理でもある。鮑や貝柱をはじめとする何種類もの貝の乾物が、魔魚の浮袋が、ヒレが、皮が、軟骨が。竜脚鳥の手羽肉が。鎧猪の腿肉の塩漬けが。水魔ケルピーの背肉と飛竜ワイバーンの尾肉が。竜の鱗が。

 煮込まれる。

 蒸し煮にされる。

 その皮その身その肉その骨に蓄えられた滋養が壺の中に放たれていく。種族によって毒となり得る香草類を外した代わりに、薬効ある果実を漬け込んだ酒を僅かに加えた。穀物由来の蒸留酒もまた酒精を飛ばした後に足してある。

 色は濃くなれど濁りは皆無。

 大雑把なようでいて、繊細な配分。

 材料はすべて見せた。作業も手伝ってもらった。仕込みの幾つかは完全に任せていた。屋外に設けた特別製の竈と蒸し器に壺を乗せて蒸し上げている最中だが、隣に立つマスター氏の顔に余裕はない。偽者一味に対して抱いていた怒りも今は半ば霧散している。


転生賢者ワイズマンアレックスよ、こいつは一体全体なんて料理なんだい」


 そういや伝えてませんでしたっけ。

 原型なんて残っていないようなモンですけどね。

 佛跳牆フォウチャオチャン

 悟りを開こうと修業してる菜食主義者ヴィーガンも今日はチート・デイだって叫びながら突撃してくるような、煩悩を凝縮したスープ料理っすよ。




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