第2話 伝説の料理人とか罰ゲームみたいな称号で呼ばないでください




 数か月ほど前の話。

 とある宿場町と王都の二か所で、ちょっとした騒動があった。


 曰く、前世の記憶を取り戻した冒険者が審問官相手に凄まじい技術で大暴れ。

 曰く、王都に乗り込んだ件の冒険者がダンジョン入り口でまたもや大暴れ。

 ついた仇名が酒場の虐殺者パブスローター

 そいつは堂々と王城を抜け出し、誰にも邪魔されることなく国外に脱出したそうな。


「なにその伝説の兵法家ひょうほうかみたいな武勇伝」


 もしくは武侠の類か。

 国外脱出すらしていないんだが。

 介抱した兵士から事情を聴き、情報を整理したらこうなった。


「自分、魔物使いで支援職っすよ。王都ダンジョン攻略できるような冒険者や騎士様相手に敵う訳ないっすよ」


 護衛任務の合間、鷲馬娘ヒッポグリフの食費を稼ぐために適度に狩りを行った程度。魔馬から鷲馬に変化したことで肉も食えるようになったからね。魔獣形態ではなく人化して食事するから、野趣あふれる素材丸呑みプレイはお気に召さない。人化してると成人間もない娘さんだから、口の端から野ネズミの尻尾が覗くのは視覚的にもよろしくない。


 王都不在時の行動については冒険者チームのリーダーであるエグザム氏と護衛したリボー商会のイズル氏が証言してくれた。コボルト族の集落で得た錫製品が割と決め手になったようで、あーあの辺鄙な場所までご苦労さんと労ってくれた城門の責任者の方には感謝と共に芋羊羹を進呈した。無論コボルト族の集落で貰った甘藷を原材料とした一品である。

 見た目は賽子大の金塊なので、光り物が好きな鷲馬娘も興味津々である。


『……おお、これが賄賂であるな』

「今日のおやつの試食、その御裾分けっす。善意の納税者からの差し入れっすよ」

『兵士共が物凄い貌で先程の御仁に食いつきそうである』

「おっと、羊羹によく合う焙じ茶がありますんで、御一緒にどうぞ」

『おおお、兵士共の負の感情が増々すごい事に』


 殺気さえ滲み始めた空間で平然と芋羊羹を平らげた責任者の方の胆力、凄まじいの一言だね。どれだけの修羅場を潜り抜けたのやら。




▽▽▽




 隊商護衛の依頼完遂という事で、自分が所属する冒険者チーム「戦慄の蒼」は王都城内にある冒険者組合に報告書を提出した。

 依頼主からの評価もそうだが、道中の異常や行程上の問題などについて詳細に報告すると追加報酬が発生しやすい。土砂崩れや水害で街道が塞がれることもあるし、耕作放棄地に流民が住み着いたりモンスターの巣に変わることもあるのだ。

 地図情報は常に最新のものを。

 これは冒険者組合のみならず国とも共有される情報なので、植生の変化や珍しい動物の発見についても報酬規程が存在する。今回はコボルト族の集落に関する情報が大幅に更新され、商業組合主導の大々的な交易を先方に打診することすら視野に入れているようだ。


「と言うわけで自分は無実っすよ。以上、閉廷」

「うん。王宮に捕まってたのは『酒場の虐殺者』を自称する料理人。商業ギルドには半年前に登録してるけど、出身地不明。中堅商家の次男と手を組んで奇抜な料理を屋台で売ってて、王都の一流料理店を相手に味勝負を仕掛けたりしてた」


 長旅の土産を顔見知りに配った後、冒険者組合に併設する酒場のマスターが教えてくれた。夜の仕込みを手伝わされたけど。


「有名な方っすか」

「お前さんの料理を再現しようとして成功できた、数少ない一人かな」


 へえ、と変な声が出てしまう。

 家庭料理に毛が生えた程度のモノが多かったが、完成品から調理工程を逆算するのは決して容易ではないものを作ったつもりだ。最後の方は宮廷料理人が持て余していた謎の乾物だらけだったし。


「植物油は高いと聞いてたのに、よく再現できたっすね」

「そいつは皮付き豚肉を柔らかく煮込んで甘辛く味付けしたのを屋台で売ってたよ。薄く焼いたパンに挟んで、キャベツの酢漬けを添えていた」


 おお。

 質を問わなければ豚の肉は比較的安く出回っている。調味料さえ確保できれば大量生産も難しくはない。寄生虫や病気が怖いので、口にするならば徹底的に加熱したものが望ましい。しかもおそらくは薄皮の無発酵パンに挟んでピクルス代わりにザワークラウトを添えるとか、アレンジ力に溢れてる。


「それで、その酒場の虐殺者さんはその後に何をやらかしたっすか」


 普通に屋台営業してるなら捕まる道理はない訳で。

 しかも王族相手の暗殺未遂とか、どう考えても死刑不可避案件じゃないか。


「実を言うと、そいつだけじゃない。酒場の虐殺人アレックスを自称する連中が何人も現れて、商家や貴族の家で料理を振舞ってる。奇抜でも美味い料理を作れたら本物である必要はないって考えるところもある」

「市井に埋もれていた才能を発掘したと考えれば、偽者騒ぎも黙認できる範疇であると」


 転生者が生み出した食材は沢山あるが、日常的に使えない物も多いから単価はどうしても高い。技術とアイディアがあっても普通の客商売では手を出せない食材もあるだろう。商家や貴族の支援を受けてそれらの料理人が扱える食材が増えたのだとすれば、何か月も王都を離れていたのは勿体なかったかもしれない。


「香草をまぶして焼いた仔羊の背肉、骨付きのまま窯で大胆に焼いた仔羊の脚肉。鮮やかな彩の野菜を兎肉の透明なスープで冷やし固めた美しい冷菜。繊細極まりない蕪のポタージュ。薄切りにした林檎の砂糖煮コンポートを香ばしい木の葉と重ねた奇跡のような菓子」

「そりゃあ評判になるっすねえ」


 しかも一品ずつ提供するコース料理方式なんだとか。

 こちらの世界の宴席では前菜から甘味まで一度に提供して給仕に食べたいものを選ばせるスタイルだから、よほど洗練されたものと映ったに違いない。聞けば商業組合を巻き込んで四つ又のフォークやテーブルナイフなどのカトラリーを開発し、普及させるべく積極的に食事会という名目で既存の有名店と勝負していたらしい。

 王道だ。

 王道過ぎて感心するしかない。


「そいつは無事に転生者認定された。前世審問官とは悶着あったが、よくある話だ。そうして酒場の殺戮者サマとなったそいつはほんの数日前、諸外国の要人を招いた宴席を任されて――複数の王族含めた大使を療養所送りにして、一部は神官による蘇生処置を必要としたほどだ」

 

 当然ながらそいつは即時逮捕。

 拷問込みの尋問不可避という状況だったが、何者かの手引きで牢を脱出。

 前世認定時に後援していた貴族当主一家と商業組合幹部が代わりに拘束され、王都では現在「酒場の虐殺者」を詐称した者すべてが指名手配されている状況なのだとか。

 ……

 ……

 いや、これ自分関係ないよね?


「そうだな。偽者が勝手に表れて、本家とは無関係の料理で人気になって、国も王家も飛びついて起こした大惨事だ」

「自分、本職は魔物使いっすよ。組合にも登録して何年も経ってる」

「そうだな。今回の遠征、コボルト族の集落を襲った青肌の単眼巨人サイクロップスを従魔の力も借りずに討伐したとエグザム氏より報告を受けているよ」


 それ、酒場のマスターには明かされない情報っすよね?

 なんか後ろに立つ受付嬢さん達がドヤ顔で非常にムカつくんだけど。


「だから実力ある冒険者、オーガスタ出身の魔物使いアレックスに事態解決の指名依頼が届いている。君の作った飯の、熱烈なファン達からね」


 手渡された依頼書には、ハイソでロイヤルな方々からの署名が溢れていた。

 わー、すごいなー。


「ひとまず身体の弱った方々に滋養のある食べ物を作っていただけると有難い。食材は前回と同じように」


 台車を推しながら悲壮な顔で食材を運んできたのは数か月前に御世話になった宮廷料理人の皆さんだ。

 ところで鷲馬娘さん。

 雪降るほど寒いんだから、裏口から侵入したそこの不審者さんを捕まえといて。せっかくの暖房が無駄になってしまうよ。


『かしこまりなのである、主殿』

「ぐわーっ」


 あ、汚い悲鳴。

 断末魔にしないようにお願い。



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