冒険者アレックスは転移者っぽい女に敵視されたようです。

第1話 王都→宿場町→小麦子爵家領→辺境コボルト族集落





 冒険者の生き方は様々だ。


 隊商護衛を主体とする冒険者チームに誘われたのは、魔物使いとして仔馬を育てていた自分にはうますぎる話だった。リーダー氏の人柄を事前に知っていなければ逃げ出していただろう。なにしろ先方にメリットなど一切なかったのだから。

 馬という生き物は大飯喰らいだ。

 育てていたのが魔馬デモンホースという変わり種だったのもあって、冒険者としての収入の大半が彼女の餌代に消える。副業でなんとか食いつないでいた身としては、隊商護衛の仕事は渡りに船と言えた。


 旅暮らしというのも悪くないものだ。

 前世の記憶などという厄物に目覚める前も諸々の違和感を抱えて生きていた故に、故郷との縁は途絶えて久しい。それでも成人まで育ててもらった恩があるので、不定期に金や物資を仕送りしている。期待は最初からしていない。失望も怒りも抱き続けるにはエネルギーが必要なのだ。

 隊商護衛の仕事で余計な労力は使いたくない。

 前線に滅多に立たない支援職は意外と忙しいのだ。収納術のおかげで持ち運べる物資に余裕はあるものの、完全ではない。旅暮らしとは不便さとの同居生活だ。

 雪降り始めるような冬の日々も、楽しみはある。


「アレックス、焚き火の下からなんかいい匂いがするんだけど」

「コボルトの集落で甘藷犬芋を分けてもらったので、埋めて焼いてたっすよリーダー」


 野営地周辺を縄張として管理している二足歩行の犬こと妖精種コボルト族の集落を訪ねたのは半日ほど前。

 政争に敗れ辺境に追いやられた王族の従魔を祖に持つという彼の地のコボルト族は、芋とキノコを育てて暮らす温厚な一族である。麦が育ちにくい山間の土地を拓き芋を植えキノコを集めた当時の王族は、どれほどの傑物であったのか。魔物使いとして畏敬の念を抱かざるを得ない。


『あんまーいぞ、すごく甘いぞ。これは本当に犬芋なのか主殿』

「コボルト族が育てた犬芋ならではの甘さっすよ」


 ぱたぱたと尻尾を振って歓喜の声を上げているのは魔馬から鷲馬ヒッポグリフへと上位種新生を果たし、ついでに人化能力まで獲得してしまった我が相棒である。見た目は成人したての美しい娘なのだが、純粋というかおバカというか、上位種なりたての頃の傲慢さはすっかり消えている。

 犬芋は魔馬の頃からの大好物だ。

 今回コボルト族の集落で手に入れた芋は水分が多く長期保存が難しい品種で、それを産地の土倉でじっくりと熟成させた一品をお裾分けしていただいたのだ。蓮の葉に包み焚き火の下で一晩加熱したそれは、焼き上がった時点で一つの菓子として完成していた。


「いやいやいや、凄いですよ。これは」


 感嘆の声を上げるのは、今回の隊商を率いるリボー商会のイズル氏である。

 野営地を管理する異種族には定期的に挨拶をするのが旅人の流儀である。普段ならば見回りに来たコボルト族に岩塩を渡せば済むのだが、以前より魔物使いとして交流のあった自分は度々彼らの集落に足を運んで交易もどきを行っていた。

 収納術あればこその裏技である。

 もちろん今回も彼らの生活に必要そうな資材をたっぷり用意していたし、コボルト族の集落で入手したいものが大量にある。

 その辺を嗅ぎつけられたのか、冒険者も隊商メンバーも揃ってコボルト族の集落を訪問したいと言い出した。

 冒険者側は好奇心をくすぐられ。

 隊商側は、自分がわざわざ訪ねようとする理由を探って。特にイズル氏はコボルト族という時点でかなり懐疑的な態度を隠そうともしなかった。

 しかし青芋を原料とした独自の織物や、近場にある錫の露天鉱脈より掘り出し精錬した錫製食器を見るや面白いほどに隊商の面々は態度を変え、そして蒸し焼きにした犬芋がトドメとなったようだ。


「王国の伝承においては鉱毒を司る邪妖精の末裔とされ、ヒトに敵対的かつ知能の低い野蛮な種族と記されていたのに。一体何故」

「そりゃ政争で負けて国を追われた元王族を追いかけて一族丸ごと姿を消した忠義モンっすよ。よく書かれる道理はないっすよね」

「むう」


 勝った側が歴史を残すのだ。

 コボルト族も件の元王族も、イズル氏の祖国では悪魔の如き醜悪なものとして記録されているのだろう。ばつが悪そうにズレた眼鏡を指で押し上げる商人は、こちらが言いたいことを察してくれたようだ。

 もっともそれは冒険者側も似たようなもので、魔法職などインテリ側の連中ほど複雑な表情で手の中の犬芋を見つめている。


 割と直感で動く者達は、コボルト族の愛らしさに早々に打ちのめされていた。

 特に人狼である我らが冒険者チームのリーダー、エグザム氏はコボルト族の健気さと忠義に完全降伏した一人である。


「俺、マリオンが無事に還俗したらコボルト族の集落で宿を営むわ」

「外部からの客が滅多にいない場所で接客業とか自殺行為っすよリーダー」


 前世の記憶のちょっとした応用で集落のコボルト族を洗いまくった結果、ふわっふわのもっこもこな毛玉が誕生してしまったのは御愛嬌。金属補修用の簡易炉を用いて作った蚤取り用の頑丈な櫛も大活躍した。副産物である大量の抜け毛は洗浄と浄化を行い、香りの強い干し草と一緒に布袋に詰め込んだ。馬車移動中に尻が痛くならないようにと作成した座布団もどきのつもりだったが、幾人かが尻に敷かずに顔を埋めて深呼吸を繰り返している。

 うん、これはかなりあかんやつだ。


「可愛く着飾らせて、拙い喋り方で接客するコボルト喫茶とか王都で流行らせましょう。絶対に評判を呼びますよ」

「正気に返るっすよイズル氏」


 そんな感じで軽く混乱した隊商一行。

 コボルト喫茶は保留で済んだ模様。

 なおリーダー氏が冒険者を引退して宿の主になるかコボルト喫茶の店長になるかで王都に戻ったら婚約者のマリオン神官と相談すると本気で言っていた。誰か止めろよ。イズル氏も眼鏡光らせてないで。


 ところで。


 隊商護衛に同行していた自分だが、王都に到着するや兵士に拘束されたのは何故?

 しかも容疑が王族暗殺未遂とか。

 訳わからん。

 とりあえず鷲馬娘ステイ。ステイ。

 兵士を半数以上なぎ倒した後だけど、それ以上は過剰防衛だからね。

 会話をしましょう。誤解があったら解消しないとね。身に覚えのない殺人未遂で素直に逮捕されるほど冒険者は甘くないので。大丈夫。自分は落ち着いていますよ。落ち着いていますから、ね?



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