第7話

 ベッドの脇で鳴り続ける携帯電話は、義母からの着信だろう。

 しかし、千里はそれ取ろうとも思わなかった。というより、もう関わりあいたくなかった。

 義父に会い、全てのことを話し終えたまでは良かったが、全てを話し終えた千里を待っていたのは、容赦の無い批判だった。

「男だったら浮気の一つや二つはするよ。それを許さないのは千里さん、それは心が狭いよ。かくいう僕も何度か浮気はしててね。妻とベッドを共にする度に責められることがあったよ。その度に僕は『中には出してないから大丈夫』って言って安心させてね……。そうか、子供はこんなところまで遺伝するんだなあ、不思議なもんだ。あははははは」

 記憶にあるのは、そこまでだ。

 気がつくと家の台所で泣き崩れていた。

 もう、何も信じられない。

 誰を信じてもいけない。

 あらゆる負の感情が津波のように押し寄せて、千里を襲った。

 狂っているのは、自分なのだろうか。

 それとも、世の中が狂っているのか。

 自分はどうすればいい、ただひたすらに泣きながら歩んでいけばいいのだろうか。それとも怒りに任せて忠雄を肉の塊にしてしまえばいいのか。それとも、何も知らぬままの道化を演じて、忠雄と体を重ねて子供を身篭り、義母のように子供に依存をして、ゆっくりと狂っていけばいいのか。それとも……、もうここで……。


 誰も、好んでこんな辛いことに耐えている訳ではない。

自分だって、普通の人のように日々喜びを感じて生きていたいのに―――!


 その時、千里の中で渦巻いていた感情が人の形になり、囁いた。

『全てを巻き込んで、狂わせてしまえ』

 その言葉が、じんわりと体にしみこんでいく。

 怒りが消えて、体が甘い感覚に痺れる。

「ああ、そうだ。そうしよう」

 そう、呟いた瞬間に、後ろから黒い感情に抱かれた。



「さあ、復讐を始めましょう」



 黒い感情の囁いた言葉が、甘く脳内に響いて染みていった。


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