第三話① 4日目


「おはようレイヤ。よく眠れた?」

「人間に無遠慮に扱われる抱き枕の気持ちが、よく分かった夜だった」


 ネバーランドゲーム、四日目。一昨日とは違うビジネスホテルを出てきたおれは、グッタリしていた。何とか日暮れまで逃げ切ったおれだったが、昨日置いて行かれたことに不満を持っていたクジラコの逆襲が始まり。

 トイレも風呂も全てについてくるという、プライベートガン無視を決行。お陰で片時も一人でいることができず、ベッドに入れば足を絡めて身動きを封じてくるくらいで。ひたすらに彼女にひっつかれるというそんな状況では、コトワリのことをゆっくり考えることもできなかった。


 ティンクとはいえ、女の子と同じベッドで寝るという初めてのことに緊張しっ放しだったが為に。全く寝られなかったおれの目の下には、大きいクマが出来ている。相手がクジラコだったから、余計にだ。

 ただし。夜が明ける頃には緊張よりも眠れないことへの疲労感の方が勝ってきてしまい、今ではゲンナリしている。


「おれの体調も大概だが、クジラコも身体は大丈夫なのか? 昨日、一時バグってたみたいだったけど」

「? わたしに異常は見られない」

「うん、分かった。もういい」


 首をこてんっと傾げている彼女には、おそらく自覚がないと察したおれ。

 おい、これ、本当に大丈夫なのかよ。セカイノクジラからも、全然連絡こねーし。


「と、その前にチェックポイントでも確認しておくか。えーっと、次はインディアンキャンプ。郊外にある自然公園か」


 視界内の地図に点滅しているのは、明らかに街の中心部から外れた場所だった。まあ行けなくもないが、車は必須だなこりゃ。

 公共交通機関はバレたら洒落にならんから、共有車シェアカーを確保するか。今なら別アカウントもあるし。おれはビジネスホテルの近くに停めてあった共有車シェアカーの一台で、さっさと認証を済ませた。白い軽自動車、移動には十分だろ。


「車の確保完了っと。んで、セカイノクジラへ……」

「あーッ! あの背の高い人はッ!」


 わーい。すごーくデジャブを感じる言葉が聞こえるぞー。周囲にいる海賊パイレーツの名を冠した人々が、一斉にこちらを振り向いているじゃあーりませんか。


「近くに、いたーッ! ピーター・パン発見ッ! 捕まえろォォォッ!!!」

「逃げよう、レイヤ。捕まったら大変」

「これもお前の所為なんだよォォォッ!!!」


 他人事みたいなクジラコを余所に、おれは共有車シェアカーに乗り、オートモードからオペレーションモードに変えてアクセルを踏み込んだ。またこれだよ、いい加減にしろ。

 そのまま車を走らせて、何とか追っ手を振り切った後に、自然公園の方へとたどり着く。


「つ、疲れた。じゃあクジラコ、車で待っててくれ。お前いると見つかるから」

「却下。わたしはレイヤと一緒にいる。昨日のようにはいかない」

「昨日からお前の所為で見つかってばかりなんですけどねェェェッ!?」


 駐車場に共有車シェアカーを停めて外に出たが、やはりクジラコはついてきた。遊園地のことを相当根に持っているらしく、おれの傍を離れようとしない。

 インディアンキャンプこと自然公園に入った後も、彼女はずっとついてきていた。


「いやね。お前のその見た目は目立ちすぎるって、何回言えば……」

「もし、そこの方」


 往生際が悪いおれが説得を試みていたその時、声をかけられた。ビクッと身体を震わせてからバッと振り返ると、そこには二人組の男性が立っている。

 小太りで青色に白いチェック模様が入っているスーツを来たおじさんと、ガタイの良く、黒い執事服を着ている男性だ。


「な、何か用ですか?」


 幸いなことに、彼らの頭の上に海賊パイレーツの文字はなかったが。黒髪オールバックでガタイの良い男性の方は、その執事服に見覚えがある。


「いえ。もしやあなたは、私と同じピーター・パンのレイヤ君ではないかと思いましてね」

「私と同じって、まさか」

「はい。ああ、名乗り遅れましたね。私はフォトワーニ。ネバーランドゲームに参加した、ピーター・パンの一人ですよ。よろしく」

「よろしくです。おれはレイヤ。こっちがおれのティンクのクジラコです」


 そのおじさん、フォトワーニさんは握手を求めるかのように手を差し伸べていた。両頬が盛り上がっていて、丸い顔を作っている。小さめのつぶらな瞳も相まって、人の良さそうなおじさんという印象を受けた。

 少し肉の乗った手を握って、おれは握手と共に自分達の紹介を済ませる。初日に掲示された参加者を全員は見てなかったけど、こんなおっさんもいたのか。


「よろしくね。ちなみに隣にいるのが、私のティンクのクジラタだ。君のティンクは隣にいるお嬢さんかな? いやはや、私のは無骨で寡黙な性格で。華やかな君のが羨ましいねえ」

「…………」


 はっはっはと笑っているフォトワーニさんの紹介にも、クジラタは黙ったままだった。

 鷲を連想させるようないかつい顔で、じっとこちらを見ているクジラタを見ていると、何だか居心地が悪くなってくる。確かにこのティンクが自分の担当だったら、ちょっと嫌だなとは思った。


「?」


 一方でウチ華やかなティンクことクジラコは、こてんっと首を傾げている。ここまでのやり取りで、何か分からないことでもあったのか。


「レイヤ、逃げなくて良いの?」

「なんでだよ。海賊パイレーツじゃないし、同じピーター・パンの仲間なんだぞ」

「そうなの?」

「いや、そうなのて」

「それでね、レイヤ君」


 クジラコの反応にこちらが首を傾げていたら、フォトワーニさんが話しかけてきた。


「私もこの自然公園内にお宝があるんだ。良かったら一緒に探さないかい? ゲームが始まってからというものティンクは喋ってくれないし、家族にも連絡が取れないしで寂しかったんだよ」

「まあ、それくらいなら」


 彼の話を聞いたおれは、なるほどと思った。何せこのネバーランドゲームでピーター・パンに選ばれてしまえば、誰とも共有シェアできなくなる。身内や友達と連絡を取ってしまえば、そこから辿られる危険性もあった。

 ティンクまで静かな性格だったというのなら、フォトワーニさんはしばらく誰ともまともに話していなかったのだろう。それこそヨイチとかもクジラオがあまり喋る方じゃなかったみたいだし、退屈だったんかな。


「ありがとう、レイヤ君ッ! いやー、久しぶりに人と話ができるのは嬉しいねえ」


 クジラコに加えて、テンションの上がったフォトワーニさんとクジラタと四人連れになったおれは、そのまま自然公園の中を散策し始めた。中は広大な敷地となっており、緑豊かな自然の中を動物や昆虫が行き来している。

 本来であればツアーバスに乗って、ガイドさんが案内してくれたりするものなのだが。流石に今の状況では、他のお客さんの中に混ざるのは遠慮したい。指定されている散歩道を、自分達で地道に中を歩き回るしかなかった。


「でね。私には娘がいてね、これがまた気立てが良くてッ! この前なんか学校で成績の上位者に選ばれたって共有シェアされて、思わず職場でガッツポーズしちゃって」

「は、はあ」


 お宝を探しながらの散策中。フォトワーニさんが、なんかこう、言うと本人が傷つくから言えないんだけど……ぶっちゃけ、ウザイ。

 久しぶりに会話ができると舞い上がっている為か、延々と自分語りが続いている。こんなもん会話じゃねーよ、演説だよ。


 この気持ちはアレだ。職場の飲み会で、酔っぱらった上司の自慢話を聞いている時の、あの感覚だ。面倒くせえ。


「猿。エリマキトカゲ。ウーパールーパー。人面犬」

「…………」


 クジラコは自然公園自体が珍しいのか、キョロキョロと周りを見ては、見つけた動物の名前を口にしている。珍しく、楽しそうにも見えた。ってちょっと待て、人面犬なんざいなかった筈だぞ。何を見た。

 一方でクジラタの方は、いかつい顔を崩しもしないままにずっと歩いてきている。クジラコも大概無表情なのだが、彼女はまだ微かに動きがある。


 対して彼の表情は、微動だにしない。あの顔で固定されているんじゃないかと、疑いたくなるくらいだった。


「そうそう、この自然公園もね、以前家族と来たことがあって……あッ! あっちに行ってみようよッ! あっちには確かライオンが見える展望台があってね」

「あー、はい」


 マシンガントークのフォトワーニさんに導かれるがままに、おれは中を散策していた。さっさとお宝を見つけてバイバイしたいのが本音ではあるが、肝心のお宝が全然見つからん。

 ここは彼に案内されるがままでも、とにかく歩き回る他にない。と言うか、寝不足とこの面倒なおじさんの相手で、おれの頭は全然回っていなかった。身体的にも精神的にも、疲れが凄い。もうやめたい。


 幸いにして、自然公園の中には海賊パイレーツをあまり見かけなかった。お陰で気張る必要もあまりない為に、余計に疲労感が顔に出てきている。あかん、シャキッとしないと。

 気力だけで何とか起き続けて、四人でお昼を食べてお宝を探す。夕方になって、ようやく見つけることに成功した。これで鍵の欠片は4/5。あと一つだ。


「って、レイヤ君、大丈夫かい? なんかフラフラし始めてるけど、ちょっと休む?」

「あー、はい。いいっすか?」

「大丈夫大丈夫。飲み物買ってくるから、ちょっと待ってて」


 その頃には、おれはもうフラフラだった。おれはフォトワーニさんにお礼を言うと、近くのベンチに座る。その途端、一気に疲れが押し寄せてきた。気を抜くと寝てしまいそうであった。


「レイヤ、大丈夫? 膝枕する?」

「お願いして良い?」

「っ!?」


 自分で提案した癖に、目を見開いたクジラコ。すぐに眩しかったのか、目を閉じていたんだが、一体何だと言うのか。


「こ、断られると思ってた」

「んだよそれ。本当は嫌だったのか?」

「い、嫌じゃないっ!」


 照れたように顔を背けながら、「ん」とそのムチムチの太ももを差し出してくれた。普段なら恥ずかしがっていたかもしれんが、生憎今は疲労困憊。寝れるならなんでも良かった。

 夕焼けが赤く照らしてくる中、おれは彼女へと寝ころぶ。


「あんがと」

「ど、どう?」

「良い感じ」

「よ、良かった……」


 顔を赤らめながら、何故か安堵のため息をついているクジラコ。

 機械人形オートマタは内部の温度が上がり過ぎないよう、呼吸に似た空気の循環機能があるが、余計に人間っぽく見えてくるな。


「はい栄養剤。疲れてる時には、これが効くよー」

「あー、ありがとうございます」


 フォトワーニさんが戻ってきた。渡してくれたのはエネルギー補給とデカデカとラベルが張ってある、小さい瓶。翼をくれることで有名な、ウイングゲットという栄養剤だった。


「飲ませてあげようか?」

「いや、それくらい自分でできるから」

「はっはっは。良いねえ、膝枕までしてくれるティンクなんて。本当に羨ましいよ」


 過保護なクジラコを見て、笑っているフォトワーニさん。なんか、久しぶりにのんびりできている感覚があった。追われることもなく、豊かな自然の中でゆっくりするこの感覚。気張りっ放しだった最近からしたら、まさに至福のひと時だ。

 つかの間かもしれんけど、良いなこういうの。おれは休める今に感謝しながら瓶の蓋を開けて、ゆっくりと呷った。甘ったるい液体が舌を刺激しつつも、ゆっくりと体内に入っていく。


「ぷはー。あー、ヤベ。なんか眠くなって……」


 半分くらい飲んだあたりで、おれは猛烈な眠気に襲われた。寝不足と精神的疲労とこの心地よいひと時のトリプルパンチ。おれは意識が遠のいていくのを、止めることができない。


「クククッ! おやすみ、レイヤ君。やれ、バーダック……」


 寝る直前に聞こえてきたフォトワーニさんの声色は、何故か嬉しそうだった。疑問に思ったのも一瞬で、おれはあっさりと眠りの世界へと滑り落ちていった。

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