第二話② 3日目②
「いやー、楽しかったね。私、久しぶりに思いっきり声を出せたよ。スッキリー」
「あー、喉痛い。ジェットコースターで張り切り過ぎたな」
おれは今、コトワリと二人で観覧車に乗っている。あれからおれ達は、クジラパークの中で遊びに遊んだ。
乗り物のほとんどを制覇し、お昼ご飯も食べた。その後はセカイノクジラグッズが売っている売店なんかを散策しつつ、おやつを買い食い。今は休憩がてらに観覧車に乗り、二人して向かい合って座っている。
徐々に高くなっていく景色が、眼下に広がっていく。こんな広い中を歩き回ってたのかと、ちょっとびっくりだ。
ちなみにネバーランドゲームのお宝も、ちゃんと探してたぞ。コトワリは参加してないとは言え、おれはれっきとしたピーター・パンだからな。なお、今のところ見つかっていない。マジでどこにあんの?
「ねえレイヤ。楽しかったかい?」
コトワリが膝に肘を乗せて、頬杖をついている。少し前のめりになっている彼女は、顔を横向けて外の景色を眺めている。
「楽しかったな。こんなに遊園地を満喫したのは、ホント久しぶりだったし」
それはおれの本心だった。貰った別アカウントだけでは全部の乗り物に乗れなかったので、お昼ご飯も含めて散財することになったけども。
「君はあっちこっちキョロキョロしてたけどね」
「元々はお宝を探しに来たんだから、しょうがないだろ?」
「まあ、そこは仕方ないか。私だけを見て、なんて命令した訳じゃないし、ね」
「ッ!」
そう微笑んで、こちらにチラリと視線を合わせてきたコトワリの顔を、おれは真っすぐに見られないでいた。慌てて視線を外へと向けるが、彼女がふふふっと笑っている。
白状してしまえば、おれはコトワリが好きだった。両親がいない者同士、昔からずっと一緒に遊んでいた女の子。気が合って、気兼ねしなくて、楽で。このまま一緒に居られたらって、ずっと思っていた。
おそらくは彼女も、おれのことを好く思ってくれているんじゃないかってくらいには、仲良しだった。
だけどおれは、それ以上を望まなかった。一緒に遊んで、バカやって。迷惑かけても飯の一つでも奢れば、それで終わり。軽い関係で、いたかったからだ。
恋人になって、毎日連絡を取ったり。記念日だ誕生日だクリスマスだを毎回こなしたり。予定は彼女の為に空けておいて、他の友達と遊ぶよりも彼女を優先させたり。そんな当たり前の彼氏彼女というものが、面倒くさかった。
いちいち互いが好きだと固まらなくても、一緒にいることはできる。クジラチューブを見ていたり、気ままに外を走ったり。そっちの方が楽で楽しいから。生活の縛りともなりそうな恋人関係より、気ままな友人関係の方がおれは良かった。
結果、どうなったか。あっさり。本当にあっさりと、コトワリは他の彼氏を作った。おれなんかよりもイケメンで、社交性に長けていて、
おれなんかよりも数段以上、恋愛に向いている奴だった。コトワリだって、良く分かっていると思う。
それを見て、酷く胸がつっかえるような感覚に陥ったおれは、面倒なんて遠ざけていた自分の本心に、やっと気づいた。甘えてた結果、取り返しのつかないことになってしまったことも。
だから、こう思うことにしたんじゃないか。もう恋なんてしない、って。そんな感情を持ったからこそ、あんな思いをしたんだって。二度とこんな気持ちを味わうのは、ごめんだって。
「でも、本当に良かったよ。最近は全然遊んでくれなかったし、私のことなんて忘れたんじゃないかなー、って思ってたからさ」
安心したかのように、コトワリは息を吐いている。その姿にも、おれの胸が高鳴った。
良くしてくれる彼氏がいながらも、おれと遊んでくれた彼女。その言葉が、微笑みが、おれの心臓を優しく締め付けた。苦しい筈なのに何処か心地よい、この感覚。
おれは今、何かを期待しているんだろうか。
「レイヤ、覚えているかい? 私が学校で転んで、給食を全部床に落としちゃった時のこと」
「覚えてるぞ。あの時の泣きべそ顔は、多分今でも絵に描ける」
「相変わらず無駄に物覚えが良いね。じゃあその時、君がなんて言ったのかも覚えているかい?」
おれはすぐに答えられなかった。覚えていない訳ではないが、口にするのが殊の外ためらわれる。
「『おれ腹減ってないから、コトワリに全部あげる』って言って、私に給食を全部くれたんだよね。その後の午後の授業、お腹をグーグー言わせてた癖にさ」
昔から物覚えだけは良いおれは、あの日のこともよく覚えている。空腹に耐えかねて、その辺の草すら美味しそうに見えていたことまで。
「あの時はただ、腹の調子が悪かっただけだ」
「嘘ばっかり」
「嘘だと証明できん癖に、人を嘘つき呼ばわりとは失礼な」
「ま、そういうことにしておいてあげるよ。君は昔から、変わらないなあ」
コトワリが、目を細めた。
「……変わったのは、私の方なのかな」
「コトワリ?」
「ねえ」
次に彼女が放った言葉を、おれの耳は拾うことができなかった。確認しようと声を上げたおれを、彼女が遮ってくる。
「レイヤってさ……私のこと、好き?」
「なッ!?!?!?」
「きゃあっ!?」
おれは驚かずにいられなかった。思わず立ち上がってしまい、ゴンドラが激しく揺れる。バランスを崩しそうになり、慌てて中にあった手すりを握った。
「ご、ごめん」
「あー、びっくりした。そんなに動揺しなくても良いじゃないか」
ゴンドラの動きも落ち着いてきた頃、おれはようやく座り直す。ただし心臓は、先ほどのゴンドラの比じゃないくらいに、揺れ動いたままだ。
「で。どうなの、実際?」
「そ、そんなこと聞いて、どうするんだよ?」
「どうかして欲しいのかい?」
質問をしたら、逆に聞き返されてしまった。この返答の仕方は、コトワリの癖だ。さっきもそうだったな。
答えるような答えないような。その癖に、いつの間にか主導権を奪われているという、絶妙な返し。もったいぶった言い方も、いつものことだ。
「お、おれはその、別に」
「……本当に?」
避けようと思ったら、追撃が来た。立ち上がった彼女は、おれの隣へと席を移してくる。
「本当に、良いのかい?」
「か、彼氏と上手く行ってないのかッ!? なら、こんなことしなくても……」
「いや、上手く行ってるよ。ユースケはワタシのことを、ちゃんと思ってくれてる。その上でこうしたいって言ってくれるから、私だって彼のやりたいことは邪魔しない。今日だって君を探して、ネバーランドゲームに行ってる訳だしね」
そんなことはどうでも良いんだよ、とコトワリは続ける。
「私はちゃんと、君の口から聞きたいんだよ。君が私のことを、どう思ってくれているのか」
「べ、別にそんなもん、言わなくても分かるんだろッ!?」
「ううん、分からない。人の気持ちなんて、分からないんだよ」
自分の気持ちだって、分からないのに、とコトワリは続ける。対しておれは、ずっと彼女から視線を背けていた。
彼女の顔がこんなにも見られないなんて、初めてだった。
「はっきり言ってよ、レイヤ。君の心の内をさ、私に教えて」
「お、おれは……おれ、は……ッ!」
何でこんな状況になったのか、とでも叫んで現実逃避の一つもしたいが。生憎、雰囲気がそれを許してくれない。
おれがコトワリのことをどう思っているか、なんて。そんなことは簡単だった。言葉にすれば、一言で済む話。心の中に浮かんでいるそれは、酷くシンプルだ。
あとはただ口を開いて喉を鳴らして、音にするだけ。
これを聞いたコトワリは一体どうするつもりなんだ。今の彼氏と、別れたりするのか。聞いている限り、彼女は別に今の彼氏に不満を持っているようには思えない。
にもかかわらず、彼を捨ててでもおれの所に来てくれるのか。彼氏彼女の関係になって、新しい生活が幕を開けることになるのか。
それともおれが望んでいたような、かつての楽な生活ができるのだろうか。一緒に遊んで、何も気兼ねしないままに一緒に居られた昔。あの頃に戻れるのなら。もし一言で何もかもが元に戻るなら、おれは……。
息を吸ったおれは、コトワリの方を見た。彼女は熱を帯びたかのような瞳で、おれを見ている。おれの胸が、激しく脈を打つ。鼓動の音が、彼女に聞こえているのではないかと思うくらいだった。
すぐには言えず、おれは一度視線を落として息を吐き、もう一度吸い込んだ。今度はちゃんと、喉を震わせられるように。
「おれ、は。お前の、ことが……ッ」
そこでおれは、言葉に詰まった。あと一息のところで、最後の一歩を踏み出せない。何故か。
『…………』
他でもないおれ自身が、自分で待ったをかけたからだった。心の中に浮かんだ背が高いおれの、おれだけのティンカー・ベルのむくれ顔が見えたから。
「――好き、だった」
最後に出せた言葉は、それだけだった。
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