第二話① 3日目①


 さて次の日だ。トイレこそあるものの風呂は共同で、素泊まりしかできないようなランクDの安宿に慣れていたおれは、ランクCのホテルを存分に堪能した。部屋ごとに洗面台と風呂があり、飯は部屋に運んでくれるという待遇。

 長湯してても誰も入ってこないし、飯の後片付けもしなくて良い。これでランクCだと言うんだから、もしAなんかを得られたらどんなセレブな生活が待っているのだろうか。今から楽しみで仕方ない。


「ゼエ、ゼエ、ゼエ、ゼエ……」


 そんなおれは今。汗だくになりながら次の目的地、妖精の谷こと遊園地『クジラパーク』の入り口にたどり着いていた。

 ネバーランドゲーム三日目。ヨイチ以外にも、チラホラ捕まったピーター・パンがいるらしい。まだゴールしたピーター・パンもいないらしく、これホントにクリアできるんかという疑問が芽生えてくる。


 元々逃げる側の方が圧倒的に不利っちゃ不利なんだが。今さらながら、ゲームの難易度に不安が募る。


「たくさん、走ったな、畜生ぉぉぉ……」

「大丈夫、レイヤはわたしが守る」

「ありがとー。でもね、今日ね、君の所為で見つかってばっかなのよ」


 膝に手をついてゼエゼエ言っている、おれの隣。麦わら帽子の下で涼しい顔をしながら、決意を新たにしてくれるクジラコ。

 意気込みは買う、なんならチップもつける。だけどね。それだけで何とかなる程、世の中ってやつも甘くはないのよ。


 元々身長が高くて胸も大きくて、目を引きやすいのがクジラコだ。道行く人が彼女をチラリと見れば、必然的におれの存在にも気が付く訳で。

 彼女を見ていたら傍らにいた男がピーター・パンだった、という流れで見つかることがしばしあった。視界共有アイシェアの情報を誤魔化す機能が故障しているクジラコは、普通に見れば一発で彼女だと分かる。


 クジラコの隣にいる奴がピーター・パンの可能性が高い、と共有シェアされたらしく。彼女を探すことで間接的におれの存在をあぶり出そうとしている輩が、後を絶たない。

 今日はここまでたどり着くのに、三回ほど逃げ回るハメになった。


「遊園地は一人で行ってくるから、ちょっと外で待っててくれない?」

「やだ。レイヤと一緒にいる」

「うーん、気持ち良いくらいの即答」


 守ってくれようとしてくれているのは嬉しいけど、これ以上はおれの体力が保たない。いくら趣味のパルクールで体力を養っているからといっても、限界がある。三回も全力疾走をした今、その限界は目の前だ。

 こうなったら強硬手段だ。離れようとしてもついてくるのなら、取る手段は一つ。


「ちょっとトイレ行ってくる」

「わたしも一緒に行く」

機械人形オートマタとはいえ、男子トイレに女の子が入っちゃいけません」

「おしっこのお手伝いは?」

「んー、おれもう一人でしーしーできるお年頃なのー」


 おれは遊園地の入り口近くにあった公衆トイレに入ると、中にあった小窓から反対側へと出た。そのまま茂みや人混みを使って、クジラコが見えない位置を取りつつ移動する。

 上手いこと彼女に気が付かれないまま、おれは一人で入園することができた。クジラタロウのアカウントさえあれば、入場はフリーパスだ。あとは一部のアトラクションにも乗れるっぽい。


 入場ゲートの向こう側から眺めてみれば。まだかなー、と麦わら帽子を弄りながら、公衆トイレを見てソワソワしているクジラコの姿がある。少し、悪いことをした気がしなくもない。


「さっさとお宝を見つけてくるか」


 踵を返したおれは、遊園地内を散策し始めた。入場して最初にお出迎えしてくれるのは、ヴィクトリア様式やその他様々な建築様式をミックスしたメインストリート。そこを越えると庭園に囲まれた中世的な白を基調としたお城、クイーンホエール城があった。ここの遊園地の定番撮影スポットだ。

 それを取り囲むように広がる、アトラクションの数々。ジェットコースター、観覧車、メリーゴーランド等の、遊園地と聞いて一通り思い浮かぶアトラクションが勢揃いしている。


 ここの目玉は、セカイノクジラを形作った巨大バイキングだ。セカイノクジラが見ている景色を、まるで本当に空を飛んでいるかのような体験ができるとの評判。パッと見る限り、今日も満員御礼って感じの行列だった。

 にしても、平日だって言うのに人が多いな。もちろん、頭の上に海賊パイレーツというも文字を浮かべた人間も。ゲームに参加してんじゃねえよ、働け。いや、これブーメランだったわ。自分にも刺さる。


「つーかこんな広い場所からお宝探せとか、結構しんどくない? 博物館よりは逃げやすそうだけど」

「あれ、レイヤじゃないか」

「ッ!?!?!?」


 クイーンホエール城を背にしてあちこちに目をやっていたおれは、跳び上がりそうな心地を覚える。まさか名指しで呼ばれるなんて、思っていなかったからだ。

 ゲーム中ということもあり、おれは反射的にその場から走り出した。まさかもう見つかるなんて。


「ちょ、ちょっと待ってよっ!」

「ぐえッ!?」


 あっさり捕まった。シャツの首の後ろ部分を引っ張られて、思わず変な声が出る。

 終わった。おれのネバーランドゲーム、終了。まあ初日に、いの一番に脱落するよりかはマシだったけど、駄目だったかあ。明日から、勤労に勤しむ毎日に逆戻り。辛いなあ。


「人が呼んだだけで逃げ出して、今度は何を観念してるのさ」

「そ、その声は。コトワリ?」

「うん、私だよ」


 恐る恐る振り返ってみると、そこには赤茶色の瞳でこちらを見ているコトワリの姿があった。

 栗色の髪の毛は、肩までの長さであるミディアムボブ。毛先は所々がはねていて、真ん中だけが少し長いM字バングの前髪。身体付きは普通であり、本人曰く美乳らしい。見たことないから知らんけど。


 紺色の半袖ブラウスに、クリーム色で短めのサテンフレアスカート。黒いサンダルヒールを履いているという、如何にも今日はオフですと言わんばかりの格好だ。

 ちなみに背丈は、おれより少し高い。悔しみ。


「で。幼馴染に声をかけられて、何を急に走り出したんだい?」

「な、なんでおれのことが。ってかお前、ネバーランドゲームに参加して、ない?」


 彼女の頭上には、おれを追い詰める海賊パイレーツの文字が表示されていない。


「してないよ。私は別に、参加したいとは思わなかったからね。ゲームのお陰で有給休暇も取りやすかったから、こうして遊びに来たんだ。ただネバーランドゲームの所為で、視界が海賊パイレーツ海賊パイレーツでうっとおしかったからさ。視界共有アイシェアを切ってたんだ。そしたら見慣れた顔が」


 まさか視界共有アイシェアを切っている奴がいるなんて、思いもしなかった。サングラスを返品してきたことも、アダとなるとは。まああのサングラスは、一回もおれの身を隠してくれなかったんだけど。


「ゆ、ユースケは一緒じゃないのかよ?」

「ユースケは私の為にピーター・パンを見つけるんだー、って張り切ってるよ……あっ、そうか。彼に聞いたけど、レイヤって今ピーター・パンなんだっけ」


 あー、そういうことかー、と一人で納得したコトワリ。うんうんと頷いた後で、ニヤリと笑みを浮かべている。


「ってことは。私がレイヤをユースケに売ることもできる訳だねー。んで、私は景品をゲットできる、と」

「で、できれば勘弁していただけないでしょうか?」

「えー、どうしよっかなー?」


 ニヤニヤと笑いながら、おれのシャツの首元をギュッと掴んでいる。逃がす気はなさそうだ。どうしよう、土下座とかで勘弁してもらえないだろうか。


「そうだね。私の命令を一つ聞いてくれたら、見逃してあげようじゃないか」

「拒否権、は?」

「あると思うのかい?」


 どうやらおれは、コトワリの常任理事国入りしていないらしい。幼馴染で駄目なら、一体誰が入っているんだ? 気になって夜しか眠れない。


「ま、また尻の穴に氷柱突っ込んで産卵ごっことかは、嫌なんだけど……」

「そんなことさせた覚えないけど、お望みならばそれでも良いよ」


 全く良くないです、はい、ごめんなさい。

 一息ついた後。コトワリは掴んでいたおれのシャツを離すと、目の前に来てニッコリ微笑んだ。


「じゃあ命令だよ。今日一日、私に付き合うこと。ちょうど一人で、退屈してたんだー」

「へ?」


 下された命令は、全く予想だにしていないものだった。


「い、いやおれ、ネバーランドゲームの真っ最中で」

「知ってるよ。共有シェアのぞいてみたら、結構情報が出回ってたからね。でもなんか、レイヤは凄く背が高いティンカー・ベルと行動してるって言われてるね。つまり、そこまで背が高くない私と一緒だとは、誰も思わないって訳さ」


 コトワリの言うことは、まあ一理あった。あれだけ目立つクジラコでなければ、一緒にいてもバレにくいかもしれんし。


「それとも君の情報を、今すぐにでも共有シェアしてあげようか? ユースケに限らなくても、君のことは高く売れそうな気がするけど」

「謹んでお供させていただきます、コトワリ様」

「うんうん。物分かりの良い男性は好きだよ」


 コトワリがニッコリと笑った。ユースケに限らず、おれという存在は参加者からしたら垂涎の一品だ。オークションでも開催したら、良い値がつくに違いない。何せ捕まえたら低ランクとはいえ、一生働かなくても良い権利を貰えるのだから。


「はい、まずはこれ」

「なにこの手?」

「ちゃんと繋いでね。私から逃げないように」


 凄く良い笑顔のコトワリから、手を差し出された。うん、まあ。この状況下だと逃げ出したところですぐに共有シェアされて捕まるから、逃げるに逃げれないけれども。


「ほ、ほら」

「うん。ふふふっ。こうして手を繋ぐの、懐かしいね。二人とも親がいないからって、いっつも手を繋いでたっけ」

「か、彼氏は良いのかよ?」

「今日は博物館へ探しに行くとか言ってたから、多分来ないでしょ」


 とは言え。大きくなったコトワリと手を繋ぐというのは、いささか以上の意味があって恥ずかしい。彼氏が見たら浮気を疑いそうなもんだが、その辺も抜かりないらしい。女の子って怖い。


「久しぶりにさ。昔みたいに遊ぼうよ、レイヤ」

「お、おう」


 笑顔のコトワリに対して、おれは詰まりながら返事をすることしかできなかった。

 ユースケには悪いと思う気持ちが、ない訳ではない。一方で、繋いだこの手を離せないでいる自分もいる。こうなることを、心の何処かで期待していたかのように。

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