犯人は誰だ 5/26

 屋上で四つん這いになった僕は、昨日の事を考えていた。

 夜の校舎に呼び出されたと思ったら、いるはずのない双子がいた。

 双子とは話が噛み合わない。


 物騒なワードが出てきていたので、マズい事態になっていたのは確かだ。


 じゃあ、何でそんな事になった。

 僕がカンナさんに告白せざるを得ない状況をつくられたのは、なぜだ。


「動くなって。背骨動いてキショいよ」

「すいません!」


 背中に乗ったアノンさんに謝り、僕はもう一度考える。


「ん」


 目の前に卵焼きを差し出され、僕は口を開けた。


「……ん、めぇ」


 昆布だしの効いた、だし巻き卵。

 カンナさんの手作りだろう。


「もぐっ、んむ。あの、聞きたいんスけど」

「お金くれたらいいよ」


 会話するのに、お金が必要なのか。

 出会い系だって、もうちょっとまともなシステムを取っているぞ。


「昨日、何があったのか教えてくれませんか?」

「お前が呼んでるっつって、レイプされかけた」


 う、わ。

 聞きたくないワードだなぁ。

 オブラートに包んでほしかった。


「具体的には?」

「この前、ID教えた男子から、家の写真送られてきて。これなに? って送ったら、モリオから貰った、って」


 ……おい。


「んで、普段なら無視すんだけどさ。ちょうど、その時、姉ちゃんリョウマと話したばっかで、マジへこみしてたんだよね」


 カンナさんを見ると、逆に僕がじっと見られていた。


「なんて、言われたの?」

「んー」


 子供みたいに、口を横に伸ばし、しゃべりませんと意思表示をしてくる。


「教えて」

「んー」

「いい子だから。お願い。教えなさいってば。こっちは、モヤモヤしてんだから」


 しゅん、とした表情でカンナさんが口を開いた。


「お前みたいなゴリラ興味ねえんだわ、って。嫌いだから、マジで来ないで。次にきたら、警察に言う。ていうか、お前気持ち悪いよ。……って」

「あいつ、今度絞めときます。マジで。いや、ほんと」


 いくら、別れてくれないからって、言い過ぎだろ。

 そりゃ、機嫌損ねるわ。


「食い下がったんですよね」

「姉ちゃん、バット持って外に出たからさ。私が止めたんだよ」

「ナイス!」


 っぶねぇ。

 あいつ、殺される一歩手前だったじゃねえか。


「で、別れるって決めては?」


 そう聞くと、視界の上から、髪を垂らしてアノンさんが顔を覗いてきた。


「姉ちゃんのこと本当に思ってくれてる人がいるよ、って。私が説得したの。かなり落ち込んでて、面倒かったけど。新しい恋にステップ踏み込む、って決めてくれたのよ。そこで――」


 家の写真に加えて、僕から貰った、という誤情報。


「学校に来い、っていうからさ。まあ、殺すつもりだったよね」

「刑務所の経験しておくのも、いいかな、って」


 本気じゃん。

 マジで、殺しに来るつもりだったんだ。

 身をもって味わった僕からすれば、ガチであることは容易に想像がつく。


 でも、ますます、おかしいな。

 僕は蕩坂さんに来い、って言われて学校に向かった。

 普通に考えれば、蕩坂さんが怪しい。


 ただ、本当に蕩坂さんが犯人だとして、その理由が分からない。


「二人とも無事で良かったですよ。そういや、あの人達、どうしたんだろう」


 二人が半殺しにした男子たちである。


「夜の学校で乱痴気騒ぎ起こした、ってことで停学なったよ」

「あ、対処早いっすね。この学校、甘く見てました」


 と、なれば、やる事は一つ。

 蕩坂さんに連絡だ。


「アノンさん。どいてくれますか?」

「やだ」

「ちょっと連絡したい人がいて……」


 背中にふわっと柔らかい感触があった。

 僕は鈍感系のバカ主人公やラノベのアホみたいな連中とは違う。


 あいつらのように、「え? なんだって?」なんて、知能指数が低い事は絶対に言わない。


「はは。おっぱいが当たってますよ」


 ストレートに言うのが、言葉を選ぶセンス皆無の僕である。

 返答の代わりに、喉元に冷たい感触が当てられた。


「……女?」

「え˝っ!?」

「姉ちゃん。こいつ浮気しようとしてる」

「待ってくれよ! 事件解決のために、僕は動いてるんだ! 僕は名探偵なんだ!」

「スマホ調べてみて?」

「うん」


 カンナさんがポケットに手を突っ込み、ゴソゴソとスマホを取ろうとした。その拍子に、指先がある物に当たった。


「お˝っ!」


 ピタリ、と手が止まる。


「あ、スゥゥ……、あぁぁ~……、やっべ」


 また、ゴソゴソと弄り始める。

 第一関節の辺りだろうか。

 ゴツゴツと敏感な所に当たり、僕は四つん這いのまま、眩しい青空に目を細めた。


「発情すんな」

「や、なかなかの、お手前で」


 カチャン。と、スマホが床に転がる。

 だが、カンナさんはポケットから手を抜かなかった。


「あの、カンナさん」


 無言で、ポケットの中を弄ってくるので、そろそろ何かがまずかった。


「いいっす。いや、ほんとに」

「こいつの小さいでしょ」

「……可愛いんじゃない?」


 首だけで振り向くと、カンナさんは拗ねた子供のような顔をしてるが、耳が真っ赤だった。


「待ってくれ! それ以上は、息子が目を覚ましてしまう! あ、待て。寝ぼけてる! 寝ぼけて、起きかけてる! 薄目開けてるよ!」


 男のアレは、オモチャではない。

 一度、目を覚ましたら、寝付くのに時間が掛るのだ。


「姉ちゃん。どうせなら、今度家でヤっちゃえば?」

「……それは、もうちょっと、時間ほしい」

「マジでガード固すぎ。受ける」


 ガードは固いけど、アタックは強いよ、この人。

 ガンガン攻めてくるじゃん。


 カンナさんがポケットから手を出したのは、チャイムが鳴ってからだった。

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