戸惑い 5/8

 正確には、カンナさんがヤンデレという事実は、後々判明する。

 この時点では、僕はカンナさんを柄悪ヤンキーとしか思っていなかった。


 リョウマに泣きつかれた後、僕らはこんな事を話した。


「警察に言えばいいじゃないか」

「無理だよ」

「いやいや。そこまで怪我してるなら、普通に通じるだろ」

「無理なんだよ!」


 いきなり声を荒げられて、驚いた僕は怒鳴り声が苦手なので、二の腕を抱いてしまう。


「そんな……大きい声……出さなくても……」


 陰キャモード発動である。


「ごめん。でも、無理なんだ。あいつら、どこで見てるかわからないんだよ」

「監視されてるってことですかな?」

「ああ。だってさ。学校で避けてたら、……んだぜ?」


 涙をこぼし、潤んだ目で僕らを見つめてくる。


「……こわ」


 素直な感想だった。

 家には親とか、兄弟とか、双子にとっては赤の他人が大勢いるだろうに。


 どうすれば、家に突撃しようなんて発想になるんだろう。


「に、二次元では、普通だよな」

「いや、それ言うと、二次元の方がよっぽど猟奇的に聞こえるから。やめてくれよ。二次元を汚さないでくれ」


 そう。

 この恐怖は本物だ。

 そりゃ、二次元や実写の映画では、作り物だからなんだってある。

 だからこそ、素直に怖がれたり、楽しむことができる。


 しかしながら、現実では映画のようにいかない。

 アニメのように勇ましく振舞えたら、僕は自分の事を英雄と呼んで、自分に酔いしれることだろう。


「なあ。俺、……もう嫌なんだよ。豊崎が……。豊崎が好きなんだ。リアルなんて、いらない!」


 リョウマは僕らより数段上の顔面を持ちながら、リアル放棄を宣言した。というか、僕が言えた義理ではないけど、心地の良い気持ち悪さ全開で、二次元を選んでいた。


「あと数年経てば、絶対に二次元の嫁がリアルワールドに君臨するんだよ! そのためのテクノロジーだよ! お前らだって、げほっ、こほっ、わ、コホッ……かるだろ!」


 血を吐きながら、リョウマは力説する。

 未来に掛ける情熱が半端なかった。


「ふむぅ。さもありなん」


 ヘイタが力強く頷いた。


「ケヒヒ! 外人の出る幕はねえ。だな。日本にはよぉ。俺らみたいな、ロマンの塊がいっぱいいるからな。ケヒ。あぁ、俺だって信じてるぜ」


 3人が謎のノリで一致団結する中、僕だけは冷静だった。


「や、あの……」

「頼む! 助けてくれ! 俺を、あの双子から守ってくれ!」


 リョウマは泣きながら叫んだ。


「わ、別れたいってこと?」

「ああ。メンヘラなんかいらない。ヤンデレなんかいらない」

「それは二次元も、ってことかぁ?」

「訂正しよう。二次元は許す。しかし、リアルはいらん!」


 断言しやがった。


「お前らしか、いないんだ……ッ!」


 僕は二人を見る。

 ヘイタとケンイチは涙をこぼし、何度も頷いていた。

 気持ちは分かるけど、現実を全く見ていないであろう二人のリアクションに、僕は血の気が引く思いだった。


 *


 病院から帰る途中のエレベーター内。

 僕ら三人しか乗っていないので、僕はつい大声をあげてしまった。


「えぇっ!? どうすんの!?」


 相手は、あの双子である。


「わ、別れさせるってことでしょ? どうやって?」

「それは、作戦会議が必要だろ」

「いや、つか、聞いていい? あの双子って、具体的に何がヤバいの? パパ活とか、不良とか、漠然としたヤバさは分かるんだけど。どうヤバいのか分からないと、対処法錬られないよ」


 見た目は可愛い分、本当のヤバさを僕らは知らなかった。

 詳しいであろうケンイチの情報によると、こうだった。


「アノンちゃんは、柄の悪い男と援交して、ホテルで硫酸かけたって噂はある」

「……はぁ?」

「カンナさんは、首吊りボクシングだっけ? ちょっと忘れたけど、それで中学の時に少年院に入ったはず」

「オォォォッッッ……ッッフ!」


 次元が違った。

 僕の想像していた「あちき強いんだから」な感じのイメージが、一発で粉砕されるほど、生々しくてバイオレンスだった。


 しかも、女の子の身でありながら、だ。


 その手のバイオレンスな話は、柄の悪い男の話では聞いたりする。

 でも、女子でそこまでやる人は、そうそういないだろう。


「とりあえず、作戦を練って、あの双子を何とかしないと。友達見捨てらんねえだろ」

「……確かに」


 リョウマが怯えるわけだ。


 そして、エレベーターが一階に着く。

 ポーン、という音と共に扉が開き、僕らは同時に、二の腕を抱いた。


「お? 君、教室にきた子じゃん」


 アノンさんとカンナさんが、二人揃ってエレベーターの前にきていたのだ。


「あ、……っス。ど、ども」

「誰、こいつ?」


 カンナさんに指されて、僕はエレベーターの天井を見つめる。


「分かんない。いきなり絡まれたからさ」

「えぇ? いやぁ、そんなぁ、絡むだなんてぇ! そんな事するわけないじゃないですかぁ! 嫌だなぁぁぁぁ!」


 カンナさんはジャンバーに両手を突っ込んだまま、僕を見下ろしていた。


 その迫力たるや蛙にガン飛ばす蛇の如し。


「なに。絡んだの?」


 げし、とつま先で脛を蹴られた。

 僕の頼もしい友人は、「あ、スーパー特売だったわ」とか、「ハイレグのお肉ぷにぷにぃ」とか、ありもしない用事を口にしたり、頭のおかしいフリをしていた。


「まあまあ。それよかさ。君たち、リョウマくんの友達でしょ?」

「あ、はい」


 こんな事を言うのだ。


「病室、……どこ?」


 ヘイタとケンイチの息が、同時に詰まったのが分かった。

 僕だって、心臓が飛び跳ねた。


「どしたの? 見舞いでしょ?」


 そうか。親族じゃないと、病室分からないんだ。

 今って、昔とは違って厳しいから、ど田舎とはいえ、こういう所は普及しているんだ。


 二人に聞かれ、ヘイタ達が黙っているので、僕は代わりに答える。


「わ、分かりま……」

「嘘吐くなよ」


 ベシン、と頭を叩かれる。


「や、ほ、本当に。僕ら、その、……あの」


 こうなったら、ホラ吹くしかねえ。

 思い切って、口から出まかせで答える。


「ヘイタの、おふくろさんが! 子供を蹴っ飛ばした衝撃で足を折っちゃって!」


 最低な言い訳だった。


「僕らぁ、心配でぇ! なあ、ヘイタぁ!」

「お母ちゃぁぁぁぁぁんッ!」

「だからぁ、知らないんですよォォッ!」


 再び、聞かれるかな、と覚悟していた。

 だが、二人は呆気なく、「あ、そ」と納得してくれた。


「つか、どけよ。邪魔」

「はい、すいません」


 道を譲り、僕らは後に出て行く。

 三人揃って、双子がエレベーターに乗るのを見送る。

 扉が閉まる際に、僕らは頭を下げた。


「っぶねええええ!」


 冷や汗の量が尋常ではなかった。

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