後藤カンナ 5/7
現代文の授業を受けている時だった。
僕の席は一番後ろで、隣や前は仲良し4人組で、並べられているのだが、ケンイチがヒソヒソと話しかけてくる。
まあ、他の生徒は普通のボリュームで話しているし、先生は死んだ魚のような目で授業をしているので、怒られることはないが、気を遣っての事なのだろう。
「アノンに変なこと言ってないだろうな」
「言ってないっつうの」
ケンイチが苦い顔で聞いてくるのだ。
「アノンって、あのメンヘラの?」
「そ、そ。俺が集めたデータベースで教えてやったろ?」
ケンイチは全学年の女子を調べて、データベースを作っている。
二次元は二次元だが、リアルはリアルで好きなのだという。
そのため、データベースを作っては、僕らに小出しして、話の種になってたりするのだ。
「パパ活とか余裕でしてるからな」
「え、それ、捕まんないの?」
「捕まるのは、大人の方だよ。あいつの場合は、補導だろ」
「ふむぅ。が、柄の悪い男に引っかかったりとか、少し心配な所がありますなぁ」
「……前に教えたろ」
ケンイチが得意げに授業とは関係ないノートを取り出す。
タイトルに『女子の全てを
「姉がいてさ。そいつが、すっげぇ厄介なんだよ」
ノートを開いて、中を見せてくる。
まさに、その時だった。
「オラァ! 出てこいよ、ボケ!」
突然、廊下の方から怒鳴り声が聞こえた。
僕らは草食動物のように、肉食獣の
他人事でも血の気が引く思いで、廊下の方を見る。
他の生徒はこぞって、教室から出て、何事かと覗き込んでいた。
「お、おい。見てこようよ」
「噂をすれば、何とやらかもな」
ケンイチは、やれやれと言いたげに席を立つ。
*
僕は背が低すぎて、周りの人達が集まると、すぐに見えなくなる。
そこでヘイタの背中をよじ登り、両肩に手を突くことで、人混みの中で何が起きているのかが見えた。
「カンナちゃん。な~んで、昨日来なかったのかなぁ」
イモ顔で眉毛の薄いヤンキーが、ベロを出して一人の女子に絡んでいた。
僕はよく絡まれるから嫌悪感がある分、ストレートに言うけど、イモ顔のヤンキーがオラついていても、不快感しかなくて、見た目自体が嫌悪感の対象だと確信している。
けど、何をしてくるか分からない恐怖はあって、僕のような陰キャは引っ込むのだ。
因縁をつけられている女子は、制服の上に着たジャンバーに手を突っ込んだまま、顎を持ち上げて黙視していた。
「う、わ。度胸あるなぁ」
僕なら、財布にいくら入ってたか計算しているところだ。
「出たよ」
「何が?」
「あれが、メンヘラちゃんのお姉さん」
ケンイチが顎で差し、引き攣った表情をしていた。
「後藤カンナだ」
カンナさんに関しては、前々から聞いていたし、姿を見かけるくらいなら普通にあったから知っている。
でも、接点はないし、僕らはいつも同じメンバーで集まって、他の人とは関りを持たなかったので、ほとんど知らない。
カンナさんがどういう人かを表すのなら、口数の少ない不良女子って感じだ。
金髪の長い髪は、染めたのではなく、地毛だろう。
根っこから金色に染まった髪は、前や横から後ろに持っていき、三つ編みにしていた。
白くて染みのないオデコが露出していて、アノンさんと同じでハーフなので、目の彫りは深く、整った顔がよく見える。
さらに、目は青色で、こういった所も外国人っぽい感じだ。
他に特筆すべきところは、下半身だろうか。
何かスポーツをやってる、なんて話はケンイチから聞いた覚えはないが、一言で表すのなら、ムッチリとしていた。
スカート越しにでも分かる、大きな尻。
太ももだって、他の女子に比べて太い。
ただ、それが贅肉でないのは、脚にできた筋肉の溝を見れば、一発で分かった。
「……何か用なの?」
落ち着いた声で聞くカンナさん。
相手のヤンキーは、すっかり調子に乗っていて、床を指した。
「イラつくから、土下座しろ」
それを聞いて、カンナさんは大きくため息を吐いた。
「分かったよ」
と、カンナさんは下を向き、手を相手の顔に近づけていく。
「なに、この手」
ヘラヘラと笑い、一歩後ずさる。
同時に、『ベキン』と変な音が鳴った。
「瞬殺だわ」
ケンイチの言葉を遅れて理解した。
不意を突いたのは確かだが、それでも僕には見えなかった。
突き出した手を横にスライドしただけ。
その直後に、ヤンキーの男子は口を半開きにして、目を瞑っていく。
見ると、いつの間に蹴ったのか、カンナさんの足先が相手の膝に触れていた。
ローキックだろうか。
膝は真横に折れていて、「い……っ」と相手は呻くが、それ以上言葉が出てこない。
「ん? 大丈夫か?」
取り巻きの連中には、未だ何が起きたか分かっていなかった。
ゆっくり崩れていく男子を見下ろし、カンナさんは言う。
「永久に予定あるから。もう声掛けないで」
それだけ言うと、カンナさんは教室に戻っていく。
救急車が来たのは、結構後になってからだった。
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