陰キャ・マストダイ~双子の悪魔~

烏目 ヒツキ

双子の悪魔

この世で最も恐ろしく、美しい瞬間 5/25

 陰キャ、と呼ばれる生き物は、分かりやすく言うならクラスの隅っこで、ナメクジのように生息している、気持ち悪い縦社会の底辺である。


 根暗の下位互換かいごかんだ。


 そんな社会の底辺である、僕『モリオチビ』は友達の『ヘイタデブ』と『ケンイチノッポ』と、いつも一緒につるみ、日陰で互いの乳首を抓り合ったりして、気持ち悪い笑い声を上げる日々を送っている。


 僕と同じタイプの人は分かると思うけど、こんな感じで日陰で生きていると、どうしようもなく空想が恋しくなってしまう。


 空想には、魔法少女がいる。

 ドラゴンだっている。

 そこには、国や人種、あらゆる垣根かきねがなく、自分が主役なんだ。


 だからこそ、僕ら陰キャは空想を愛する。


 さて、同士よ。

 僕から質問だ。


 君は非日常というものを知っているか?


 空想ではない。

 日常の裏側だ。


 それはまるで、マンガや映画のようで、時にはぶっ飛んでいるし、あり得ないし、まともに考えると頭がパンクしそうになる世界。


 特別なものではないんだ。

 日常のすぐ裏にあるのだから。


 そして、僕は親愛なる陰キャの同士に共有するつもりで、非日常の瞬間を伝えよう。


 *


 5月25日の夜。

 僕らは夜の校舎に呼び出された。


「バッカ、お前。てゅふふふっ。ケツ叩くなし!」

「おぉ? ここがええんのかぁ?」


 呼び出した本人が見当たらないので、暗い廊下を歩きながら、そいつを探している途中だった。


 月明りが窓から差し込み、木の枝の影が怪しく揺れる。

 5月になったとはいえ、まだ肌寒さが残る季節だ。


 都会には警備員とかが常駐していて、学校の警備が厳重なんだろう。

 ところが、ど田舎の名前を書けば受かるようなバカ学校には、警備という概念が存在しない。


 なので、僕らがいくら騒ごうが、宿直の先生は見当たらないし、完全に夜を独占することができた。


 例え、宿直の先生がいたとしても、校内放送でAVの音声が流れたって放置する学校なのだから、知らんぷりしているのだろう。


 静寂が漂う夜は、普段から日陰で奇声を上げている僕らには、神聖な時間そのもの。

 水を得た蛙のように、必要以上に元気だ。


 ケンイチがエリートを気取って、腕を組み、視線を斜め45度に構える。

 その前で、僕はヘイタのケツをベチベチと叩いて、遊んでいる。


「てゅふぅ! てゅふふふ! おまぁぇええっ!」

「うわ、怒った!」

「ん˝ん˝ん˝ん˝っ!」


 今度は僕が乳首を抓られる番だった。


 一言で表すのなら、僕らのはしゃぐ姿は、気持ち悪かった。

 滑稽こっけいですらあった。


 顎を引いて二重顎にじゅうあごをつくる僕。

 容赦なく責めてくるヘイタ。

 腕を組んで、「ぷふぅ」と息を吐き出すケンイチ。


 こんな感じに、気色悪くも貴重な友人との遊びを満喫している僕らだが、にはこうなる。


「ヘイタあああああああああッッッ!」


 夜の校舎に反響する僕の叫び声。


 目の前では上体を傾けたヘイタの姿があった。

 後頭部は教室の扉にハメられたガラスをぶち破り、普段は穏やかに糸目のまぶたは、カッと開眼し、白目を剥いている。


 ヘイタが吹っ飛ばされた原因は、胸元にあった。


 胸の分厚い肉を一本の足で潰し、メリメリと踵が埋まっていく。

 100キロは悠に超える巨体が吹き飛ばされるほどの威力。


 引き締まった脚は、普通の女子に比べれば太いが、全体的な姿を見ると、下半身をメインに鍛え抜いたアスリートといった風貌ふうぼうだ。


 跳躍力は見事なもので、僕の頭を超すくらいの高さまで跳びはね、一撃必殺のライダーキックを放ったのだ。


 特撮ではお馴染みで、見慣れたものだが、現実において自分の目で見るとなると話が違う。


 生きてきた中で、一番綺麗なライダーキックだった。


 この友人が瞬殺されるという恐ろしい瞬間、僕の目には恐怖以外に楽園が訪れた。


 ふわり、と舞い上がったスカート。

 その奥には、ミッチリと食い込んだハイレグのパンツがあったのだ。


 もう一度言おう。


 ハイレグを僕は見たのだ。

 生まれて初めて、だ。


 色白であることは、昼間に見かけているから分かる。

 暗闇の中だというのに、月の明かりが照明となって、闇を透かしてくれていた。


 おかげで、ひも状になった生地が柔らかい肉に食い込む、一撃悩殺の瞬間を僕の眼球から脳へ直に届け、記憶に焼き付ける事を強制させた。


 時間にして、約5秒。


 僕は二つのインパクトを受けて、その場にへたり込んだ。


「あ、……あぁ、……うそ、な、なんで」


 その場にいた女の子は、本来校舎で出会うはずのなかった人だった。


「姉ちゃん。こいつ、バチっとやったけどいいよね?」

「その辺に捨てておこ」


 教室から出てきたもう一人を見て、僕は呼吸が荒くなっていく。

 最悪だった。

 最高な気分が心のどこかにあるはずなのに、最悪だった。


 金髪の三つ編みで、腕っぷしの強い姉、後藤カンナ。

 黒髪の内側を青く染め、黒いフィットマスクをした病み女の妹、アノン。


 双子の悪魔が、僕らの目の前にいた。

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