26 寵愛の炎
海賊王戦。
カテゴリー4の悪魔の僕、”海賊王”。
無制限火力兵器解放の特権を有したTD2P最強の殲滅部隊、通称”擲火戦略小隊”。
そして、全世界・全人類にとって災害級の脅威度を誇るとされる最強格のカテゴリー5にして、X個体として登録された究極反転の体現者、”反英雄”。
無限の兵力と物量の生成を可能とする海賊王に対し、空からの無制限空襲によって打破を試みる擲火戦略小隊。そこに割って入るように登場した半英雄の持つ絶大な対軍・対人戦闘能力により、崩落する帆船の歪な山と海を揺らす空襲爆撃の衝撃と舞う火薬粉塵、爆雷を操る半英雄の超次元的な攻撃が織り合わされた奇怪にして壮絶な光景が生み出されていた。
そんな中で、自分も混ぜろと言わんばかりに参戦を表明した超雄が一人。
擲火戦略小隊の隊長として、夢想世界の無制限破壊権を与えられてるに等しい権力者であるバゼット・エヴァーコールだ。
彼は人間にしてカテゴリー3相当の悪魔の僕を上回るとされる実力を持つとされた逸材だった。固有冠域の生成能力に始まり、練り上げられた炎を用いた技の数々は生半の防御が通用しない火力を誇る。さらには冠域展開後には超高速移動能力や身体・精神に対する多重の強化を可能とし、恵まれた体格を活かした基本的な戦闘技術でさえ抜け目なく体得している。
そして彼の強さを根底から支えるのは生来より賜った豊かな
神を深く信仰する敬虔な彼の心を投射する様に彼から生み出される炎には自由が与えられる。物理法則も化学反応も度外視した多様な炎は、信条と心情により決定された様々な付加効力を持ち、万物を燃やし尽くす破滅の剣にも、あらゆる苦難からその身を護る盾にもなり得るのだ。
「
バゼットの身が沸る。両腕両脚に銀朱色の炎が伝い、そのまま体を炎上させながら降り頻る爆弾の合間を縫って半英雄まで迫る。
脚の炎が彼の動きに拍車をかけ、物理法則を度外視した跳躍を果たす。
一隻の帆船の上で両者は開戦した。
銀朱色の炎を纏ったバゼットは、中距離から近距離にかけてまでその炎を操作して鞭や打ち水のような感覚で攻撃を仕掛ける。不規則な動きをした炎は物に当たる瞬間に大きく爆ぜ、間合いにある帆船は一挙に燃え上がる。
「コォー………コォー」
半英雄にどこからともなく雷が落ちる。柴色の雷電は握られた大剣へと移譲し、刃渡りから切っ先までに可視光が宿る。
半英雄は眼前を左から右に剣で薙ぐ。柴色の光が赤みを帯びながら空に伝わり、広範囲に渡って雷撃が迸った。雷は炎とぶつかりながらジグザグに進行、分裂し、バゼット目掛けて飛びかかった。
「むんッ」
炎を渦にしてより集めたことにより、雷撃は軌道を曲げられて傍に堕ちる。すぐにバゼットは身を退かせて距離を取り、間合いを測る。
しきりに炎を四方から当てつけ、遠隔的で立体的な操作をしながら反撃に備えた。
(この規模感では雷撃による的確な操作は見受けられない。30メートルも離れれば回避は問題ないか?)
中距離を保ちつつ、火炎弾を発射。手のひらサイズの火球が両手からマシンガン並みの密度で放たれる。
それらは半英雄の跳躍により全弾外れ、空中から滑空して剣を振り下ろす半英雄の反撃を受けてバゼットの体躯は真っ二つに斬り裂かれた。
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「半英雄相手に近接戦闘なんて頭のネジがどっかいっちゃてるよ」
ボイジャー:オルトリンデ号は肩を落としながらため息を吐く。
彼女の発現させている固有冠域の力によって擲火戦略小隊は超高度での滞在が可能であり、今もなお無制限の弾頭投下を続けていた。
彼女の傍にバチバチと画面のノイズのようなものが奔り、その揺らぎからバゼットの姿が出現した。
「もう負けたんだ。まぁ勝てるわけないけどさ」
「うむ。退去して現実世界の様子を確認して来たが、なかなか状況は芳しくないようだ」
バゼットは表情は凝り固めたように浮かないものだった。
「…既に佐呑支部の内部まで襲撃者が侵入し、多くの職員が犠牲になっている。我々が入眠している管理塔に蛮人どもの手が及ぶのも、もはや時間の問題だろう」
「じゃあ半英雄になんか構ってる暇ないじゃん!早く戻って加勢しなきゃ、みんな死んじゃうよ‼」
「いいや、擲火戦略小隊はこのまま戦闘を続行する」
そこでオルトリンデはバゼットの軍服に掴みかかる。
「勝てもしない相手とずるずる戦っても時間の無駄でしょ。管理棟がやられたら、佐呑支部は夢想世界の戦力を全ロスすることになるんだよ」
「現実世界でのことは天童大佐と孟中尉に任せる。もし、あの半英雄が究極反転して現実世界に移動すれば、いよいよ事態は収集がつかなくなるのだ」
「だからってやろうと思って抑えられる相手じゃないって言ってんの‼それに忘れてるかもしれないけど、この場には海賊王だっているんだ。カテゴリー4と5の悪魔の僕が揃ってるっていう異常性をまず正しく認識してよ‼」
「ふっ。退去したとして我々に何が出来ると言うのだ、オルトリンデよ?」
バゼットの身に炎が生まれる。
「我々、擲火戦略を許された兵士は、現実世界で何が出来ると言うんだ?
夢想世界で無類に強くあることこそが我々の役割。我々の使命だ。
あの世界に神などいない。
だが、この世界にこそ我々に微笑む主が在らせられる。この神からの寵愛を受けた炎を置き去りにし、非力な身で現実世界の騒乱に混じるなど、何にも勝る涜神だ。
そして、このバゼット・エヴァーコール。我らの主の炎があの蒙昧な悪魔の僕に共に劣るなど、夢にも思わんとも」
彼は再び身を戦場に投ずる。
銀朱色の炎を帯びながら、戦塵吹き荒ぶ地獄へと堕ちていく。
またもや残されたオルトリンデは唇を噛み締めた。
「……何処で何をしているんだキンコルゥウ‼
お前さえ来ればこの戦いには蹴りが付くんだッ‼
こんな地獄がお前の望んだ世界なのか‼
私たちを舐めるのもいい加減にしろよッ‼」
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反英雄の武器が変わった。
両手に中華剣のような刀剣が一つずつ握られる。
馬鹿でかい剣を持っていた時の大振りの体捌きとは異なり、異様な手数での攻撃を繰り出す挙動の速さと距離を瞬時に詰めてくる機動力が加わっている。
攻撃の間隔が狭まる。常に回避を行わねば途端に刻まれてしまうことが分かるほど、高次元な先読み能力と動体視力が驚異的だった。
避けたつもりでも、気がつけば指や耳が削がれていた。息つく暇もないほど、常に視界の何処かでは半英雄が攻撃のための動作をしていた。
「おぅッ…ッ」
バゼットは腹を蹴られた。貫通こそしていないが、一撃で骨や内臓が背中のあたりですり潰されてしまっている。
「コォー………お前も、悪くない」
反英雄は赤黒い鎧兜の裏から、ざらついた声音を響かせる。
それは、両手に握られた剣をふんだんに用いて、痛みに喘ぐバゼットの全身を人と分からなくなるまでに切り刻んでしまった。
そして、それから30秒も待たぬ合間にバゼットは再び現れる。夢想世界で死に、現実世界で叩き起こされた直後にも彼は薬物を用いて睡眠を果たし、同じ戦場へと舞い戻るのだ。
とはいえ、こんな手段が何度も出来るほど人間の体は都合よく出来ていない。夢を見るにも人間の脳はリソースを消費し、悪夢を見れば肉体や精神にも影響を及ぼす。まして、鮮明な傷や痛みが伴う夢想世界において、”死ぬ”という状態を経験してしまえば、精神汚染への耐性を持たない人間では一度で廃人化してしまう可能性すらあるのだ。
精神汚染への対抗力を付与するオルトリンデのボイジャーとしての”風除け”機能が働いているとはいえ、既に彼の精神的な耐用値は限界まで迫っていた。
「#解き放たれし親愛なる加護__自然とは神の齎した芸術だ__#:#只一人が為の十字架を__熱さと火は切り離すことができない。美しさと神も__#」
生み出された超巨大な四つの炎の柱。
それは反英雄を前後左右から挟むような位置に水平に設置された。
煌々と燃えるバゼットは仰ぐように振り上げた両手を勢いよく振り下ろす。すると、四つの炎の柱は真っ直ぐと半英雄に向かって迫り、四方から飲み込む形で合流を果たした。
柱の中点に囚われた反英雄はその膨大な量の炎の中に閉じ込められた。柱は十字架を形造り、反英雄を磔にする。
そこへ投じられた擲火戦略小隊からの火力補助。
ただでさえ手に負えない炎の塊に対し、惜しげもなく、過剰なレベルの爆薬と弾頭が放り込まれる。熱に充てられて起爆し、誘爆に次ぐ誘爆によって十字架の周囲には目も向けられぬほどの光と衝撃の海が誕生した。
かつてこの技を放ったのはたった一度だけ。擲火戦略小隊が発足され、その期待される戦力的な効力を示すための火力演習の最終段階での発動だった。その際には、そのあまりの破壊規模により派生した現実世界での空間の歪みによって、確認されただけでも五十名近くの人間が被害を受ける結果に至った。
ただでさえ忌避される夢想世界での大規模火力攻撃。夢想世界でも無数の炎使いであるバゼット・エヴァールと擲火戦略小隊にしか成し得ないこの力をただ一つの対象に向けて放つ。当然、そこには必勝が求められる。禁忌たる力を持つ選ばれた人間がそれを一切の制限なく使うということは、どんな場面であれ絶対の功績を示すことでしか応えてはいけないのだ。
無類の過熱が空間を焦がした。爆発の衝撃を避けるためだけにオルトリンデは冠域の出力を最大まで引き上げ、隊員を守りながら無限に伸びる夢の世界の空を飛翔して退避に徹した。炎の十字架による超延焼と投下された弾薬やガスタンクによる誘爆が終えるまでの時間は十五分以上続き、その間も絶えず炎の中に捕らわれている反英雄を姿が見えないほどの光と熱の海に押し留めていた。
「我が夢は一人の敬虔な主の信徒として、この世界を清く正しいものへと導くこと。
悪魔に魂を売り、世界を恐慌たらしめんとする涜神者共、悪魔の僕をこの聖なる寵愛の炎で滅殺する。それが夢見枕に誓った私の使命であり、常勝の宿命を持たされた擲火の在り方なのだッ」
バゼットは自身の冠域と能力による炎で傷害を負うことはない。だが、空から投下され、軍隊や町を崩壊させるために用いられる爆弾やミサイルによる攻撃まで防ぐことはできない。彼は上空から迫りくる殺人兵器の膨大な衝撃と熱に襲われながらも、自身から吹き出る業火をその身を覆う外郭のように纏わせて、絶えず十字架の中に在る反英雄の姿から決して目を逸らさなかった。
「……何故だ…」
ニ十分近く、炎の十字架はその使命を全うしていた。擲火戦略小隊が超高度へ撤退したことで空襲は既に止んでいる。四つの炎の柱が折り重なった十字架はやがてその勢いを衰えてさせていく。次第に大きかった炎の柱が木の幹ほどの太さになり、それから木の枝程度にまで細くなっていった。
端的な視覚情報だが、炎の拘束から解かれた反英雄のその姿に、それ以前と比べての変化はなかった。
当たり前のようにそこに在る。無論、四方から圧力を受けていたために浮いていたその体も、炎が消えればふわりとその下の海面へと落ちていった。無論、海のような空間は優に熱湯のレベルに至っている。
燃え滾る海の中へ入った反英雄だが、その姿はすぐに少し離れた辺りの海面から飛び出し、さも当然のようにその身を宙に置いて滞空を果たす。
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オルトリンデは言葉にもならない悲痛の面持ちを浮かべ、宙に在りながら地面を叩くように拳を振った。
「………反英雄は……カテゴリー5は…そうなんだ……そういう次元なんだ……強い、とか、強すぎるとかいうレベルじゃない……」
オルトリンデ号は知っている。ボイジャーとなるだけの夢の素質を持つ彼女には、同じように夢の世界で戦う存在がどのようなステージにあるのかなど見抜く必要もなく伝わってくることなのだ。ただでさえ究極反転を可能とするために現実世界で無類の強さを誇るというのに、本拠地である夢の世界に顕れた反英雄はもはや完全無敵の生命体だ。
あれほどの攻撃を受けてなお一切のダメージを負わない圧倒的な防御機能。
加えて投下された人造兵器ですら歯が立たない圧倒的な存在感。
人類存亡に直結し得るとされるカテゴリー5の位を冠するだけの実力と言えた。
――
――
「え……っ…なん‼」
突如、オルトリンデの浮遊能力が失われた。展開していた冠域にズレが生じている。
そこに目に飛び込んでくる空に浮かんだ模様。幾何学的に張り巡らされた不気味な空間拡張の作用が働いている。
「―どこで何してるかだって?いるじゃないか、ここに」
声の主を認識する頃にはオルトリンデの身は重力に攫われるようにして急降下を果たしていた。彼女だけでなく、熾天により飛翔能力を付与されていた擲火戦略小隊の者たちも一様に墜落している。
「さて、やっと下準備が完成だ。文字通り、場を温めてくれてありがとうね」
ふわりふわりと宙を舞うキンコル号。彼は翼を捥がれたように無力に落下するオルトリンデを嘲るように、彼女のまわりを自由に滑って恍惚な笑みを浮かべていた。
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