[パイロット版]ブラックドッグ・ザ・グッドラック

碓氷彩風

パイロット版第1部「ゲットアップ」

第1話



 窓。

 光を取り入れる、風を通す、景色を見る。主な用途はこの辺りだろう。

 本来の用途として、人や物の出入りに使う事はまず無い。


 本来であれば、だ。


 事の発端は三世代前の過去にまで遡る。当時、とある国で異空間の観測実験が行われていた。その最中、事故によって次元の裂け目が生まれてしまった。

裂け目は最初は小さく、しばらくは当事者達でさえ気付かなかったそうだ。

 やがて裂け目は目に見えるほど大きくなり、ついには向こう側である異空間とも繋がってしまったのである。


 そして人々は、誕生の背景を踏まえて、裂け目をこう呼ぶようになった。


 <窓>


  ………


 多層構造都市バーレルセル

 旧工業開発地区52番街 廃工場


 地平線の先から朝陽が顔を出してから、まだ1時間も経っていない。

 そんな早朝の52番街では、目が覚めんばかりの銃声と爆発音が鳴り響いていた。


「こちら第一小隊。負傷者多数……作戦行動不能! 繰り返す、作戦行動不能!」

 防護装備に身を固めた小隊長が、無線機に向かって怒鳴った。出動服の肩側には鈍色の大針が刺さり、傷口から流れる血が、濃緑色の出動服を濡らしている。


「後退しろ。建物前の分隊、後退だ!」

 廃工場敷地内へ突入した都市警察の武装警備隊は『敵』の猛反撃に遭い、劣勢に立たされていた。


 大破した警備車両、拳銃を撃ちながら退く隊員。身を隠す負傷者。そして血の池に重なり合って倒れる殉職者たち。

 大都市のど真ん中であるにもかかわらず、この廃工場の中だけが、閑静な周辺地区から切り離された地獄の戦場と化していた。


 小隊長は無線機から手を離すと、そっと物陰から廃工場を覗き見た。

 出動要請を受けて急行してみれば、上層部は先行していた他組織との指揮権を争っており、建物の包囲はおろか、先遣隊の偵察情報さえ共有できていなかった。


 そこに痺れを切らした武装警備隊(通称・武警隊)が強行突入へ踏み切る。武警隊は敷地へ雪崩込み、勢いのまま、一気に工場建屋を制圧しようとしたのである。

「ちくしょう」

 小隊長は肩の痛みに顔を歪めた。大針は敵の攻撃によるものだ。当初敵が無手だと油断した隊員達は、大針の攻撃によって、手痛い損害を受けたのだ。


 その射手の一人……否、一体が正面玄関から、のそのそ出てきた。

 四肢は痩せ細っているのに、腹だけが以上にせり出た赤い身体。顔は上半分が欠けており、残った下半分にある口を、管のように細くすぼめている。

 その姿は正に異形の化物。この世に存在して良い生物では無い。それもそのはず。この化物は<窓>の向こう側、人智及ばぬ異空間より、やって来たのだから……。


 化け物はすぼめた口から大針を発射。背中を見せて逃げる若い隊員の頭を、ヘルメットごと貫いた。

 力なく前に倒れる若い隊員。その哀れな最期に小隊長は歯軋りした。


「バケモノ……くたばれやあぁっ!」

 彼はまだ動かせる片手で拳銃を構えた。

 銃声が轟く。断続的に、何発分もの銃声。同時に化物の体に無数の弾丸が撃ち込まれ、次々と穴が空いていく。


 小隊長は手にした銃と化物を順に見た。自分はまだ撃っていない。


 はっと我に返って振り返る。敷地内に数人の男たちが駆け込んで来ていた。

 彼らの装いは武警隊のものでは無い。

 服装はTシャツやジャケットにカーゴパンツといった、動きやすい私服。それに軽防弾衣やヘルメットなど、最小限の防護装備で身を固めている。

 そして手にした武器は、消音器付の軍用自動小銃や半自動式散弾銃、それに軽機関銃と、どれも軍隊級の重火力であった。


「標的ダウン。シエラチーム、前進!」

 指揮官格らしき男が号令を出す。サメの口をあしらったフェイスマスクを被った彼は、真っ先に小隊長のもとへ駆け寄ってきた。

 軽防弾衣に刻まれたSSCの文字、そして銃弾を噛む黒犬のロゴマークに小隊長は注目し、驚きの声をあげた。


「スプライト・セキュリティ社の傭兵……『ブラックドッグズ』か!?」

「そうだ。出前の配達にでも見えるか? もう充分遊んだよなテメェら。負傷者連れて後退しろ」

 傭兵は騒音に負けじと叫んだ。


「何だと……保安局に雇われた戦争屋が。しゃしゃり出てきやがって……」

「威勢が良いな、死にかけの癖によお! じゃあここで死ぬか? おう、良いぜ。連中の朝食になりたいんなら好きにしな」

 傭兵は小隊長の胸ぐらを掴んで工場を指す。

 工場の正面玄関に、倒したものと同じ姿の化物が群がり、外の人間達に向かって甲高い威嚇音を鳴らしていた。


「う……」

 小隊長の顔が真っ青に染まる。正常な判断が怒りを削ぎ、絶望を起こさせた。

「片腕でどうにかなる相手じゃねえ。さっさと退がれ!」

 傭兵は小隊長の背中を強く叩いて追い出す。小隊長は「退却」としきりに叫び、残った部下達と共に戦線を離脱していく。


HQ司令部よりシエラリーダー。状況を知らせろ〉

 作戦指令部からの通信。シエラリーダーと呼ばれた傭兵は、車のフロント部分に身を隠して応答する。

「シエラからHQ。現在、工場正面で敵と交戦中。最初に偵察した時より数が増えている。連中は、今も<窓>からこっち側へ侵入しているぞ」

〈HQ了解。たった今、オスカーチームも裏門から突入した。2チームで屋内を捜索、速やかに<窓>を破壊しろ〉

「シエラ了解、アウト」

シエラリーダーはヘッドセットを通して、仲間たちに声を掛けた。

「今の通信は聞こえたな、お嬢さん達。さっさと片付けてやろう」

「了解だ、ラーキン」

 傍らにいた仲間が威勢よく応える。

「シエラ5、6は左翼に展開。他の全員で二人の移動を援護。準備は良いか……よし、援護射撃開始!」

シエラリーダー、ラーキンの合図で援護射撃が始まる。無数の発砲炎が眩く光り、敵の針攻撃が降り注ぐ中、部下二人は側面へ回り込んだ。

「畜生。戦車が欲しいね。とびっきりのデカいのがさ」

シエラ2がボヤくように言う。

「泣き言はくたばる時ぐらいにして、軽機関銃LMGで正面に弾幕を張れ。他の奴らも射撃用意。一匹も残すな……よおし撃て! 撃ちまくれ!」

 リーダーのラーキンが号令を出すと、スプライト・セキュリティ社の傭兵部隊は攻撃を再開。


 手持ちの火器による一斉射撃が始まった。負けじと撃ち返す怪物の太針を、車や残骸に身を隠して凌ぎ、隙をみて射撃。その様は敵を倒すためだけに最適化された機械だった。

 そんな冷徹極まる機械人間達によって、怪物側は次第に撃ち倒されていく。


 抵抗を続ける生き残りも次第に建物内部へ退き始めていった。それを皮切りにシエラチームの面々が遮蔽物から飛び出した。


「前進しろ!」

 最先頭のラーキンは、小銃弾をばら撒きながら前進。やがて弾切れになると、脇のホルスタから銃を抜いた。ピストルにしては大ぶりで、その見た目は、配管やら鉄板やらを繋ぎ合わせたような、無骨な形であった。

 ブラスタ。スプライト社の一部傭兵にのみ支給される特殊拳銃だ。


 <窓>からやって来る常識外の生物でさえも屠れるよう、強化が重ねられている。

 そんなブラスタを片手で構えると、狙いもそこそこに発砲。


 爆発音にも似た凄まじい銃声と共に、銃口から青白い焔が噴き上がる。

 腹部を撃ち抜かれた怪物は後方へ派手に吹き飛び、そのまま息絶えたのか、ピクリとも動かない。


「遠慮するな、じゃんじゃん喰らいな!」

 ラーキンは不敵に笑い、新たな標的に銃口を向けて引き金を引いた。


………


 ……<窓>がこの世界に現れてから、だいぶ長い時間が経った。

 今日も世界のどこかで<窓>が勝手に開き、向こう側から何かがやって来る。あるいは、こちらから何かが、向こう側に出て行く。

 世界は今日も賑やかであった。

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