第22話 古事記にもそう書いてある
ジンは次元潜水空母カスガについて、セッポに確認する。
「とんでもないエネルギーが必要なんじゃないか。ミカサの動力は江芝重工業が開発した4S炉――小型高速炉だったが」
「カスガの動力は量産型サンポだ。発電量も五倍以上ある。問題ない」
「もう内装さえミカサの面影はないな。千人で運用人員は足りるのか?」
潜水空母カスガはこれだけで巨大なシステム。
相応の人員は必要だろう。
「精霊受肉システムも搭載済みだ。今後も精霊次第で人員を増やしていける」
「言葉もないよ……」
「空母は幸いだったよ。空母内には鍛冶場もあれば、ウィジャ盤もあるからな」
「言葉遊びでどんどん進んでいくな! ウィジャ盤ってこっくりさんだろ! 空母は戦闘機管理のボードをウィジャ盤に見立てているだけなのに」
「言魂っていうだろ。ウィジャ盤を改造して精霊召喚システムだ。改装はとても楽だったよ」
そう笑っていたセッポが無言になる。
「勝手に精霊召喚システムが発動している。――何かくるぞ。ネームドかそれに近い精霊だ」
「名有りの精霊って顕現が難しいんじゃないのか!」
「そうだ。精霊召喚システムはガチャみたいなものだからな。何が来るかわからん」
「おいおい……」
呆れるジンの目の前で、空が輝く。
緑色の輝く輪。
「オーロラが発生する?!」
「とんでもないものがきたようだぞ…… 雷神由来かもしれん」
「オーロラは雷神に関係があるのか?」
「サラマは――おっと違う違う。天空に輝くオーロラは音のしない雷と思われていたんだ。フィンランド、とくにサーミの伝説では狐の尾が雪を巻き上げて火花になる。レヴォントゥレット――狐火といわれる」
「日本の狐火と違うな……」
カスガが浮いている水面に、大きな火が発生する。
「そういったら狐火がきた。日本ではああいう水に浮かぶ炎が狐火だ」
「
予想外の現象に言葉を失う二人。
「人が!」
水面を軽やかに歩いてくる人物が見えた。
その姿は――
「巫女さん?!」
日本の巫女服を着た短髪の少女。
しかも狐耳だ。
ジンが発した驚愕の言葉に、妖艶な笑みを浮かべる巫女だった。
「ようやく顕界できました。今後ともよろしくお願いします。わたくしはイネとでもお呼びください」
狐耳の巫女が深々と頭を下げた。
「あ、あなたは?」
ジンが恐る恐る訪ねる。セッポは無言だった。日本の精霊なら、日本人が対応したほうがいいだろう。
「こっくりさんで呼ばれたからには狐でございましょう」
「そ、そうだな……」
「おそらく精霊のなかでは最上位だぞ、ジン」
――ウィジャ盤なんか使うから!
――俺に言うなよ!
「聞こえておりますよ」
「いや、あなたがどんな存在かまったく想像がつかなくて」
「低級霊の類いではありませんのでご安心を。いわばお稲荷さん――神の使いにてございます」
「稲荷!」
「俺も知っているぞ。神社にいる遣いだな」
「どこのお稲荷様か教えてもらえないだろうか」
「イネは黒髪山の稲荷にてございます」
「し、知らない……」
「おい! ジン!」
「いくら同じ国だからといってすべての神社でも知っているわけじゃないぞ」
くすくすと笑う巫女。
「黒髪山の稲荷神社はとても小さな神社ですので知らないのも無理はありません。春日山に御座す建御雷神様の依頼を聞いた我が主が私を遣わしてくださいました」
「主とは?」
「黒髪山の祭神である
「なあ。ジン。お前の国、雷神多くね」
「知らなかったよ……」
「そもこのシステムは霊格が高い者ほど顕現しにくいものでしょう。私は顕現できる程度の存在でしかない狐にて気遣いは無用ですジン殿。私もアプオレントの一人に過ぎませんよ」
「しかしそんな神様のお稲荷さんがわざわざフィンランドまで?」
「我が主は船玉神。水を征く船があると聞きました。その手伝いをしたいと思います」
「船の神! 物騒な姫神様ではない、ですよね」
「ええ。大丈夫ですよ」
イネはにっこり笑った。
「貴船神社、黒髪神社。ともに悲恋の逸話がありますゆえ、女性の恋心を踏みにじるように真似をしなければイネは無害です」
「終わった…… ジンが終わってしまった……」
哀しそうに呟くセッポ。
「終わってない! ――思い出した。貴船神社って丑の刻参り発祥の場所だったな」
「嫉妬に狂った橋姫が貴船大明神に願い、生きたまま鬼になる話は有名ですね。丑の刻参り自体は願掛けの儀だったのですが、今ではすっかり呪い扱いに……」
「ジン。成仏しろよ」
「だから俺は何もないって。――黒髪山もそんな物騒な話があるのか?」
「兄に恋した姫が、兄から夫を暗殺するよう命じられました。しかし夫を不憫に思い暗殺に失敗。逃走中に黒髪を埋めた伝説から黒髪山でございます。なお記録によれば姫は兄とともに炎に包まれ心中いたしました。古事記にもそう書かれている話です」
「古事記にもそう書いてあるのか……」
「ジンの国、怖すぎるぞ」
本気で怯えているセッポ。
彼にとって女性に関する逸話はあまり良いものはない。
「そういわれてもなあ。俺も怖い」
その言葉を聞いて眉を吊り上げるイネ。
「ジン殿は女泣かせですか?」
「違う!」
「まだ未遂だ。大丈夫だよイネさん」
「何もしていない」
イネはくすくすと笑う。
「嘘はいっていないようで。それではこのカスガの運用、イネもお手伝いいたします」
「船の護り神はありがたい。頼んだ」
セッポとしても強力な精霊がアプオレントになるのなら心強い。
カスガに思わぬ助っ人が入り、安堵するやら恐怖するやらの二人だった。
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