第二一話:その責任
ライブ当日。
対バンのバンドは他に三バンドだったが、シャガロックにもKool Lipsにも知り合いのバンドはいなかった。
一バンド目が終わり、Kool Lipsの出番になる。Kool Lipsのサウンドをライブで聞くのは初めてだ。最初の一曲は客席側で聞くことにした。
ライブハウス
「あ、
晃一郎に声をかけてきたのは、一年生の時に同じクラスだった
「あぁ、倉橋さん由比さん。来てたんだね」
「うん。風野君達のバンドも見にきたよ」
身長は二人とも十五谺と良い勝負だ。それほど背が高い訳ではない晃一郎の頭一つ分下に視線を落として晃一郎は言った。
「うは、そりゃどうも」
「
「おぉ、伊口が。そいつはありがたいね」
伊口
「俺もKool Lipsのライブ初めてだから楽しみだよ」
「よー、晃」
瑞葉にそう応えた瞬間、後ろからぽん、と肩を叩かれた。同じクラスの
「おー、英介。サンキューな」
「おーなんもだー。シャガロック、前のベース抜けてから初ライブだろ。楽しみにしてるぜ」
英介もバンドでギターを弾いている。軽音楽部の部室にも良く顔を出しているので晃一郎も亨も普段から仲良くしている男で、実は莉徒の元彼でもあったらしい。
「前のとは全然タイプ違うぜ」
「あー、
「俺もそうだったけど、いい弾きすんだよ。ま、楽しみにしといてくれよ」
そう言うと、控え室からKool Lipsが出てきた。
「……お、出てきた」
まずはシズが楽器を抱えて出てきた。シズは晃一郎と同じくエフェクターを一つしか使用しない。その一つとアンプのみで自分の音色を作り上げる。それも数値的に決められたものではない。その場その場で、きちんと自分の音の鳴りを決めている。エフェクターやアンプのツマミの数値はアンプが同じ物であったとしても、出る音はそのスタジオやライブハウスによってまばらだ。
自分の耳だけを頼りに、その場に合わせて自分の音を作れるシズは、音楽に対しては本当に天才肌だと晃一郎は思うが、ライブハウスではPA泣かせではある。音の響きは、客のいないリハーサル時と、客の入った本番時でも変わってしまう。当然シズはそれに合わせて、リハーサルと違うセッティングをしてしまうのだ。その才能を持ち合わせていない晃一郎にとってはそれが良いのか悪いのかの判別はできないが、リハーサルと違う音を出されてはPAも大変だろうことは判る。
続けて伊口千晶、柚机莉徒、
「ほぉ……」
「え、何?」
莉徒のエフェクターを見て声をあげた晃一郎に瑞葉が反応した。
「いや柚机のエフェクター……あの、足で踏むやつね。あれが中々興味深いと思ってさ」
使っているのは歪み系一つ、空間系一つ、イコライザ一つ、というシンプルなものだった。莉徒のギターはテレキャスターだ。単純に相性だけを見ればシズが持つ
「何かはシズくんと同じなんだって言ってたよ」
「あーそうだな。使うギター、使うアンプ、セッティングで全く別の音になっけど、多分Kool Lipsの場合はあれで座りがいいんだうな」
「あー、そうだろうな、多分」
瑞葉の言葉を受けて英介がそう説明した。確かに英介の言う通りだろう。
「う、うん」
良く判っていないらしい瑞葉が生返事を返してきたが、これはギタリストだけが納得するためだけの言葉だ。判っていようが判っていまいが、これから始まるKool Lipsの演奏を聴く分にはなんら支障はない。
ドラムスの山雀拓が軽く音を鳴らす。弦楽器隊のセッティングはもう終わる。ベースの伊口千晶はエフェクターも使わない所謂生音派だ。二十谺も同じく生音派なので、よくよく考えてみると、Kool Lipsとシャガロックのスタイルは似ているものが多かった。
「始まるかな」
「今晩はー、Kool Lipsでーす」
どどたん、とドラムが鳴らす。弦楽器隊は揃ってAのコードを鳴らし、客が声を上げた。
「このハコにはいつもお世話になってるけど、今日は対バンのバンドさん、初めてのところばっかりでちょーっと緊張してますっ。でもま、いつも通り気合入れるんで最後まで楽しんでってね!」
どどーん。歓声と拍手。Kool Lipsの客がかなり多い。その中には同じ学校の生徒も含まれる訳で、少なからず、その中には晃一郎達の顔を知っている人もいる。ざ、と晃一郎は客席を見回した。
(あれ……)
先ほどまで入り口近くにいた十五谺が見当たらなくなっていた。ステージに近い方に移動したのかとも思ったが、十五谺らしい人物は見当たらない。トイレかとも思ったが、トイレに行くには晃一郎の前を通らなければならない。通れば気付かない訳がない。
入り口から長身の影が入ってくるのが見えた。それが二十谺だと気付くのに数秒を要したが、その表情が険しいことに気付いたのは更に数秒後だった。二十谺は晃一郎を手招きし、晃一郎は一度会場から外に出た。会話をするには演奏が始まってしまった会場の中ではもう無理だ。
「どした?」
「十五谺がいないの」
二十谺の言葉は晃一郎が不安に思ったことと同じだった。
「あぁ、俺も今気付いたけど……」
「さっき知り合いに聞いたんだけど、何か外で男二人と歩いてるの見たって……」
「……男二人?」
その男二人と聞いてすぐに想像が付く。そしてその二人が想像通りの人物なのだとしたら、取り返しの付かないことになる。
「何か知ってるの?」
「いや……。でも、さっきまでここにいたのにライブすっぽかして出てくなんておかしいだろ」
ということは、
「そうなのよね……。全く知らないバンドならいざ知らず、Kool Lipsの時に出てっちゃうなんて……。電話も通じないしどうしたのかしら」
最悪の想像をして、どきり、と心臓が鳴った。そのまま警鐘が鳴り響くかのように鼓動が高まってゆく。
(どうする……)
シャガロックの出番まではあと三〇分程だろう。その間に電話も通じない十五谺を探し当てることができるのか。
「……二十谺、もしかしたらかなりやばいかもしれない」
一度は隠そうと思ったが、何かが起こってからでは遅い。晃一郎の怪我の原因になった男、雄太のこと二十谺に打ち明けようと決心した。
「前のオトコ関係?もしかして」
「多分……」
全てを言う前に二十谺も気付いたようだった。
「俺、探しに行くわ」
「判った。じゃあ私、出番遅くしてもらえないか話してくる」
「悪ぃ、亨にも事情説明しといて!」
そう言って晃一郎は地上に上がる階段を駆け上がった。
「うわっち!あぶねー!」
そこで丁度ライブハウスに入ろうとしていた人とぶつかってしまった。
「なんだ急に。危ねぇだろ」
「え」
聞き覚えのある声に顔を上げると、そこには
「あれ?お前こないだのグレッチ小僧、ってこれからライブなんじゃないのか?どした?」
ぶつかった谷崎諒の横から水沢貴之が顔を出して言った。
「谷崎さん、水沢さん!」
「ばっ!おめぇでけぇ声で名前呼ぶんじゃねぇよ!」
きょろきょろと辺りを見回して、谷崎諒が言った。
「自信過剰だなぁ。おれらのことなんか知ってる奴なんて早々いねぇっつの。なぁ」
「あ?そ、そうか?」
苦笑して言う水沢貴之に、頭をかいて谷崎諒は答えた。
「んで、どした?血相変えて」
「十五谺がいなくなったんです」
「十五谺っつーと、確かおめーが守ったっつー子か。何でまた」
諒はそう言って、階段に座り込んだ。
「さっきまでいたんですけど、どうも男二人に呼び出されて、連れて行かれたらしいんですよ」
「男二人?っつーとこないだの連中の絡みか?」
「多分そうだと思います」
「かー、オシオキ足りねんじゃねぇのか?
もしかしたら何か力になってくれるかもしれないと思った晃一郎は経緯をかいつまんで二人に話した。
「んで、おめーは何をしにそんな血相変えて外に出てきたんだよ」
「探そうと思って……」
晃一郎の言葉に一瞬だけ二人は顔を見合わせて、一度頷き合った。
「連絡はつかねぇのか」
「はい」
諒の言葉に晃一郎は短く頷いた。
「しゃーねぇ。おめーはハコに戻れ。オレらで探してやる」
「探すのはいいけどよ、顔も知らねぇのにどーすんだよ」
「あ、そっか……」
谷崎諒のありがたい申し出に、水沢貴之が言葉を返す。やはり話して良かった。言ってしまえば深い仲ではないが、一度関わりを持った人間を見捨てることができないのは晃一郎だけではなかったということだ。
「写メかなんかねぇのか?」
「俺はないです……」
「かーっ!てめーの女くれぇ撮んだろ!フツー!」
「お、俺の女じゃないですよ!」
か、と赤面して晃一郎は言い返した。何度か撮ろうと思ったことはあったのだ。だが、いざ撮ろうと思うと中々声がかけられなかった。情けないとは思ったがこんなことになってしまうとそんな自分の情けなさを呪いたくなる。
「は?てめぇの女でもねぇのに怪我してまで守ってやったのか?」
「……」
「要するに惚れてるってことだろ。しっかしここでちんたらしててもしょーがねぇよ。何か顔が判るようなもんねぇのか?」
さらりと事実を言い当てる水沢貴之の問いに何も良い答えが見つけられない。この二人が探してくれる、と言っても十五谺の顔を知らないのでは探しようがない。やはりここは晃一郎自身が何とかするしかない。
「やっぱり俺、探してきます」
「ばか言うな。ライブどーすんだ」
「今出順遅らせてもらうように話してもらってます」
「だめだったらどうすんだよ。多分だめだぜ」
「その時は……。しょうがないす」
十五谺をこのまま放っておくことはできない。もしも晃一郎の想像が当たっているとしたら本当にただでは済まないかもしれないのだ。それなのにライブに拘って取り返しの付かないことになったら、晃一郎は一生後悔する。
「おぅおぅ、あんま音楽ナメてんなよコゾー。てめぇのバンドの客が何人かなんざ知らねぇが、客が待ってんだろうが。プロもアマも関係ねぇぞ。きっちりてめぇの責任果たせや」
「だ、だけど……」
谷崎諒が急に真剣な眼差しでそう言った。本気で音楽を愛する者の言葉だ。だけれど、それでも、十五谺の安否が判らないままではまともな演奏などできる訳がない。十五谺を放っておいたままステージに立つことなどできない。
「晃!」
「二十谺……」
二十谺が外に出てきた。恐らくは晃一郎と連絡を取るために、地上に上がろうと思ったのだろう。ライブハウス内は携帯電話は圏外で使えない。
「良かった、まだいてくれて……。出順、だめだったわ。やっぱりみんな自分のバンドの出順あたりに客呼んでるからって……」
「ほぉれみろ。おれらが探してやっから、何か手がかり探してこい。何か色々やベーのは判る。ここは一丁おれらを信用してくれねぇか」
ふぅ、と嘆息して水沢貴之が言う。頼みの綱は実姉である二十谺しかいない。
「二十谺、十五谺の写真かなんかない?」
「写真?」
「こいつの変わりにオレらが探してやろうって話だよ。何かねぇか?」
不敵な笑みを浮かべ、谷崎諒が言う。何故だか自信があるような笑顔だ。
「写メならありますけど……。晃?」
「
説明を求める二十谺の言葉に、晃一郎は手短に二人を紹介する。本当ならば、
「あっ!え、えと初めまして私」
「後でいいから写メくれって、急いでんだろ?」
水沢貴之が携帯電話を取り出して操作を始める。
「あ、はい」
「十五谺の姉で二十谺って言います。うちのベースです」
二十谺が慌てて携帯電話を取り出し、データ転送の準備をしている間に、晃一郎が谷崎諒と水沢貴之に二十谺の紹介を済ませる。
「ほぉ、女の子ベースか。こりゃおめぇらの演奏終わる前に是が非でも探さねぇとな」
「よ、宜しくお願いします」
水沢貴之も笑顔になる。二十谺と晃一郎に不安を与えないためだろうが、その笑顔は見ているとなんだか本当に信じて待っていても安心できるような笑顔だった。
「ま、安心しなって。絶対探し出してやっから。妙なミスすんじゃねぇぞ。とりあえずハコに連絡入れっから、おめぇらは戻って待ってろ。いいな」
「は、はい、宜しくお願いします!」
晃一郎と二十谺は二人同時に頭を下げた。顔を上げた瞬間、二人の姿はもうそこにはなかった。
第二一話:その責任 終り
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